ジャンク屋
258K posts


平凡な人間こそ、機械工学科に行くべきなんやと思う。機械工学科を出れれば、愛嬌と素直さがあれば、気合いで平凡な幸せを掴み取ることができるもん。


@DrKarte 日本のエプスタイン階級が 「大量失業者出ても、ウクライナの最前線に送れば良い。使えない資源の有効利用だ。」 という解決策を考えても不思議ではない。

若い頃にマセラティからプリウスに乗り換えた時、雑に扱っても気にならないものの価値の高さに気づいたな。あまりにも高級なものは扱いに気を使い過ぎて、使い勝手が悪すぎるんだわな。

これは最近特に顕著になってきた天文学と宇宙開発の利害のジレンマ。 宇宙利用は進歩のシンボルであるし、(僕は個人的には懐疑的だけど)エネルギー問題への解決策としても意識されている。 天文学の意義もまた深い(これについては強く思う) 元は同窓のような宇宙業界と天文界。お互いの理解は難しくないはず。折り合いをどこでつけるか? 個人的には、天文学界の最大の悩みの一つが予算面。そこで宇宙業界が得た莫大な利益で、天文学をサポートする。衛星の写り込みを防ぐ能動光学系の開発や、それを補ってあまりある協力、人材協力が得られたら、お互いメリットある形が築けるのではないかと考えるけれど、どうなんでしょね?



私が法務委員会で袴田巌さんの事件を取り上げ、質問のたびに刑事局長へ検察の反省を質していたときのことです。 あるベテラン議員から、ふとこう声をかけられました。 「鈴木さんは恐くないのかい」 しかし、その言葉は“問い”というよりも、どこか“助言”のような、含みのある響きを持っていました。 当時の私は、その真意がまったく分かりませんでした。 「何を言っているのだろう?」と、正直、戸惑うばかりでした。 けれど、しばらくして気づきます。 あの一言は、「権力に踏み込むことの重さ」と「その先にある現実」を知る者からの、静かな警鐘だったのだと。 検察という強大な組織に対し、その姿勢や責任を真正面から問い続けること。 それは決して“安全な行為”ではない。 時に軋轢を生み、孤立を招くこともある。 それでもなお、問わなければならないことがある。 無辜の人を救済するために、本来あるべき再審制度を取り戻すために。 あの時の言葉の意味を理解した今、私はこう思います。 “恐いかどうか”ではなく、“それでもやるのか”が問われていたのだと。 そして私の答えは、今も変わりません。 どうか、皆さんの力を貸してください。 再審法に関するニュースをリポストし、たった一言でも構いません。 「私たちは見ている」 「何が正義かを見ている」 その声が、現場に届きます。 その一言が、私たちの背中を押します。 皆さんの声とともに、最後まで闘い抜きます。

平成ってこういうの日常茶飯事だったけど、今思えばただの壊れた大人のメンヘラムーブだったんだな 俺の学生時代も凄かったわ 毎日が小さいソ連だった
































