
これから日本で起こることを予言している哲学書がある。 オルテガ『大衆の反逆』 「文明の恩恵を当然と思い、 それを支える仕組みに無関心な大衆」 を哲学している。 いま日本で起きていること、まさにこれ。 スーパーの棚にモノがある → 当たり前 ネットで頼めばモノが届く → 当たり前 病院に行けば治療できる → 当たり前 その「当たり前」の裏側に ホルムズ海峡という一本の細い管がある。 ナフサ → エチレン → プラスチック → 食品包装、医療資材、物流梱包 この連鎖が止まると何が起きるか。 「便利」が消えるんじゃない。 「生存の前提」が消えていく。 オルテガが警告したのは 「自分が享受するものの由来を問わない人間」の増殖。 いまの日本社会がまさにそれ。 ナフサ不足という事実を聞いても 「政府がなんとかするでしょ」 「一時的でしょ」と思った人が スーパーの棚からモノが消えたとき 「なんで誰も教えてくれなかったの?」に変わる。 キャズムを超える。 フィルターバブル × 正常性バイアス × 大衆の反逆 → 令和のオイルショック → 集団パニックの本質はここにある。 ——これから起きること—— 大衆は「当たり前」が崩れると、 原因を理解する回路を持っていないから、 怒りの矛先が「最も分かりやすい標的」に向かう。 「犯人探し」の暴走 買い占め批判、転売ヤー叩き、外国人排斥、政府批判が同時爆発。 構造問題が道徳問題にすり替わる。 SNSが増幅装置になる。 → 関東大震災型の流言。 「強い指導者」への渇望 「政府は無能だ」→「誰かちゃんとやれ」 → ポピュリスト政治家や極端な言説への支持が急伸。 非常事態宣言・配給制の議論が出始めると、 私権制限への抵抗感が驚くほど薄い。 → オルテガが1930年に見た光景の再現。 中間組織の不在が致命傷になる 地域の自治組織、相互扶助の仕組み。 日本では町内会も形骸化している。 パニック時に「国家と個人の間」で機能するバッファがない。 孤独な大衆は、強い指導者への渇望がさらに進む。 失業対策、配給、食糧、物流への傾斜生産方式。 これをどう手当していくか、政府は今から考えておかないと、無政府状態からポピュリストに国を乗っ取られかねない。 危機が十分に可視化されたとき、 強い指導者が出てくる。 それが善意のテクノクラートか、ポピュリストかは そのときの「運」。 情報は出ていた。 フィルターバブルと正常性バイアスが遮断していただけ。 オルテガの最終警告: 「大衆は自分の無関心の代償を、自分で払う」 96年前の本が、いま一番怖いな。


















