shom

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@shom

ふむ。腰痛はつらいですね。 京大卒  って書いとくと変なのに絡まれが減るらしいw

35.516201,139.443554 参加日 Nisan 2007
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shom
shom@shom·
AIの性能が安定するほどガチャの振り幅は狭くなるので、「当たり」は減る 具体的なイメージを想像できそれを言語化できる人々、つまり既存の絵描きや物書きのほうが圧倒的に有利なんだよなー 最低限でも良し悪しを具体的に言語化できる評論家でないとねぇ
852話(hakoniwa)@8co28

AIの話をしますが、AI作品は具体的なイメージを持たずに出力するとみんな同じような平均値がお出しされて『なんかつまんないな』になるし、具体的なイメージを持ってそこに寄せる形で出力しようとすると全然コントロール出来なくて『なんかちがうんだよな』になるし、未だにムズイ

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shom
shom@shom·
抽象度が上がってきたときの「体感」は、この「理屈づけ」なんじゃないかなぁと思ったり
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shom
shom@shom·
テクニックでなんとかしのげてきて「しまった」人々が教える側に回ると、「とにかく暗記だ!暗記できないやつはダメだ!」ってことになる 暗記科目と言われる科目にすら、なにかの理屈があったり理屈をつけられたりする むしろ暗記すべき「点」を理屈でつなげることこそ、最も効率の良い暗記法だ
shinshinohara@ShinShinohara

「分数の割り算ができない子」について、学習指導者の方たち複数と、しばらく押し問答があった。最終的には理解しあえたのだけれど、これ、結構重要な点だと思うので言語化を試みる。 押し問答相手の指導者の方は「分数の割り算ができない、ということは、かけ算までは理解できているんだな」という前提を置いて議論を進めようとした。 他方、私は「分数の割り算ができないということは分数のかけ算、足し算、引き算ができていたように見えても、実は『ルールの丸暗記』でしのいでいただけで、本質的な理解ができていない恐れがある」と判断し、ピザに見立てた円形の紙を切らせたり、粘土の棒を切らせたり、コップの水を分割したりなど、「体感」を積んでもらうことから再スタートしたほうがいい、と考えているから、そのように指摘した。 すると、「割り算できなくてもかけ算できるならそれを前提に指導すればいいじゃないか」という指導者の方が少なくなく、そこで押し問答になった。私はそのやり取りで「ああ、だから日本は数学が苦手になる人が多いのか」と思ってしまった。 分数の理解ってのは、結構難しい。国民の6~7割は理解できていないのではないかと思う。なぜか。体感に基づく形での理解ができていないためだと思う。 分数の足し算、引き算、かけ算までは、分数を本質的に理解できていなくても「分母の数字をそろえる」とか「分母と分子をそれぞれかけ算する」などのルールを丸暗記し、そのルールに従って計算すればいいから、解けてしまう。だから、ついつい指導者は「理解できている」と思い込みがち。でもそれは、テクを暗記することで解けるようになっただけで、分数を体感から理解できているとは言えない。 なぜ分数の割り算で「分数の本質的理解の欠如」があらわになるかというと、「分数の上下をひっくり返す」というトリッキーな操作を行うからだと思う。それでなぜ正解が出てくるのか、意味不明で、そもそも、割り算することで何をしようとしているのか理解不能になる子が多い。ここで初めて、テクニックでどうにかしのいできた子が、どうにもならなくなって一定数脱落する。 実は、分数の割り算をなんとかできるようになった人でも、少なからず、分数の本質的な理解ができていない。その証拠に、分数の割り算はなぜ÷の後ろの分数の上下をひっくり返すの?と子どもに聞かれると「そういうものだから丸暗記しなさい」としか回答できない人が多い。こうした人は、分数の本質的理解を諦め、テクニックを暗記することでしのいできたのだと思う。 しかし、テクでしのぐ、ルールの丸暗記でその場をやり過ごす、というやり方をすると、一所懸命まじめに取り組めば、中学数学まではどうにかなるけれど、高校数学で立ち往生する。高校で数学がついていけなくなった人は、分数の割り算をわかりやすく説明できない人が多いように感じている。誰か、教育学の研究者で、このあたり調査してもらうと面白い結果が出るんじゃないかと思う。 だから、私は「分数の割り算が理解できない」ということは、早めに「分数を体感で理解することができていない」ことが判明したとして、むしろ歓迎。で、そういう子は、もう一度ピザを切る、棒を切る、お金を分ける、コップの水を分ける、などの体感を積んでもらうことで、分数とは何か、ということを、体感に基づく形で理解してもらうことに注力する。 1/2÷1/4や、1/2÷1/6は、実際にそれらのサイズにピザ(に見立てた円形の紙)を切ってもらい、1/2は1/4のピースの2枚分だ、とか、1/6のピースの3枚分だ、というのを経験してもらう。すると、÷の後ろの分数を上下ひっくり返すと、実際のピザで求めた答えと一致することに驚くことになる。 何度やっても、実際のピザを切って出てきた答えと一致する、という体験を繰り返すと、「そうか、実に不思議な話だが、実際に切り分けて何枚分かを求めた結果と、この計算方法での答えは一致するんだ」という驚きが確信に変わり、このテクニックを納得した形で受け入れることができる。 分数の計算をすべて体感することは非常に困難(5/4÷1/6とか)だけど、1/2÷1/4や1/2÷1/6など、ピザの切り分けで比較的体感しやすいケースでしっかり体感を積んでおくと、現実と計算のテクとの間にかけ橋ができて、「あれだけ体感を重ねて確認したテクなのだから、間違いない」という自信が持てるようになる。その自信が生まれるまで、納得いくまで、体感を積み重ねることが大切。わかりやすい事例で体感をしっかり積むと、のちに抽象的な数学的操作をしても、迷わなくなる。 分数は、のちに数学で歩むことになる抽象化の大きな階段の一つだと思う。だからこそ、しっかり体感を積み上げて、現実と計算との懸け橋がある、と、本人が思えるようにする必要がある。「分数のかけ算ができていたなら、さかのぼって教える必要はない」とみなしてしまうと、分数を体感に基づいて理解するせっかくのチャンスを失う。のちに数学の抽象的な操作ができなくなる素地を、そこで作ってしまう恐れがある。 躓きがあったら、その淵源にまでさかのぼって、できるかぎり体感を積み重ね、計算結果と照らし合わせる、という「照合」作業を子どもに体験してもらう必要がある。「分数のかけ算までできるなら、割り算のテクだけ教えればいい」というものではない、というのが私の認識。日本人の数学能力を高めるうえで、この分数の「体感に基づく理解」問題は、非常に重要な分水嶺になっているように感じている。

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shom
shom@shom·
あー、いわゆる分断政策みたいなやつか…
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shom
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@ArturGalata 「ぼくのわたしのちっぽけなただしいせかい」が壊されちゃうのがとっても怖くて、世界の方がどうにかならないかと暴れる人々
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アルトゥル📛日本推しラトビア人
なんでここまで言われるんだろう?って思うけど『日本が好き』と言えば『媚びるな!』と言われ、『日本が嫌い』と言えば『だったら来るな!』と言われる。どんな意見を言っても、誰かからは嫌われるから、お互い近づかないほうがいいのに、なんでコメントしてくるんだろう。
アルトゥル📛日本推しラトビア人 tweet media
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shom
shom@shom·
タクシーの乗降とかもそうだよなー タクシーを止めた時に交差点や横断歩道の前後だとモヤモヤする…
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