hamanokani
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@hamanokani
浜野 蟹と申します。話題は殆ど旧作邦画で日活と大映好き。戦後日活の脇役俳優マニアで神戸瓢介ファン。鍵をかけたり開けたりまたかけたり。好きな映画は『誘惑』(中平康監督)と日活版『事件記者』シリーズ(山崎徳次郎監督)がワンツーです。


あー……なるほど。 この部分は ぶっ壊した百貨店の上なのかぁ…

母に働いててほしかったも母に家にいてほしかったも、そう思うに至る子供側の事情があるんだろうし思うのは勝手だし仕方ないけど、率直に言うと「母にばっかり注文多いよな〜」と思ってしまう。



下北沢のこの界隈もいよいよ10月頃には全滅するという噂。もう一度行きたいなぁ。




以前、写真趣味(一眼所有)の若い人と話した時、パソコンを持っていないと聞いて驚いた。撮影データはどうしてるのかと聞いたら「お気に入りだけスマホに転送して、あとはSDがいっぱいになったら消す」だそうで更に驚いた。 僕がHDDに全て保存してあると言うと「残しておいてどうするんですか?」





【東急ストアヒストリー📖10|横浜の地下で、最先端のショッピング体験】 1964年12月。私たちは横浜駅西口に誕生した日本有数の地下街の一つ、「ダイヤモンド地下街」へ出店しました。 当時、まだ建設途上だったこのエリアは、未来の商業の中心地として大きな期待を集めていました。 この横浜地下街店の特徴は、東光ストアの他店舗に比べて食料品の割合が小さく、衣料品・雑貨の販売に力を入れていたことです。 (食料品42%、衣料品・雑貨58%) 衣料品のプリパッケージ化(個包装化)が進んだことで、取り扱い量の拡大につながりました。 また、プリパッケージ化した精肉の販売を本格的に開始。食料品売場には個別に包装された精肉がたくさん並びました。 業界に先駆けて大々的に取り扱った冷凍食品も注目を集めました。 当時最新鋭の、ガラス扉のないオープン冷凍冷蔵ケースは、冷気をエアカーテンで封じ込める、当時では魔法のようなケースで、「見やすく、手に取りやすい」と驚きをもって迎えられました。 開店当日、お店に詰めかけたお客さまはなんと約3万人! まるで宝探しのように、お客さまが店内を自由に回り、自分のペースで買物を楽しめるようになったのです。 地下街に灯った新しい買物の光は、横浜の街の景色を、そして人々のライフスタイルを変えていくことになります。 #東急ストア70周年 #東急ストアヒストリー

























