Hch Keng

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@emi1831

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Sabitlenmiş Tweet
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Hch Keng@emi1831·
今朝の朝刊にも記事があったが,被害者本人の手紙【どのようにすればよいかとの意向を聞かれることなく(児童相談所から)警察に通報されてしまいました】ココ重要だね。今の世の中を象徴している。直ぐケーサツに通報するが警察は双方の事情なんて丁寧に聞かねえぞ。連行された時点で被疑者になる。
小川榮太郎@ogawaeitaro

これが顛末だと。いきなり通報した相談所、娘さんが泣き崩れた時、機械的な判断しかできない警官。今の社会、常識を入れて独自判断したら後からどんな責任取らされるかわからないと皆が人の心を殺している社会。親子喧嘩もできない、カッとなると容疑者か。どうかしているよ。そろそろ人間主体の常識的な世の中に戻りませんか。

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Hch Keng@emi1831·
@SatoshiFukami ケチつけてすんません。意図はケチつけるとこにはなかったんだけど笑。なんか言いたくなっただけです。
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深見 聡 FUKAMI, Satoshi Ph.D.
@emi1831 私の表現の拙さによります。すみません。読者に分かりやすく伝わるといいな、という意図です。
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Hch Keng
Hch Keng@emi1831·
すまん。文句をつけるようで(そうなんだけど)すまんけど【独善的な記述は少なくとも想定読者に対して失礼であり】失礼てのはないんじゃねえの?まあ印刷代とかの(流行りの言葉で言うとリソースの笑)無駄遣いと言おうと思えば言えるけど,そういうもんから文化が豊かになる。 #紀要論文 #査読
深見 聡 FUKAMI, Satoshi Ph.D.@SatoshiFukami

査読なし紀要論文の役割を否定しないが、査読論文を定期的に発表できることは、研究上の一定の貢献や論理的な議論の展開を客観的に保証するもの。独善的な記述は少なくとも想定読者に対して失礼であり、論文の完成度としても改善の余地が残る。査読は論文の論旨をより明確化する仕組みといえる。

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だれお
だれお@awSAF5yeX0e64kz·
@emi1831 a: 命題Pに対する違和感(違和感を感じる「心」)の肯定 b: 命題Pは誤り 両者はまったく意味が違いますよ。加藤さんがおっしゃってるのはあくまで前者じゃないのですか。
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Hch Keng@emi1831·
やっとまともな意見を(しかも業績も大衆人気もある有名数学者から)聞いた。貫太郎君(はバカにはしてなかったが)に追従して調子に乗り1=0.999...がおかしいと言ってる連中を科学が分かってねえとかなんとか小馬鹿にしてきた連中(奥村とかカモとか,あと雑魚多数)の変節,言い訳が見ものだな笑。
Fumiharu Kato 加藤文元(Bungen)@FumiharuKato

私は数学者として自分の感覚を述べますが、「1=0.999999...が気持ち悪い」という感覚を肯定し続けることは重要だと思います。この等式に数学的「正しさ」を付与することは(いくらでも)可能ですが、それが真理であるかのように振る舞うことは徒に教条主義に陥る危険性があるでしょう。

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東進 志田晶
東進 志田晶@akira_shida·
一言だけ言うと、予備校のアンケートは授業改善のためではなく(もちろんそれもあるが)、講師評価ならためにやっている。 アンケートがいいと、コマ単価(時給)も上がるし、コマ数も増える。
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冨永 格(たぬちん)
産休中は副市長が「市長権限の全て」を代行する。「任期が決まっているのに」との批判もあるが、重要な意思決定にはオンラインで加わると。「安心して無事に出産してほしい。各職員がなすべき仕事を着実にこなす、それこそが最大のサポートになる」という副市長の言葉がいい。 asahi.com/articles/DA3S1…
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Hch Keng
Hch Keng@emi1831·
言ってることはその通りだが,そもそも年内入試しようなんて大学が(高等教育の期間を実際上実質短縮させてまで,そんなこと知るかと)好き勝手なことして得しようとしてんだかんな。インチキ野郎どもの味方は俺は出来ねえな。ザマあと思うだけ笑。#年内入試 #大学入試
sakusakasu@KzwbFLIHXPS8ami

@47news_official 意味不明。 大学の自治とは何か。 文部省だけで憲法改悪してんじゃないんだよ。 違憲も甚だしい。 アホヤロウ。 さっそく受験生が違憲改悪暴挙の直接の被害者に。 弱い立場から蝕まれて行く。 アホやろう。

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一匹おじ猫
一匹おじ猫@ippiki_ojineko·
@Kantaro196611 「不等式を満たすx」というのが正解らしいですが、意味は通じます
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鈴木貫太郎
鈴木貫太郎@Kantaro196611·
「xを満たす最大の整数」というのは意味不明なのでしょうか?  例えば、x<5.3のときxを満たす最大の整数は5であるという表現はどこか間違えていますか?
uptoyou@RyoF1432

@Kantaro196611 「xを満たす最大の整数」とか意味不明。問題文が不正なため回答不能、が正解。

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Hch Keng@emi1831·
カモについてはいつもの言動からの推測(実物は見てねえ笑)間違ってたらあやまる。すまん。
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Hch Keng@emi1831·
問題は「どの機関も持ち場の役割を無難にこなすことに終始している」ことじゃなくてケーサツに通報することがどんだけ重大なことかよく分かってねえことにあると思う。駅員に聞いたんだが電車ん中の口論でも激しくなったら最近は直ぐ通報するみてえだよ。そんで下手したら業務妨害とかになる。
深見 聡 FUKAMI, Satoshi Ph.D.@SatoshiFukami

阿部慎之助監督の18歳の娘さんの文を読んだ。児相は警察に繋ぐ立場にあるが、一方で娘さんの意思確認は不要なのか。また、自宅に来た警察官は逮捕すべき事案とした判断根拠は何なのか。どれも持ち場の役割を無難にこなすことに終始しているように映る。娘さんに父の監督辞任の十字架を背負わす結末。

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Hch Keng@emi1831·
納得した。いや冷やかしでなくそこまではトーシロの俺でも分かる。問題はTやnは分かるとしてkも大体(今までの信頼できる研究から)分かってるとしてそんときのxの値がなんらかの意味で過大評価しても許容量かどうかってことだね。こういう計算は信頼でけるデータがないと結果が出せない。
あ〜る菊池誠(反緊縮)公式@kikumaco

数式による説明を求めてこられたかたは、僕の説明を読んで納得されたのであろうか。

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Hch Keng@emi1831·
最近(大阪府知事をやめて維新とも距離を置いてから)橋下の意見は全部フォロうしてねえけど同感するもんが多い。この意見もそう。一概に悪いこととは言わねえがケーサツは特別凶悪でない一般市民に対しても過剰気味に動くんだよ。
橋下徹@hashimoto_lo

阿部慎之助監督逮捕・釈放 巨人・山口オーナーが辞任受けコメント「監督を続けることは許されない」(FNN) ➡︎違うと思う。 今、児童相談所•警察は初動において子供保護のためには過剰気味に動く。 その後当事者からきちんと説明があれば社会は許すべき。 news.yahoo.co.jp/articles/be53f…

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Hch Keng
Hch Keng@emi1831·
#反証可能性【科学の理論や仮説は実験や観察によって間違いだと証明される可能性がある、という考え方】トーシロがイチャモンつけてすまんけどちがうんじゃねえの?これじゃ陳腐な概念になっちまう。ポパーが泣いちまうよ。
ぶつりかがく屋さん@phys_chem_

理系の人ならほぼ全員が「反証可能性」という言葉を知ってるはず。 科学の理論や仮説は実験や観察によって間違いだと証明される可能性がある、という考え方 つまり、相手の論が間違ってるって主張したいなら、その主張に足る実験結果を示せばいい。

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Hch Keng
Hch Keng@emi1831·
#大学入試 こんどは複素数かよ。-5i+2でマル?まあマルだろうね。流石にバツにしたって話は聞いたことがねえな。そうしか書けねえのか(バカかよ)って話だけどね。信じねえのがいるんでも一度言うけど有理化してねえのを旧帝で一律満点にしなかったのは本当の話だけどな。@HirokazuOHSAWA @akiyaokita
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Sakamoto Shin-ichi
Sakamoto Shin-ichi@SakamotoIchi·
1=0.99999・・・の問題について、西田幾多郎がこれを考えなかったら日本の数学の歴史が少し違っていたかも、ということを思い出しました。 「無限小と零は同一でない、極限点Grenzpunktとは分つことに依つて達することのできない点である。……多角形がその極限に於て円に移り行くには新しい直覚がなければならぬ」 これは「私は私だ」という自覚がどうやって成立するかという問題を考える際に、主語の「私」が述語の「私」と同一でありつつそれぞれ違う「私」であるという観点から、数学の極限と同様の「直覚」が働いているはずという考察です。 後の「絶対矛盾的自己同一」と類似のことについて、この時は数学の極限を手がかりに解決しようとしました。なかなか面白いことを考えたな、と思いきや、この考察は突然中断して「余はついに何らの新しい思想も解決も得なかった」と白旗をあげて降参します。 この『自覚に於ける直観と反省』の前身の論文が「論理の理解と数理の理解」でした。この論文を読んで、数学って面白そうだなと数学者の道を選んだのが秋月康夫です。つまり岡潔の親友で、広中平祐先生と森重文先生の師です。西田が上記のようなことを考えなかったら、日本の数学の歴史は少し違っていたかもしれません。そう思いませんか?
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