闘魚の血すじ
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@eO8rMT2mKZu3Eo6 データで出とるよ 頑なにデータを見ようとしないのは何なの?

裁判の判決は司法上の効力しかありません。司法以外の世間にはなんの効力もない。裁判の判決は科学的な立証ではありませんからね。 その司法上の効力として、民訴の事実認定は当事者以外に効力なし、当事者でもその訴訟外で通用しない、と法で定められている。 裁判の事実認定が司法上の効力を超えて世間的に有効になるには、それが司法における認定だから、ではなく、その立証が科学的立証だったとき。 裁判の事実認定だからそれだけで信用しろ、というのは権威に訴える論証という詭弁です。 ソラさん。ぜひ件の訴訟における証拠から、科学的立証によってセクハラがあったと立証してください。お待ちしています。


全然よくないですね。 証拠がない以上あったとは言えません。なかった証明は悪魔の証明なので不可能。 よって今言えることは、あったかなかったかわからない、これしかありません。 真実でないことを真実とするのは歴史の改ざんであり後世への冒涜です。 そしてもう一つの問題は、マスコミやジャーナリストが証拠もないのにあったあったと言い出し話を大きくしていったこと。 しかしそのマスコミ、ジャーナリストは3年過ぎた今もなおなんの証拠も提示していません。マスコミがやってきたことは証拠なき加害者認定。それによるメディアリンチ、魔女裁判だったのです。 この騒動をジャニー喜多川氏という個人の問題と矮小化すべきではありません。今までも繰り返し行われてきたマスコミの、証拠もないのに悪人認定してきた歴史。自分たちが嫌いな対象に対しては悪びることもなく偏向報道や印象操作報道を繰り返してきた歴史。場合によっては捏造報道も厭わず行ってきた歴史。自分たちに都合のわるいことは報道しないという手段をとってきた歴史。こうした多くのマスコミの悪質な行為を二度と繰り返させないために、マスコミを根本的に変える時なのです。 今各方面からマスコミ批判が次から次へと噴出している。ジャニー喜多川氏の報道に対する批判もこうしたマスコミ批判の一翼を担っている。 貴方が、あったでよくないですか、という時、貴方は証拠がなくても性加害者だと決めつけていい、という人だし、マスコミは今のままでいい、これからも証拠がなくても加害者と決めつけた報道をしていい、という人だ、ということです。





