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I_ha__to
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I_ha__to
@iharuto4
uni student 🏆35awards 10th 100 Beat Photographer of the year
Se unió Mayıs 2020
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めちゃくちゃ良い観点すぎるし、常日頃ふぁらおも写真界隈のSNSはそうあって欲しいなと感じる投稿。
ただ、その論争は多分起きない、というか起こせないのが現状でもありますね。
理由としては、
①どの軸で写真が上手いor下手を語るのかあらかじめ共有されておらず、またその議論は基本"普遍的な写真美"という観点で語られないことが多いので、「それ結局お前の好みやんけ。再現性ゼロやん」で議論が終わってしまう。
②「写真への指摘=人格への指摘」と捉える人がまだまだ多い界隈なので、FF外からの急な指摘だとトラブルの元になる可能性が高い。写真講評をし合っても良いという間柄や、ルールが共有されてないと無意味な戦争が起きてしまう。それゆえ賢い人は「どの写真もみんな素敵ですよ〜」なんて耳障りの良い言葉しか段々吐かなくなる。現在のSNSは議論が起きにくい構造になっている。
③そもそもどういう観点で写真を見て良いのか分からない人が多く、「人様の写真にコメントをするなんて…」と尻込みをする人がほとんど。
ゆえに、写真に関する議論をより多くの人との間で活発化させたいのであれば、
・そういう文脈を事前に共有できる人を集めるためのフィルターを設け、
・写真を分析する時の観点が共有され、
・「より上手い写真を撮るためには?」という共通のミッションのみでコメントし合える、
そんな仕組みと場所と人間関係が必要になります。
こうして、影響力ある人たちがコミュニティを作り、そこでフィルターとルールを設け、講評観点を共有し、議論し合う写真コミュニティが作られるという形に落ち着くわけです。
SNSでの写真上手いor下手論争は非常に難しく、今言った観点を無視して突然写真講評を始めてしまう人は、周りから「こいつやべえな」判定をされて距離を取られます。
褒めるのみの文脈での講評ならギリ許容される感はありますが、現状のSNSで満足度の高い議論がしにくいのはこういった背景があるからなのかなと思います。
音無@otonashi333
自分は逆に写真界隈は上手い下手論争が少なすぎるんじゃないかなと思ってたりします まあ上手い下手って言うと語弊はあるのですが 良いと思ってる事が他の人からはダメだったりとかその逆とか パブリックな場で話さないと分からない事が意外と多い気もするので 自分と他人の価値観を擦り合わせる場面が意外なほど少ないんですよね なんでピントがそこなんだ!?って言ったら相手はたぶん意図を説明してくれるし ひょっとしたら新しい視点が見つかる可能性もあると思うので まぁ上手い人ほど余計な揉め事を嫌うので難しいところではあると思うのですが…
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LensCulture Street Photography Awards 2026 のCompetition Gallery(Editor's Pick)に作品が選出されました。わーい!
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