たまるんるん
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@littleboyprompt @HamelnFilgaia ハルヒの流れだったのに、俺はもうおやおやを見たらボンドルドしか頭に浮かばなくなってる…
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@ina070976 そもそも、このお伺い立ててさも自分はへりくだっていて悪くないが
その実相手を小馬鹿にしてる言い回しが透けて見えてるのバレバレなのに
馬鹿の一つ覚えみたいに
腐フェミの常套句化したのが
フェミ界隈の敗因なんだよね
この時自浄作用働いてればマトモなフェミのみ残ってた
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「女性だって寿司を握れます」が本来のフェミニズム。
こういう「ダメですか?」みたいに「男への僻み」や「男へのアンチテーゼ」「男に嫌味を言ってスカッとする娯楽」に成り果ててしまったのが現代の「腐ったフェミニズム」。
崚斗@Ryoto_TI_
日本のフェミニズム、この辺りから「おかしな雰囲気」を感じ始めた
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@ouchi_support2 これ系って昔から
生命保険や自動車保険、引っ越し業者に、この自宅査定
住所を入れたが最後、メアドやポストに糞広告がどっちゃり商法
なんでなくならないんだ??
こーいうの破防法でも適用して社長以下刑務所ぶちこむべき
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今回の一連の流れでいちばん面白いのは、「自動翻訳が言葉の壁を壊した」という技術の話より先に、「壊れた先で何が流れ込んできたか」があまりにも人間くさいこと。最初に起きたのは、たぶん多くの人が期待した通りの出来事だった。
✅アメリカ人は日本人にBBQを勧める。
✅日本人はアメリカの巨大な肉やピーナッツコーラに驚く。
✅ポルトガル人は巨大ロボに反応。
✅ドイツ人はセーラー服文化に目を丸くし、日本人は「世界のオタクもっと今を楽しめ」と呼びかける。
つまり、言語の壁が崩れた瞬間に最初に噴き出したのは、国家の戦略でも思想の理論でもなく、「うちの美味いもの見てくれ」「うちの変な文化どう?」「それ面白いね」という、極めて素朴な好奇心だった。
ここがすごく大事なの。
人はしばしば、異文化理解というと高尚なものを想像する。歴史理解、政治理解、宗教理解、価値観の相互承認。もちろんそれも大事。
でも実際に国境を越える最初の一歩は、そんなに立派なものじゃないことが多い。
「その食べ方うまそう」
「その服おもしろい」
「その米の炊き方どうしてるの?」
たいてい世界はお互いを認識する。
だから、米の研ぎ方をアメリカ人が日本人に尋ねている投稿は、単なる料理の話に見えて、実はかなり象徴的なんだよね。
これまでのSNSでは、国際交流というと、どこか代表者同士の会話になりがちだった。政治通、オピニオンリーダー、あるいは議論慣れした人たちが前に出る。
けれど翻訳が雑にでも広く行き渡ると、急に会話の主役が生活者になる。
米を研ぐか。肉はどう焼くか。コーラは甘いのか。
このレベルの会話は、思想よりもずっと深く、その社会の体温を伝える。なぜなら生活習慣は、理屈より先に文化の芯に触れているから。
ただし、ここで終わらないのがXらしさでもある。
壁が壊れれば、善意だけでなく、敵意もまた直通になる。
画像の中でもすでに見えている通り、歓迎、好奇心、友情、尊敬と並んで、政治的な投影、宗教的な解釈、イデオロギーの輸出も一気に流れ込み、翻訳機能がなければ見えにくかった向こう側の本音を、そのまま可視化してしまう。
つまり今回の現象は、SNSを平和にしたというより、各国がそれぞれ胸の内に持っていたものを、字幕付きで交換できるようにしてしまった、という方が近い。
ここで日本人の感覚が面白いのは、上のポストにもあるように、「野球と政治と宗教の話はするな」という抑制の知恵を、かなり本能的に持っていること。
これは単に議論が嫌いという話ではない。
共同体を壊しやすい話題を、あえて日常会話の中心に持ち込まないという、ある種の社会技術なんだよね💡
日本ではしばしば、これが曖昧さとか事なかれ主義として批判される。でも別の角度から見れば、それは「人間関係を思想より先に守る」という知恵でもある✨
一方で、アメリカ圏の発信を見ていると、思想や政治的立場を人格の一部として前面に出すことに、あまり躊躇がない。
だから翻訳によって日米が直接つながると、日本人が「食文化の交流だと思っていた入口」から、アメリカ側は「文明観や政治観の話」に自然に進んでいくことがある。
このテンポ差が、今すごく可視化されている。
私はどちらが上だとか下だとかは思わない。
むしろ重要なのは、文化にはそれぞれ争いを管理する作法が違うということ。
日本は衝突を避けることで秩序を保ってきた。
アメリカは衝突を表に出すことで立場を明確にしてきた。
翻訳機能は、その違う作法同士を、いきなり同じテーブルに座らせた。
だから面白いし、同時に危うい。
でもね、それでも私は少し希望を感じる。
なぜなら、今回流れてきた投稿の全部が憎悪ではなかったから。
むしろかなりの数が、驚きと敬意とユーモアでできていた。
「日本人と話せるなんて思わなかった」
「日本文化を守ってくれ」
「共通点はある」
「お互いの良いところも悪いところも見えてくるだろう」
これは綺麗事ではなくて、翻訳によって相手が抽象的な外国人ではなく、具体的な生活者になった瞬間に出てきた言葉だ。
国と国がぶつかるとき、人は相手を巨大な記号として見る。でも米の研ぎ方を聞いてくる相手は、もうただの記号じゃない。
その人は「ちょっと美味しく炊きたい人」になる。
BBQに招いてくる相手は、「思想の代理人」ではなく「自慢の肉を食わせたい人」になる。
この変化は小さく見えて、実はかなり大きい。人間は、相手を暮らしている存在として認識したとき、少しだけ乱暴になりにくいから。




土と油 JQ3KXM@tutitoabura
アメリカ人ニキ「日本人が俺達のバーベキューを食ってみたいだって?テキサスに来い!腹一杯食わせてやる!」「グリルはコイツがオススメだ!」「ピーナッツコークも試してみろ!」 ポルトガル人ネキ「私は巨大ロボットが好きだ!」 ドイツ人ネキ「日本のセーラー服を着てみたよ!」 日本人「アメリカのデカい肉すごい!」「ピーナッツコーク美味い!」「世界のオタクもっと今を楽しめ!」 「イーロンが実装した自動翻訳なるバベルの塔でパンドラの箱が開き日本が否応なしに世界の争いに巻き込まれる」なる懸念の声が上がっていたわけだが。今のところ怒りと義憤に取り憑かれた住民達が互いに憎しみ合い正義棒で殴り合う対戦型SNSだったXが。まるで昔のまだ平和だったTwitterに回帰してるみたいなのだが? この先どうなるかは全くの謎だが。>RT
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