
氾濫するフェイクニュース。米国大統領のフェイク利用は、虚偽の津波とさえ呼ばれている。情報の真偽を逐一確かめる人も少ない。フェイクへの特効薬もない。そんな中、フェイクに対する「耐性」を人々にもたらすことで状況を変えることを提案する本書は学術研究にも裏打ちされた希望の書だ。まず、👉 この本のコンセプトについて解説。 新型コロナウイルスでも顕著だったけれど、感染症に抵抗するために免疫学が存在することは周知のとおり。それと同じように、誤情報に対する抵抗力の引き上げなどを目指すのが著者の立場である。まさに免疫学的な発想を用いながら、実効性の高い対策をまとめて具体的な提案に練り上げたところにこの本のすごさがある。 実際、フェイクニュースの“ワクチン”にあらかじめ接した人たちは、フェイクに翻弄されにくくなる。これ、マジで知ってほしい。 本書には、人がフェイクに魅了される心理構造やバイアスなども検討されている。また、たとえば、人々が陰謀論にハマる理由をアカデミックに整理して示すことで、ぼくらが持っている「世界をこう理解したい」という「偏りある欲望」を認識することもできる。「レプティリアン陰謀論」をはじめ、さまざまな事例をもとに析出した「陰謀論的思考の7他の特質」は、RPを参照してほしい。 その文脈でも分かるとおり、ぼくらはどうしてもフェイクに惹かれる。理解しやすくてシンプルで、納得感のある情報を求めたくなる。だが、その情報のほとんどは、現実の複雑性を捨て去った「偏りある情報」となる。 もちろん、多様な意見に触れることは大切だ。それがフェイクに惑わされない自分をつくるという話は理解できるだろう。でも、現実的には、多様な意見を知っていること自体にはあまり予防効果がない(無意味でもないが)。フェイクニュースが飛び交うSNS的エコーチェンバーの中で、義憤や正義の怒り燃えていた方が圧倒的に気持ちがいい。一方、多様な意見を知って多角的な視点を養うことには、刺激が少ない。種としての人類はたぶん、この非対称性に耐え、欲望に抗えるほどの力を持ってはいない。理性は欲望の奴隷である。 なら、予防してしまおうと、著者はそう提案する。 発想は意外にシンプルで、まずは弱毒性のフェイクニュースに触れさせ、「あ、こういう情報に騙されてはいけない」と本人が気づくこと。そして、気づいた際に、なぜそれが虚偽なのか、なぜミスリーディングが起こるのかを知り、反論するのに必要なツールや材料を身に着けておくことである。 この体験があれば、それまで触れた多様な意見や、みずからが(またはそもそも人間が)フェイクニュースを信じやすい心理特性を持っているのだ、といった知識をおおいに役立てることもできる。 本書では、「地球温暖化は人為的な原因では引き起こされていない」といった説を信じる人たちへのアプローチ・研究をはじめ、さまざまな事例や学問的蓄積をもとに上記を補強していく。結論的にいえば、重要なのは、個々のフェイクに対する“ワクチン”を打ちつつ、やがてフェイク・ウイルス(ぼくの造語)の基本要素そのものへの免疫力を高めることである。 たとえば──誤情報に接する際には「操作の6次元(DEPICT・デピクト)」の見極めが重要だという。 DEPICTとは ・Discrediting――歪曲や否定などで何かや誰かの信用を貶める行為 ・Emotion――感情に訴えて人々を操作する ・Polarization――意見の異なる集団同士の溝を広げて二極化させようとする ・Impersonation――なりすまし ・Conspiracy――陰謀を投げかけて主流の考え方に疑問符をつける ・Trolling――荒らし行為 の頭文字をとったものだ。 以下に例を記そう。 ・信用を貶める(D) →「あの新聞は誤報だらけだ」「あいつは真実を隠している」と書く ・感情の操作(E) →ワクチン接種で亡くなった人がいたとき「重篤だがまれな副作用」と書くのではなく「恐ろしい致命的な血栓」と書く(いたずらに恐怖心を抱かせたり、義憤を引き起こす) ・二極化(P) →「ワクチンなんて猛毒だ!」もしくは「ワクチンを打とうとしない奴はみんなバカだ」と、過激な表現で焚きつける ・なりすまし(I) →「米国の研究チームの研究によれば、……」と書くものの、それが米国のどこの誰かは不明 ・陰謀思考(C) →「コロナパンデミックは、ワクチンで人々にチップを埋め込みたい悪人による陰謀だ」的な発信 加えて、個人的に興味深かったのが、「フェイクを流す側の心理を知ること」の大切さを本書が訴えている点である。実際に人々にフェイクを流す側になってもらい、フェイクニュースを作り、それを散布する体験をしてもらうといった研究成果をもとに、予防効果がそれによって相当に高まることを実証している。 さらに、フェイク・ワクチン(これもぼくの造語)には「集団免疫」という発想も用いられ、SNSをはじめとしたウェブ・アルゴリズムへの具体的な設計提案もこの本で行われている。このあたり、本書は相当に緻密なので、くわしくは直に読んで確認してほしい。 もちろん、感染症のワクチンを打ってほんとうに病気になってしまったらマズイように、フェイクに対するワクチンにも副作用が出ない設計を施すことが必要だ。本書はその点にも厚い言及がある。 学び多き本。マジでやばい。 サンダー・ヴァン・ダー・リンデン『フェイクニュースの免疫学』笹原和俊@soramame0518・松井信彦訳、みすず書房@misuzu_shobo










































