山本 楓己|プロバスケットボール選手

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山本 楓己|プロバスケットボール選手

山本 楓己|プロバスケットボール選手

@Fuuki89Fuuki

日本一応援されるバスケ選手を目指してます|高校選びで10校から断られ、大学卒業後2年間フリーター。現在Bリーグ3シーズン目|琉球(練習生)→信州→神戸→八王子| リアルイベントの情報はこちらから👇

가입일 Eylül 2014
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山本 楓己|プロバスケットボール選手
『練習生からプロになるまでの道のり』 人生で一番苦しかった時期のことを、少し丁寧に振り返ってみようと思います。 大学卒業後、僕は2年間、どこのチームにも所属できず、フリーターとして生活していました。 この期間は、本当に“心との勝負”だったと感じています。 人生には、うまくいかない時期が誰にでもあると思います。 その時に、どう向き合うかで未来は大きく変わると、僕は思っています。 そして、どんな壁に直面しても心の支えになっていたのが、ある一つの言葉です。 『神様は、乗り越えられる試練しか与えない』 これは、僕の大切にしている言葉です。 試合に出られない。契約がもらえない。怪我や手術を経験する。 どれも自分にとって苦しい時間でしたが、 「これは乗り越えられる試練なんだ」と信じて進むことで、なんとか前を向き続けることができました。 何か1つの夢や目標を達成できないのは、才能がないからだけじゃないと思います。 1番の問題は「問題と向き合えなくなること」だと僕は思っています。 例えば、過去の後悔。 「なんであの時、怪我をしたんだ」「なんであの選択をしてしまったんだ」と過去に意識がいってしまう。 あるいは、未来の不安。 「この年齢でプロになれるのか」「自分の力は通用するのか」と、まだ起きていないことにエネルギーを使ってしまう。 このように過去や未来にエネルギーが向いてしまうと、向き合うことができなくなってしまいます。 僕自身、骨折したときや、契約を逃したとき、何度もそういう感情に引っ張られそうになりました。 でも、本当に大事なのは「今、目の前の壁にしっかり向き合うこと」なんだと感じています。 現実を受け入れ、そこから何ができるかを考え続ける。 そうしている限り、心は折れないし、チャンスは必ず巡ってくる。 チャンスは誰にでも訪れると思います。 ただ、それを“掴めるかどうか”は別の話です。 そして、その後もまた壁はやってきて、その壁もまた乗り越えていく必要があります。 でもそれは、自分自身がレベルアップしている証だと思っています。 挑戦の数を重ねるほど、夢に近づく確率は上がる。 僕はそう信じています。 僕はこれまで、練習生として2チームに所属しました。 最初は琉球ゴールデンキングス。 当時、一緒に練習生として活動していた植松義也選手が、シーズン途中で契約を勝ち取りました。 もちろん嬉しかったけれど、正直とても悔しかった。 言葉にできない、複雑な感情でした。 練習前に以前は一緒にやっていたモップがけを、 契約後は僕ひとりでやっている。 自分一人だけ取り残されておる、あのなんとも言えない感情は今でも鮮明に覚えています。 すごく悔しい経験でしたが、「まだ自分には足りない部分がある」 「だから、今の結果になっている」と受け止めたことで、前に進むことができました。 そして、これが“リアル”なんだと気づくことができたのも、まさにこの1年目の経験からでした。 その後、僕は信州ブレイブウォリアーズで再び練習生としてチャレンジしました。 周囲からは「そろそろプレーヤーとしてキャリアを進めな」と言われたけど、 僕はB1選手になるためにはその環境に身を置くことが1番近道だと考えでした。 しかし、年齢も25歳。これが最後の挑戦だと、自分に言い聞かせて挑んだ練習生でした。 信州では、残り1枠の契約を3人で争う形でした。 その中の1人が、児玉大智選手。 2ヶ月の練習生期間を経て、彼に契約の話が届きました。 前回の悔しさを知っているからこそ、正直、絶望的な気持ちになった。 「またこの1年を繰り返すのか」と考えた時、さすがに心が折れかけました。 完全に過去と未来に意識が向いてしまって、全く問題と整体できていなかったです。 でも、どん底に落ちた時は、僕なりの“最終手段”があります。 それは、まず「一旦寝る」⇒「誰かに話す」と決めています。 その時も、すぐに兄に相談しました。 そして、兄がかけてくれたのは、あの言葉でした。 『神様は、乗り越えられる試練しか与えない』 ああ、これはまだ乗り越えられる壁なんだ、と気づくことができました。 そこから気持ちを立て直して、数日後、コーチからこう声をかけてもらいました。 「まだチャンスはある。見てくれているから諦めずに頑張れ!」 その言葉に、もう一度気持ちを整えることができました。 あとになって知ったのですが、実はインジュアリーリスト(怪我人)の枠で、僕の短期契約を検討してくれていたそうです。 そして、そこから1週間も経たないうちに、正式な契約の話をいただくことができました。 もちろん、僕が乗り越えることができた理由はひとつじゃないです。 でも、根本には「向き合い続ける力」があったからこそ、道が開けたのだと思っています。 そしてその力の源は、一つの“言葉”でした。 誰にとっても、人生には苦しい時期があります。 そんな時、「神様は、乗り越えられる試練しか与えない」と信じることで、 もう一度前を向けるかもしれない。 この考え方が、誰かの力になるなら嬉しいです。 Voicyはこちらから⏬ r.voicy.jp/4p9qMAq19lb
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山本 楓己|プロバスケットボール選手
プロ選手を目指しながら、教員免許を取った日々 ◇ 実は、教員免許を持っています 実は僕、教員免許を持っているんです。あまり話したことがないので、知らない方も多いんじゃないかと思います。 大学の時に免許を取りました。体育の教員免許です。プロ選手を目指しながら、教育実習など免許を取るために必要な実習もやってきたので、そんな経験から感じたことをお話しできればと思います。 ◇ 教育が、好きだった そもそも僕の人生の理念として、多くの人にいい影響を与えていきたいという想いがすごく強くあります。 その中でも、教育というものがすごく好きなんです。人に携われる仕事、人の人生にいい影響を与えられるという意味で、教育は本当に魅力的だと思っていました。 将来やりたいことって、結局自分の知っている範囲の仕事から決めていくじゃないですか。小学校、中学校で関わらせてもらった学校の先生は、一番身近で『こういう仕事いいな、素敵だな』と思わせてくれた存在でした。そういう背景から、いつか教員免許を取りたいという想いがうっすらとありました。 高校を卒業したタイミングで大学に行くと考えた時、バスケットも真剣にやりたい。でも同時に教員免許も取れる場所という条件で、大学を選びました。名古屋学院なら教員免許を取れるし、バスケットも真剣にやれる。そう思って名古屋学院を選びました。 ◇ 教育実習、本当に大変でした とはいえ、教員免許を取るのはとても大変でした。 一年生、二年生から教員免許の授業をプラスで取って、三年生、四年生になると次第に実習が増えてきました。一番の難関は教育実習です。 僕は母校の安城学園高校に行かせてもらったんですが、本当に大変で。この時期のことは今でも覚えています。 本来は春先に行くことが多いと思うんですが、僕たちの時はコロナがあったので、九月、十月に行くことになりました。その時期は、最後の引退試合がかかった大会が始まる直前だったんです。 自分としても、プロになりたいというのは結構明確に決まっていたので、そっちを第一優先で考えていました。就職活動もせず、最後の大会にかけて準備している段階で教育実習が被ってくる。プロ選手になりたいけど、教員免許も取っておきたい。めちゃくちゃ忙しくて大変な時期だったなと覚えています。 実習そのものも、正直勉強してこなかったので、本当に大変でした。細かくすごく指導してもらって、『ああ、ここまで言われるんだ』というので、ちょっとメンタルもきつかったりして。指導案を作るのもめちゃくちゃ時間がかかりました。 そもそも僕、マルチタスクがめちゃくちゃ苦手なんです。『あ、こうこうやらなきゃな』と考えていたところで追加で『あれどうなってる? やって』と言われたら、もう最初に考えていたことが抜けちゃう。 いろんなタスクを抱えながら、タスクが終わっていかないというストレスの中でやるというのは、それくらい業務内容が多いということなんだと実感しました。プラス、部活動の顧問もやられている先生もいるじゃないですか。『どのタイミングで仕事しているの?』と思いながら。本当に、超リスペクトが強くなりましたね。 ◇ 先生への尊敬が、より一層深まった 自分が学生の時に見ていた先生とは、やっぱり全然印象が違いました。そっち側の立場に行ってみると、より一層尊敬する部分が増えたんです。 今の学生には、ちゃんと先生に感謝してくださいと伝えたいです。本当に生徒に対して向き合ってすごいことをやっています。 ◇ 今は、自分のやれる形で 今、僕はプロ選手として活動させてもらっている中で、講演会やバスケットクリニックなど、いろんな形で『伝える』という仕事をさせてもらっています。 人にいい影響を与えていくという、根本的にやりたいこと、目的という部分では、結構いろんな形からアプローチして叶えられていることも増えています。本を書いたり、SNS発信をしたり、曲を作ったり。いろんなツール、いろんな角度から活動をしていく中で、根本にあるのは『いい影響を与えていきたい』という想い。教育という部分は、すごく好きです。 今は、自分がやれる形でどんどん多くの方に還元していきたいと思っています。 自分がいい影響を与えられて、その子たちが次は『自分が夢や希望を与える番なんだ』と思ってほしい。『楓己でできるんだったら、俺だってできるでしょ』と思ってほしい。そういう子たちがどんどん出てくる世界がすごくいいなと思うので、そんな未来を妄想しつつ、自分の手の届く範囲で、教育という部分は引き続きやっていきたいと思っています。 Voicyはこちらから⏬ r.voicy.jp/Rp9p2o0yKGP 1000人イベントチケット販売ページはこちらから⏬ livepocket.jp/e/fukiproject
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山本 楓己|プロバスケットボール選手
バスケのモチベーションが下がった時、僕はどう乗り越えてきたか ◇ モチベーションに頼らない仕組み バスケを二十年近くやってきて、モチベーションが下がらない方がおかしいと思います。やる気が落ちる時期は絶対にあります。 今日は、そんな時に自分がどう乗り越えてきたのかをお話しできればと思います。 結論から言うと、環境がすごく大事だと思っています。 モチベーションややる気に左右されるというのは、プロ選手になるとか、目標を叶えたいと考えた時には、あまり良くない方法なんじゃないかと思います。やる気が落ちた時にパフォーマンスも落ちる、モチベーションが下がった時に結果も出ないとなってしまうと、目標から遠ざかってしまいます。 だからこそ、モチベーションに関係なくやれる仕組みを作っていくことが大事だと思います。 ◇ 中学生の頃、初めて訪れた葛藤 自分のモチベーションが下がった時期はいつだったかと考えると、中学生の頃に初めて来たなというのが覚えている記憶です。 中学校くらいって多感な時期じゃないですか。小学校まではバスケ、バスケ、バスケという感じで、とにかくバスケが好きで、体を動かすのがめちゃくちゃ好きでした。でも中学校くらいから、少しずつ他にも興味が出てきたんです。 友達と遊ぶのが楽しくなったり、恋愛が楽しくなったり。いろんなものに興味が広がっていって、バスケット以外にも楽しいことがあるって気づいたんですす。 もちろん、プロを目指すならバスケだけに打ち込んでいくべきだという考え方もあると思います。それが正解か不正解かという話をしたいわけじゃないんですが、僕自身は『バスケも人生の一部』という考え方の方が合っていました。今もその考え方をすごく大切にしています。 バスケ以外のものに興味が出た時、それを無理やり抑え込もうとするのは、僕には合わなかったんです。だから、恋愛も結構真剣にやっていたし、友達と遊ぶ時も真剣でした。 『プロ選手を目指してるんだから、強いチームに行きたいんだったら、バスケ、バスケ、バスケじゃないとダメだよね。他の選手はやってるじゃん』という意見もあるかもしれません。でも僕は、その時正直それでは頑張れなかったんです。 ◇ 環境が自分を支えてくれた ただ、当時を今振り返ると、すごく良かった点があります。それは、環境にこだわっていたということです。 部活はメインで全国大会を目指して頑張っていました。それ以外にも、土日はクラブチームに行くとか、平日も社会人のクラブチームに練習に行くとか。自分の中で決めていたことは、三年間ずっとやり続けていたんです。 友達と一緒に行っていたこともあったし、行くのが当たり前だったから親も送ってくれて付き添ってくれていました。誰かと一緒にやっていた、誰かと予定があったから正直行っていた。『やりたい』と『やらされている』の半分半分くらいの感覚です。 でも行ったら行ったで、やっぱりバスケ自体は楽しかったりしました。 結局、そこでバスケをやるという習慣が結構ハイレベルだったことが、その後プロを目指し続けられた一つの要因だったと思います。高校に行けたのも、すごく大きな要因だったと思うんです。 環境が自分を支えてくれた。モチベーションが正直めちゃくちゃ高かったわけじゃないけど、そういうものに左右されずに『そういうもんだから』と環境に時間を費やしたことが、大きかったんじゃないかと思います。 ◇ 大人になった今も、同じこと 大人になった今でも同じだと思います。 プロ選手として、バスケを仕事でやらせてもらっていて、練習に行くというところは、正直モチベーションがない、やる気が上がらないという時ももちろんあります。 でも、仕事だから行くんです。行ってプレーしたら、『あ、今日こうだったな、次はこうしよう』というやりがいや楽しさが出てくる。 環境があるから、自分のモチベーションが下がる上がるに関係なく、環境が自分を制御してくれていました。だから、モチベーションに頼らず環境を作るというのがすごく大事だと思います。 SNSの発信もそうです。バスケで大変だなという時はモチベーションが上がらないこともあるけど、誰かと予定して一緒に撮影するとか、この日に投稿しようと決めていたら、やっぱり裏切れない。 そうやって発信していけば、『今日の話すごく良かったです』『楓己さんに出会えて本当に良かったです』という言葉をかけてもらえる。自分もやってきて良かったなと思って、さらに頑張っていこうという原動力にもなります。 ◇ まず環境を整えてみる つまり、モチベーションに頼らず環境を作る。そして行動していく。行動していけば、自然とモチベーションは生まれてくるものだと思います。 もしモチベーションが上がらないという状況の人がいたら、まず環境がどうなのかを見直してみるといいんじゃないかと思います。環境をしっかり整えるところに意識を向けてみると、意外とモチベーションに頼らずできたり、モチベーションが上がってきたり、やる気が出てきたりすることも結構あると思います。 目標を持って頑張っていこうと思ったら、モチベーションに左右されていたら多分きついと思います。だからこそ、やり方を試行錯誤していくことが一つの方法なんじゃないかと思っています。 お互い頑張りましょう。 Voicyはこちらから⏬ r.voicy.jp/G4VW57PlmeM 1000人イベントチケット販売ページはこちらから⏬ livepocket.jp/e/fukiprojec
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倒れた僕を、誰も見捨てなかった ◇ 周りの支えがあって、今がある 今、プロ選手としてバスケットをやれているのは、本当に周りの人たちに支えてもらってきたからです。軽い言葉じゃなくて、心からそう思っています。 僕は病気を抱えながら生きてきて、プロ選手を目指してきました。その過程で倒れたこともあったし、救急車で何度も運ばれたこともありました。 両親、学校の先生、バスケのコーチ。本当に多くの方々に支えてもらって、今こうしてプロ選手として活動できているんだと思います。 ◇ 中学三年生、倒れた日 一番大変だった時期は、小学校から中学校にかけてだったと思います。 中学三年生の時、僕は朝練で倒れました。食物依存運動誘発性アナフィラキシーという病気の再発でした。 その日の朝、海外土産でもらったカルパス(ビーフジャーキーのようなもの)を食べたんです。日本のものなら食べられるので、成分も同じだと思い込んでいました。アレルギーなら普通はすぐに体のどこかに症状が出るはずなのに、何も出なかったです。 そのまま朝練に行って、走っている時に急激に気持ち悪くなって、嘔吐して、救急車で運ばれました。運ばれる時にはもう意識がもうろうとしていて、あまり覚えていません。エピペンという注射も打たれたらしいのですが、それも記憶にない。周りから聞く話では、本当にきつい状態だったそうです。 ◇ 十校から断られた日々 この症状が出たのが中学三年生の時でした。僕は県外の強豪校でバスケをしたくて、いろんな学校を見学させてもらって、実際にプレイも見てもらいました。 どこの学校も『プレイはいいね』と言ってくれて、特待生の話をしてくれるところもありました。でも、病気の話を最後にすると、後日必ず断られる。それを十校くらいから経験しました。 そんな時、『もういいや』って思いました。自分ではどうしようもないじゃないか、という気持ちが強くて。『地元の公立高校に行って、バスケはほどほどにやるわ』。つまり、プロを諦めるって言いました。 でも、その発言が本気じゃないことを、周りはちゃんと理解してくれていました。 ◇ 諦めさせなかった人たち 学校の先生や両親が、『なんとかして楓己を本気でバスケができる場所に連れて行ってあげたい』と動いてくれました。まだアプローチしていなかった県内の強豪校に掛け合ってくれて、安城学園に行くことができました。 もしあのタイミングで、僕が自分の意思通りに動いて、周りがサポートしてくれなかったら。多分、安城学園には行けていなかったと思います。安城学園に行っていなかったら、バスケへの熱も冷めていて、プロを目指すという選択肢はなかったと思います。 今プロでやれているのは、このタイミングで支えてくれた人がいたから。本当にそう言えると思います。 ◇ 何度救急車で運ばれただろう プロを目指すという部分でもそうですし、そもそも生きていく上でも、本当に迷惑をかけてきました。 小さい頃、三歳とか五歳の時。『食べちゃいけないもの』を、どうしても食べたくてこっそり食べて、救急車で運ばれたことが何度もありました。お兄ちゃんたちが食べているのに、自分一人が食べられないのはなんで?っていう純粋な気持ちがあったんだと思います。みんなと同じように美味しそうだから食べたかった。 でも、体は嘘をつけません。ちゃんと症状が出て、救急車で運ばれて、『これは食べちゃいけないんだ、こんなに苦しくなるんだ』って学んでいきました。 何度救急車で運ばれただろう。それ以外にも、症状が出ないようにリスクヘッジとして動いてくれた人がたくさんいました。 だからこそ、自分を見捨てずに支えてくれた人たちには、本当に感謝していきたいと思います。今後、自分がどういう形でできるかわからないけれど、恩返しを少しずつしていきたいです。 引き続き頑張ります。 Voicyはこちらから⏬ r.voicy.jp/pvmbqxk3KeA 1000人イベントチケット販売ページはこちらから⏬ livepocket.jp/e/fukiproject
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きぐちあおい
きぐちあおい@aoi06228854·
@Fuuki89Fuuki たくさんの人が見てますからね🥰コメントの中で、いいコメントすれば悪いコメントもする人もいる。当時SNSが怖いって思っていた楓己くんも今こうやってSNSで発信してるから、SNSを通して会話ができる事と、自分の事を知ってもらう為に発信するっていい事ですよね👍
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SNSが怖かった僕が、日本一応援される選手を目指すまで ◇ 日本一を目指す理由 今、僕はバスケット選手として日本一応援される選手を目指しています。コート上でプレーするだけでなく、SNSでの発信やイベント開催など、コート外でも様々な活動に取り組んでいます。 今日は、そこに至るまでの背景や葛藤についてお話しできればと思います。 ◇ バスケットへの恩返し 僕が人生を通してやっていきたいこと。それは、多くの人にいい影響を与えたい、夢や希望を届けたいということです。 特に、バスケットには本当に救われてきました。プレーの技術だけでなく、人間性も含めて成長させてもらった。だからこそ、バスケットには恩返しをしていきたいという想いが常にあります。 そう考えたとき、プレーだけでなく発信活動にも本格的に取り組みたいと思うようになりました。多くの人に届けていくためには、SNSという自分のメディアを持ち、発信力を身につけることで、必ず多くの人に届けられる人になれる。それは頭ではわかっていました。 ◇ SNSが怖かった日々 でも、SNSは僕にとってすごく怖いものでした。 当時の僕は周りの目をとても気にしていて、『チームメイトからどう思われるだろう』『ファンの方からどう見られるだろう』『バスケット選手はこんなことするべきじゃないのかな?』。 そんな考えが頭の中に次々と浮かんできて、なかなか一歩を踏み出せませんでした。 それが神戸のシーズンあたりまで続いていたんです。 あの時期は人生の中でもかなり苦しい時期でした。発信したい、コート外でも活動したいと思っているのに、周りの目を気にして踏み出せない自分。『自分らしくないな』と思いながら生きていくのは、本当に辛かったです。 ◇ 覚悟を決めた瞬間 そんな状態が一年以上続いたある日、覚悟が決まりました。 『多くの人にいい影響を与えたい、夢や希望を届けたい』という最初の想い。それを実現するには、今のままでは絶対に届けられない。そう覚悟が決まったんです。 そこから、自分の中で一番ワクワクする目標に向かって、嘘偽りなく舵を切りました。それが日本一応援される選手を目指すことです。 そして、今シーズンはInstagram、YouTube、X。様々な媒体で発信量を劇的に増やしました。 その行動もあり、シーズンを戦う会場で『動画見てます』『いつも勉強させてもらってます』『SNSを通して辛いときに救われました』という言葉を少しずつかけて頂けるようになりました。 バスケットを通して、そしてバスケット以外のところでも、いい影響を与えられる存在。その理想に少しずつ近づけていると実感しています。 ◇ 挑戦する姿を見せ続けたい 自分自身に嘘をついて生きてしまったり、自分らしく生きられない人は多いんじゃないかなと思います。過去の僕がそうだったから、その気持ちがすごくわかります。周りの目が気になって一歩踏み出せない、やりたいことをやれない。そういう人たちにも、夢や希望を届けたい。一歩の踏み出し方、勇気を与えられたらと思っています。 このように自分が感じてきたからこそ、できることなんじゃないかなと思います。 だから今、バスケット選手としてコート上で全力でプレーすることはもちろん、コート外でもイベントにチャレンジしようとしています。最終的には1万4000人の武道館を目指すと公言しています。自分自身が挑戦する姿を見せていくことで、救われる人が絶対いるんじゃないかと思うんです。 その中で、自分の感情は積極的にさらけ出していきたい。僕は強い人間ではないから、共感してもらえる部分は絶対あるんじゃないかと思います。そういう気持ちを抱えながらも、でも逃げない姿勢は、人生を通して大切にしていきたいです。 そしてその結果、今まで支えてもらったバスケットへの恩返しにつながったらすごく嬉しいし、バスケットの枠を超えてさらに多くの方に届けられる人になっていけたら、それ以上に幸せなことはないと思います。 引き続き、日本一応援される選手を目指して、コート内外での活動を頑張っていきます。 応援よろしくお願いします。 Voicyはこちらから⏬ r.voicy.jp/nEmNev7ZKXk 1000人イベントチケット販売ページはこちらから⏬ livepocket.jp/e/fukiproject
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山本 楓己|プロバスケットボール選手 리트윗함
TokyoCR_metrics
TokyoCR_metrics@TokyocrM·
第27節のEFFトップ10日本人のみ。1位は2人。1人はスゥープス戦で大暴れ、前半だけで19得点を叩き出したトレインズ山本選手。理不尽な3Pで心を砕かれた。もう1人はファイブアローズ今林選手。13得点7リバウンド。20分に満たない出場時間でこの数値。 #八王子ビートレインズ #香川ファイブアローズ
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桜
@W7IqFUWqz27003·
@Fuuki89Fuuki すごく分かります。今でも私は怖いことばかりです。 でも同じくバスケに感謝しているので山本楓己選手とは全然影響力が違いますが今からバスケに熱中する息子はじめ子供たちの未来のためにも少しでもバスケの魅力などを中心にSNSしております🔥
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s.
s.@siisisiisi__·
発信することもご自身の想いや考えをわかりやすい言葉で伝えることは想像以上に大変だと思いますが、気持ちは思っているだけでは相手には伝わらないので、これからも山本選手の発信を楽しみにしてます! 人との繋がりを大切にされて、丁寧で謙虚なお人柄にも誠意を感じてます。
山本 楓己|プロバスケットボール選手@Fuuki89Fuuki

SNSが怖かった僕が、日本一応援される選手を目指すまで ◇ 日本一を目指す理由 今、僕はバスケット選手として日本一応援される選手を目指しています。コート上でプレーするだけでなく、SNSでの発信やイベント開催など、コート外でも様々な活動に取り組んでいます。 今日は、そこに至るまでの背景や葛藤についてお話しできればと思います。 ◇ バスケットへの恩返し 僕が人生を通してやっていきたいこと。それは、多くの人にいい影響を与えたい、夢や希望を届けたいということです。 特に、バスケットには本当に救われてきました。プレーの技術だけでなく、人間性も含めて成長させてもらった。だからこそ、バスケットには恩返しをしていきたいという想いが常にあります。 そう考えたとき、プレーだけでなく発信活動にも本格的に取り組みたいと思うようになりました。多くの人に届けていくためには、SNSという自分のメディアを持ち、発信力を身につけることで、必ず多くの人に届けられる人になれる。それは頭ではわかっていました。 ◇ SNSが怖かった日々 でも、SNSは僕にとってすごく怖いものでした。 当時の僕は周りの目をとても気にしていて、『チームメイトからどう思われるだろう』『ファンの方からどう見られるだろう』『バスケット選手はこんなことするべきじゃないのかな?』。 そんな考えが頭の中に次々と浮かんできて、なかなか一歩を踏み出せませんでした。 それが神戸のシーズンあたりまで続いていたんです。 あの時期は人生の中でもかなり苦しい時期でした。発信したい、コート外でも活動したいと思っているのに、周りの目を気にして踏み出せない自分。『自分らしくないな』と思いながら生きていくのは、本当に辛かったです。 ◇ 覚悟を決めた瞬間 そんな状態が一年以上続いたある日、覚悟が決まりました。 『多くの人にいい影響を与えたい、夢や希望を届けたい』という最初の想い。それを実現するには、今のままでは絶対に届けられない。そう覚悟が決まったんです。 そこから、自分の中で一番ワクワクする目標に向かって、嘘偽りなく舵を切りました。それが日本一応援される選手を目指すことです。 そして、今シーズンはInstagram、YouTube、X。様々な媒体で発信量を劇的に増やしました。 その行動もあり、シーズンを戦う会場で『動画見てます』『いつも勉強させてもらってます』『SNSを通して辛いときに救われました』という言葉を少しずつかけて頂けるようになりました。 バスケットを通して、そしてバスケット以外のところでも、いい影響を与えられる存在。その理想に少しずつ近づけていると実感しています。 ◇ 挑戦する姿を見せ続けたい 自分自身に嘘をついて生きてしまったり、自分らしく生きられない人は多いんじゃないかなと思います。過去の僕がそうだったから、その気持ちがすごくわかります。周りの目が気になって一歩踏み出せない、やりたいことをやれない。そういう人たちにも、夢や希望を届けたい。一歩の踏み出し方、勇気を与えられたらと思っています。 このように自分が感じてきたからこそ、できることなんじゃないかなと思います。 だから今、バスケット選手としてコート上で全力でプレーすることはもちろん、コート外でもイベントにチャレンジしようとしています。最終的には1万4000人の武道館を目指すと公言しています。自分自身が挑戦する姿を見せていくことで、救われる人が絶対いるんじゃないかと思うんです。 その中で、自分の感情は積極的にさらけ出していきたい。僕は強い人間ではないから、共感してもらえる部分は絶対あるんじゃないかと思います。そういう気持ちを抱えながらも、でも逃げない姿勢は、人生を通して大切にしていきたいです。 そしてその結果、今まで支えてもらったバスケットへの恩返しにつながったらすごく嬉しいし、バスケットの枠を超えてさらに多くの方に届けられる人になっていけたら、それ以上に幸せなことはないと思います。 引き続き、日本一応援される選手を目指して、コート内外での活動を頑張っていきます。 応援よろしくお願いします。 Voicyはこちらから⏬ r.voicy.jp/nEmNev7ZKXk 1000人イベントチケット販売ページはこちらから⏬ livepocket.jp/e/fukiproject

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トト🏀
トト🏀@chaokeai_xia·
#B3リーグ 25-26第27節 個人リーダーズ】1節(2試合)ごとのデータをお届けします ドーソン選手が7度目の週間得点王👑 リバウンド王も今季7度目のスコット選手👑 そしてアシスト王は今季初めてハイラム・ハリス選手が輝きました👑 #B3統計
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FU-HINA
FU-HINA@meron_coron·
open.spotify.com/track/3IIQlhFO… #山本楓己 親子で大好きな@Fuuki89Fuuki 選手の曲✨ 今どん底な自分の背中を押してくれる😭✨ 素敵な曲なので是非色んな方に聴いてほしい🎵
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TokyoCR_metrics
TokyoCR_metrics@TokyocrM·
日本人のみの3P成功数トップ10。1位はトレインズ山本選手で、工藤選手もランクイン。特に前半のチーム好調時は、この2人がトレインズを牽引。今も最大限に注意すべき選手。一方スゥープスからは山崎選手。活躍が楽しみだが怪我の影響はどの程度拭えただろう。 #岐阜スゥープス #八王子ビートレインズ
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山本 楓己|プロバスケットボール選手
今回は、2月中旬にリリースした曲『夢を叶えるその日まで/FUKI,DUSTY-I』の歌詞に込めた思いについて話していきたいと思います。 リリースから一ヶ月以上が経ち、多くの方から『頭から離れない』『試合会場で流れているのを聴いたよ』といった反応をいただけて、本当に嬉しく思っています。 ◇歌詞に込めた思い 今回の曲を作るにあたって、まず最初に決めたのは「誰に届けたいか」ということです。 今回は過去の自分に向けて作りました。 僕自身、特別な人間ではないので、自分が感じてきた感情や経験は、きっとどこかで同じように感じている人がいると思っています。だから今回の曲には、プロを目指すまでの18年間で感じてきたことや、叶える過程で大切にしてきたことを詰め込みました。 ◇『失敗も次へと活かせ』という姿勢 サビの歌詞にある『ワン、夢を叶えるその日まで。ツー、失敗も次へと生かせ。スリー、感謝忘れずに何度でも。Stand up again』。この中で特に大切にしてきたのが、失敗を次へと生かすという姿勢です。 正直なところ、僕のプロまでの道のりは失敗の連続でした。だからこそ、そこから何かを学ぼうとする姿勢を持たなければ前を向けなかったんです。『全ての出来事に意味がある』という言葉が僕は好きで、失敗や負けといった経験にも必ず意味があるはずだと信じて、それを次に生かしていくことを大切にしてきました。 それから、周りの人の支えは僕にとって不可欠なものでした。だからこそ『感謝を忘れずに』という言葉を入れています。何度でも立ち上がること、負けを生かして感謝を忘れずに進んでいくこと。とてもシンプルですが、それは僕の中で大切にしてきたメッセージになります。 ◇『弱者を代弁する俺の歌』という言葉 『HOPEでSTAR、唯一無二なSTAR、弱者を代弁する俺の歌』というフレーズには、僕の目指す在り方が込められています。 夢や希望を届けられるスターになりたい。でも、それはエリートで強者な立場からではなく、弱い者の気持ちがわかるスターがカッコいいと思うタイプです。 葛藤もある、でも諦めない。そういう立場から多くの人に希望を届けていきたいという思いを、この言葉に込めました。 ◇『帰るmy homeあれば大丈夫』 この部分は、僕が一番好きな歌詞です。実はレコーディングの時、DUSTY-Iさんのアドバイスでフローを変えて、『帰るmy homeあれば大丈夫、それがあれば幸せの最上級』と一気に繋げる形にしました。そうしたら、すごくしっくりきたんです。 プロを目指す過程で、辛いことや苦しいことは長く続きました。でも最終的に思うのは、家族や友達といった帰れる場所があれば、それだけで最高だということです。その状況下で自分のやりたいことに向かって目指しているというのは、本当に幸せなことなんだと思います。 今振り返ると、プロを目指していた時期が一番幸せだったんじゃないかと思うくらい、充実感がありました。それは帰れる場所があったから、仲間がいたから。幸せの本質は、やっぱりそこにあるんじゃないかと思います。 ◇愛情と情熱で乗り越える 最後の『大好きなFriendsに愛してるfamily、愛情とパッション乗り越えるハンディー』という部分では、大切な人たちへの愛情と、プロ選手への情熱が僕を突き動かしてくれたことを表現しています。 自分の病気やエリートで来れなかった過去、そういったハンディを乗り越えてこれたのは、この愛情と情熱があったからだと思っています。 とてもシンプルなメッセージですが、プロになるまでに大切にしていた考え方、今でも大事だと思う価値観を、この曲に込めることができました。 一曲を作るのにも、こうしていろんな思いを込めています。もしまた聴いていただける機会があれば、こんな意味で作ったんだと感じてもらえたら嬉しいです。 Voicyはこちらから⏬ r.voicy.jp/qkKne72dV1o 1000人イベントチケット販売ページはこちらから⏬ livepocket.jp/e/fukiproject
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山本 楓己|プロバスケットボール選手
今回は、自分を信じられなくなった時期について話していきたいと思います。 タイトルの通り、僕にも自分自身をなかなか信じられなかった時期がありました。それが神戸での1年です。 自信をかなり失っていたし、自分のやっていることを信じられず、『これでいいのかな』というモヤモヤを抱えた時期だったと、今振り返ると感じています。 そんな時にどんなことを考え、どう乗り越えようとしていたのか。今日はそんな話をしていきたいと思います。 ◇『やれることをやるしかない』という覚悟 自分を信じられなかった時期に、僕がすごく大事にしていた考え方。それは『やれることをやるしかない』と覚悟を決めることでした。ゴリマッチョ系な考え方かもしれませんが、これが僕の一つの答えだったと思います。 何をやってもうまくいかない時期でした。自分で自信を持って『これだ』と見つけられるものは正直なくて。でも、足を止めてしまったらそれまでだということも分かっていました。だから、やれることをやるしかなかったんだと、今振り返ると感じています。 ◇神戸での1年、失った自信 神戸での1年は、B1の信州からキャリアをスタートさせ、B2という場所に戦いのステージを移して、経験を積んで自分のプレースタイルをしっかり確立したいと思っていました。 信州の時はキャリアハイの27点を取れたりとポテンシャルは示せすことはできたと思います。 ただ、実力が足りず生き残ることができなかった。だからこそ環境を変えて、自分の実力をつけていこうと考えていました。 でも現実は、怪我からスタートし、監督のやりたいバスケットにもフィットできず、後輩にチャンスを奪われ、試合に出られない日々が続きました。神戸に来た時は『絶対にやっていける』という自信があったのに、1年後には自分の強みが何なのか見失い、『自分はやっていけるのか』という不安と焦りでいっぱいでした。正直、メンタル的にも結構キツくて、次のチームがなくなるんじゃないかというプレッシャーも感じていました。 試合に出られない、ベンチ外になる。そういうことが続くと、自分がそれまで準備してきたことへの疑いが生まれてきます。『この準備の仕方で合っているのかな』『この練習で合っているのかな』『この考え方で合っているのかな』。本当に自分のやっていることを信じられませんでした。『これでいいのかな』とずっと迷っていた感覚です。 ◇未来志向と数字で管理する でも苦しい状況でも、やれることをやるしかない。何が正しいかは本当に分からなかったけれど、足を止めてしまったら、そこから目を背けて逃げてしまったら、絶対にその壁を乗り越えることはできないと分かっていました。 だからもう、やることやるしかないと割り切りました。ただ、何をやったらいいのか分からない。そこで僕がやったことは、『未来志向に変える』ということです。 とにかく足を止めないことが大事だった時期だったので、試合に出られなくてもワークアウトや練習の中でアピールすること、誰よりもハードワークすることはやる。これが当時の僕にとってやれることでした。いつ来るかわからないチャンスをものにする準備をするしかありませんでした。 試合に出ていれば、前回の反省を活かして次はこう変えようという準備ができます。でも試合に出ていないから、それがうまく使えない。だから、例えば怪我人が出た時に自分がこういうプレイヤーになっておけばチャンスが来ると思うから、そこに向けて準備しようという、少し未来志向に変えていきました。 また日々の成長や前に進んでいる感覚を得るためにも、数字で管理することもすごく大事にしていましまた。例えばシュート練習で、昨日は10本中7本入ったという記録を振り返る。目標は10本中9本。そのために2本をどう改善するか。フォームを変えるのか、トレーニングの仕方を変えるのか、もしかしたらメンタルなのか。 数字で管理することで、『昨日よりこれができるようになった』とか、『もうちょっとこうしたらいいんじゃないか』という、目の前の思考ができます。自分としてもモチベーションを保てるし、そうやって歩みを止めずに準備し続けるからこそ、パッとチャンスが来た時に結果を出せる状態を作れていると思います。 ◇感情に流されず、行動し続ける 逆に言うと、それしかできなかったというのも事実です。気持ち的には『これやっても無駄なのかな』『どうせ』という感情が出てきてしまいます。試合に出られない、ベンチに入れない、そういうことが続くと、『また準備しても』という気持ちになります。 でも、その感情でずっと行動していても現状が変わらないのは確実です。だからこそ今やれることをやるしかないと考えて、未来志向や数字で管理して、毎日を少しでも楽しいものにして、モチベーションを保っていくことがすごく大事だと思います。 そうやって準備しているからこそ、どこかで跳ね上がるというか、その準備していた時期が実りにつながる瞬間が来るんじゃないかと思います。 実際、僕は神戸での1年では成果を出せませんでした。でも八王子に来て、神戸でやっていたことが生きて、結果として今シーズンはキャリアで1番良いパフォーマンスを出せています。 どこで自分の準備が芽を出すかは分からない。でも歩みを止めてしまったり、『どうせ俺なんか』『やっても無駄だな』という気持ちでやっていたら、多分こういった結果にはならなかったと思います。どんな状況でも、目の前のやれることをやるということを心がけていくのが大事なんじゃないかと、個人的には思っています。 ◇これからも忘れない姿勢 今後も自分の中で、そういう自分を信じられない時期が来ると思います。なかなか現状が変わらない時期。また『どうせ』『やっても無駄かな』という気持ちになることも絶対あると思います。 その中で、過去のこういう経験を活かして、今やれることをやっていく。その姿勢だけはプロ選手をやっている限り忘れずに、頑張っていきたいと思っています。 Voicyはこちらから⏬ r.voicy.jp/5pVgnA0Q9DZ 1000人イベントチケット販売ページはこちらから⏬ livepocket.jp/e/fukiproject
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山本 楓己|プロバスケットボール選手
3ヶ月間のSNS目標を振り返って 1月の頭に、3ヶ月間のSNS目標を皆さんに共有させてもらいました。 早いもので、もう3月も終わり4月に入りましたね。 シーズンを戦っていると、本当に一瞬で時間が過ぎていきます。 この3ヶ月を通して、各SNSがどんな形になったのか、現状を共有させてもらおうと思います。 ◇そもそも、なぜSNS目標を立てたのか 大前提として、今の自分に必要なのは『認知を上げていくフェーズ』だと感じています。 僕は「日本一応援される選手」を目指していて、その中で14,000人をイベントに来てもらえるような、応援される人になっていきたいと考えています。 でも、自分のメインのInstagramアカウントは当時1.6万人ほどのフォロワー。 1.6万人では、14,000人の方にイベントに来てもらうのは正直厳しいですよね。 つまり、そもそもの認知度が足りないんです。 だからこそ、より多くの方にまず知ってもらう。 そして知ってもらった上で、応援してもらえるような発信も同時にしていく。 応援してもらえるような発信はXやVoicyといった、自分の生き方や考え方をより深く語れる場所なのかなと思っています。 ただ、認知という部分も、今のフェーズではすごく大事になってくると考えています。 目標を立ててやることで、僕自身のモチベーションにもなるし、応援してくれている皆さんにも、背景を知ってほしいし、現状どこまで行っているのか、そういう過程も共有していきたいと思い、1月に共有させてもらいました。 ◇3ヶ月の結果 4つの項目で目標を立てていました。 『Instagram fukiproject』メインアカウント 目標:1.5万人→1.8万人 結果:1.63万人 『Instagram coach_fuki』 目標:4.2万人→5万人 結果:4.92万人 『X』 目標:5,800人→6,000人 結果:5,918人 『TikTok』 目標:1.5万人→3万人 結果:1.8万人 結果、どれも達成することができませんでした。 悔しい反面、初めて目標を立ててやってみたので、どれくらい伸びるのかあまり計算せずに「このくらい行きたいな」という感覚だけで立ててしまった部分があって。 結構浅はかだったなというのが率直な感想です。 だからこそ、次の3ヶ月は、より解像度を上げていきたいと思っています。 ◇それぞれのアカウントを振り返って Instagramの『fukiproject』というアカウントのコンテンツは撮影する時間がなかなか取れなかったのが正直なところです。 どちらかというと、既存のフォローしてくれている方に向けた発信がメインになっていたので、数字の伸び的な部分では厳しかったなと。 現在はシーズン中で、もちろんバスケットを一番優先に考えているので、シーズンとの兼ね合いもあるのでここは難しかったなと感じています。 ただ、できる範囲で今後もやっていきたいし、シーズン中は既存でフォローしてくれている方に、より応援してもらえるような発信を心がけていきたいと思っています。 今後もこのアカウントは日本一応援される選手を目指す上で大切になってくると思うので、バスケ選手としてシーズンを戦いながら続けていける方法を来シーズンは見つけていきたいです。 Instagramの『coach_fuki』のアカウントは、一番伸び率も大きくて、5万人まであと800人くらいというところまで来ました。 すごく惜しかった。 ここはいい感じで伸びていたので良かったなと。 引き続き、いろんな方とのコラボという形で、僕がこれまで培ってきたバスケットの知識や経験を、多くの方に届けていきたいです。 またこちらのアカウントは認知を獲得していく上でもすごく良いのかなと思っているので、そういった形で1万4000人の応援者を作る手助けになってくれたら嬉しいなと思ってます。 こちらもここは引き続き頑張っていきたいと思っています。 『X』は、Voicyと合わせて平日は毎日配信してきました。 伸びた部分もある一方で、結構難しいなと感じているのが事実です。 Xは長文を投稿している中で、長文ってどちらかというと本当に応援してくれているコアなファンの方が見てくれるケースが多いと思います。 ただ、フォロワーを伸ばすならバズを狙う投稿や極端な話、炎上みたいなイメージもバズりやすそうですよね。 でも僕はそれをやりたいわけではなくて、Xは本当に応援してくれている、コアな方たちとつながれる媒体にしていきたいなと思います。 だから、じっくりやりつつも、着実に認知も同時に広げていけるようにやっていきたいなと思います。 『TikTok』は1.5万人から3万人という、結構無謀な目標にしてしまいました。 TikTokってすごく拡散性があるからいけるのかなと思ったけど、さすがにこれはちょっと難しかったです。 結局1.8万人、3,000人アップでした。 まあ、引き続きやっていったら、どこかでバーンと伸びるタイミングもあるのかなと思いつつ。 coach_fukiの内容も発信しているので、連携してやっていきたいなと思っています。 ◇これからも、気長に 伸びた部分もあれば、伸び悩んだ部分もありました。 とはいえ、頻繁に発信し始めたのは神戸を終えた後くらいなので、まだ1年も経っていない段階です。 その中で、coach_fukiなんて去年の5月からスタートして、一瞬で5万人近くのフォロワーの方がフォローしてくれて。 これってすごいことですよね、本当に。 だから、本当に気長にやっていきたいなと思います。 僕自身、SNS発信はすごく好きなので、引き続きいろいろ楽しみながらやっていけたらなと思っています。 あくまで僕のゴールは一つで、やっぱり「日本一応援される選手」を目指すということ。 14,000人の方にイベントに来てもらえるような、そういう人気のある人になっていくことが、すごく大事だと思っています。 そういった意味では、SNSというメディアは自分の中で外せないと思うし、そういったものを使って認知を広げたり、応援してくれる人を増やしていけるように、引き続き頑張っていきたいと思います。 ぜひ、こちらも応援よろしくお願いします。 Voicyはこちらから⏬ r.voicy.jp/pvmbqpj3KeA 1000人イベントチケット販売ページはこちらから⏬ livepocket.jp/e/fukiproject
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桜
@W7IqFUWqz27003·
息子に必ず伝えて行きます🔥🔥🔥 諦めないけど現実は受け入れる。そして勘違いでも良いから自分は出来ると前に進める人が成功や悔いのない結果を得られると私も今はそう思います。 いつも感謝してます。 今は息子のバスケが大好きを好きで居られる環境を作りながら一緒に楽しんでいますが必ずこの言葉が必要になるはず🔥🔥 感謝です🤩 #山本楓己 #山本楓己講演会
山本 楓己|プロバスケットボール選手@Fuuki89Fuuki

僕は現在プロバスケットボール選手として活動しています。 18年間ずっとプロになるという夢を追いかけてきた道のりの中で、 「周りと比べて苦しくなった時期」があります。 アスリートの世界はとくに、ライバルの存在が近く、 否応なしに比べてしまう場面が多いと思っています。 同じように悩んでいる方の何かプラスになればと思い、 自分の体験を綴ります。 まず結論を言うと、周りと比べて苦しくなった時期を乗り越える上で、 自分にとって大事だったのは二つです。 「現実を受け入れること」 と 「勘違いする力」 だと思っています。 ◇ 一番苦しかった時期 自分にとって一番しんどかったのは、大学3年〜4年にかけてでした。 3年生のときにプロを目指すことが「夢」から「目標」に変わり、 本格的に意識し始めた頃でした。 1つ上の先輩が特別指定でプロのチームに行くのを目の当たりにして、 ワクワクと焦りが同時に押し寄せてきました。 その一方で、1つ下のライバルのガードがいて、 どちらが正ガードを掴むか、という状況にもなっていました。 そして迎えた4年生の春、コロナが来ました。 ◇ コロナという壁 「この1年で結果を出してオファーをもらう」と決意していた矢先、 大会は1〜2回だけ。 練習試合を含めても年間20試合にも満たない、そんな1年でした。 アピールできないまま、後輩にメインガードのポジションを奪われ、 自分はスタメンに名前はあっても出場時間は5〜10分。 全国大会も1回戦敗退。 就職活動もしていないのに、プロからのオファーもない。 目を背けたくなるような現実が、そこにありました。 ◇ それでも続けられた理由① 「今を受け入れること」 どれだけ理想と現実がかけ離れていても、 受け入れることからしか始まらないというのが、自分が感じたリアルでした。 「プロを目指しているのに後輩にポジションを奪われている」 「就職活動もしていないのにオファーもない」 受け入れがたい現実でも、まずそこから目を背けないことを意識していました。 目を背けたまま動いても、何も変わらないと思っていたので。 ◇ それでも続けられた理由② 「勘違いする力」    現状を受け入れることは正直怖いし、かなり落ち込むこともあると思います。 そして、人が夢や目標を諦めてしまうのは、 自分自身を信じられなくなった瞬間だと思っています。 周りに何を言われても、 自分の中に「俺はやれる」というイメージが残っている限り、 人は案外諦めないと思っています。 だから自分がやっていたのは、 「勘違いでもいいから、自分を信じ込ませること」でした。 ただ、練習するだけでなく、自分を信じれる状態にしていく努力はかなりしていたのかなと思います。  具体的には、身長や能力が近いBリーグの選手を探して、 「この選手がプロでやれているなら、自分もやれる」と信じれるようにしていました。 また大学でエリートコースを歩まなくてもプロになっている選手はたくさんいて、 そういう存在を知るたびに「大学の結果が全てじゃない」と自分に言い聞かせていました。 ◇ おわりに 結局、大学4年時にプロからオファーはもらえず、 2年間の無所属を経験しています。 だから「大学時代に全部解決できた」とは言えません。 それでも、足を止めずにいられたのは、 「今の自分を受け入れること」と「勘違いする力」があったからだと思っています。 今すぐ乗り越えられるかどうかはわからなくていい。 でも、足を止めなければ、必ず前進する糸口は見えてくると自分は信じています。 同じように苦しんでいる方に、少しでも届けば嬉しいです。 Voicyはこちらから⏬ r.voicy.jp/5P9aJzLEVeQ 1000人イベントチケット販売ページはこちらから⏬ livepocket.jp/e/fukiproject

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オユワリー
オユワリー@oyuwary·
親子ペア席ゲットしました!息子はあなたの3Pの時のジャンプ真似してます😍 ラスト4試合前に言うのもアレだけど八王子に来てくれてありがとう😭プレイオフ出場信じてます。 あっ、1番言いたかった事ですが、AWCグッズの再販よろしくお願いします笑
山本 楓己|プロバスケットボール選手@Fuuki89Fuuki

応援される人になるという挑戦 僕は「日本一応援される選手になる」と決めてから、約半年ほどが経ちました。 その目標に向けて動く中で、応援してもらえる存在になることの難しさと向き合う場面が増えてきたように感じています。 ただプレーを頑張るだけでは届かない領域で、どうやって人に応援してもらえるのか。 そこを考え続けること自体が、一つの挑戦だと思っています。 ◇武道館14,000人という目標 自分の中での一つの大きな目標が「武道館を満員にすること」です。 約14,000人の方に応援される状態をつくる。そこを本気で目指しています。 そのために、去年は300人規模の講演会からスタートし、今年は1,000人規模のイベントに挑戦しています。 少しずつスケールを上げながら、14,000人に近づいていくイメージです。 ただ現実として、今の自分のままでは届かないという感覚も正直あります。 だからこそ「どうすれば届くのか」を、日々考え続けています。 ◇『認知』と『人気』は別物だと思う 今の自分の中での大きな課題は2つあります。 それが「認知」と「人気」です。 認知は「知っている状態」 一方で人気は「応援している状態」 この2つは似ているようで、全く別物だと感じています。 いくら知ってもらえても、応援したいと思ってもらえなければ、 14,000人の方に会場に来てもらうことは難しいと思っています。 だからこそ今は、SNS発信やバスケットを頑張る中で認知を広げながらも、 同時に「人気をどう作るか」に本気で向き合っているところです。 ◇人気は“直接の関わり”で生まれると思う では、どうやったら応援されるのか。 自分なりに考えたときに行き着いたのは、すごくシンプルでした。 「直接関わったときに、この人を応援したいと思ってもらえるかどうか」 ここに尽きるのではないかと思っています。 SNSで知ってもらうことは大事。 でも最終的に応援したいと思うかどうかは、 実際に関わった時、その瞬間の印象で決まることが多いと感じています。 試合会場でのファンの方との関わり、講演会、バスケットクリニック、 どんな場面であっても、その一つ一つが「応援したい」に変わる可能性がある。 逆に言えば、その瞬間に魅力がなければ、 どれだけSNSなどで知ってもらっていても応援には繋がらないとも思っています。 ◇目の前の一人を大切にできるか 今、1,000人規模のイベントに挑戦していますが、 正直に言えば「出した瞬間に即完売」という状態ではありません。 だからこそ感じるのは、 目の前の一人との関わりをどれだけ大切にできるか、ということです。 その一人が「応援したい」と思ってくれるかもしれないし、 その積み重ねが、いつか14,000人に繋がるのだと思っています。 遠くの大きな目標を見ながらも、 目の前の出会いをどれだけ大事にできるか。 そこに向き合い続けることが、 結果的に応援される人に近づく道だと考えています。 オフシーズンは色んな関わりの場を作りたいなと色々計画立てているので、そちらも楽しみにしていてください。 自分自身が「また会いたい」「応援したい」と思ってもらえる存在でいられるように、 一つ一つの関わりを大切に積み重ねていきたいと思います。 引き続き、1,000人イベントに向けても取り組んでいきますので、 応援していただけたら嬉しいです。 Voicyはこちらから⏬ r.voicy.jp/wOVLqzxqKe2 1000人イベントチケット販売ページはこちらから⏬ livepocket.jp/e/fukiproject

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densyadaisuki@
densyadaisuki@@KK_densha·
目標に向かっていく姿勢、着実に結果を出していく。本当に尊敬です
山本 楓己|プロバスケットボール選手@Fuuki89Fuuki

48試合を終えて。 B3は全52試合なので、シーズンも残り4試合となりました。 今回は3月とここまでの振り返りもしていきたいと思います。 ◇ 今シーズン、自分に課したこと 今年は自分の中でこんな目標を立てました。 ・52試合フル出場 ・平均25分以上のプレータイム ・得点10点 / アシスト4 / ターンオーバー2以下 / スティール2 現時点の数字は 48試合フル出場 / 平均25分35秒 / 10.1点 / アシスト3.0 / ターンオーバー1.5 / スティール1.1 出場・プレータイム・得点・ターンオーバーは目標をクリア。 アシストとスティールは、まだ届いていないという状況です。 正直に言えば、全部達成したかった。 でも同時に、「ここまでやれている自分」に対して、少しだけ手応えも感じています。 ◇ アシストについて 正直、シーズン前半はもっと数字が低かったです。 思うようにいかない時間も長かった。 でも、「中にアタックする回数を増やせば、自然とアシストの機会も生まれる」 そう信じて、この数ヶ月は意識的に取り組んできました。 3月に限っては平均4以上。 やっと少し、「やってきたことが繋がってきた」と思える瞬間が増えてきました。 簡単ではなかったけど、積み重ねは嘘をつかないなと感じています。 ◇ 得点について 実は、得点の目標は自分の中では「あくまで目標」という感覚でした。 八王子に来るまで、正直かなり自信を失っていたので、 1シーズン通して平均2桁を取るというのは、自分にとって本当に大きなチャレンジでした。 プレシーズンでは、B3相手に0点の試合もあった。 あの時は、「自分は本当に通用するのか」と何度も思いました。 でも今年は、「打つべき場面では打ち切る」と決めて、コートに立ち続けてきました。 その結果、先日の香川戦では ゲーム1で23点、ゲーム2で17点。2日で40点。 3ポイントも合わせて10本。 シーズン前の自分から考えたら、 少しは前に進めているのかなと思います。 点の取り方も、 ただもらって打つだけじゃなく、自分から切り込んでスペースを作る。 その中で打ち切れる場面が増えてきたのは、大きな収穫です。 ◇ 「なんとかする力」 今の自分にとって大事なテーマは、この「なんとかする力」です。 相手に流れがいきかけた時。 試合が拮抗した時。 その場面で流れを引き寄せられるか。 正直、まだまだ力不足を感じることが多いです。 これまでの自分は、 そういう大事な場面でコートに立つことがほとんどなかった。 だからこそ、いざその場面に立った時、 「ミスをしたくない」という気持ちが先に来てしまう。 でも、それでは何も変わらないと思っています。 リスクから逃げていたら、成長はできない。 チームにとってもプラスにはならない。 だからこそ今は、逃げずにやり切ることを選びたい。 金沢戦のゲーム2や、香川戦のゲーム1では、 しっかり流れを持ってこられた手応えもありました。 あの感覚を、たまたまじゃなく、 “当たり前”にできる選手になりたいと思っています。 ◇ 残り4試合へ 去年、神戸でかなり自信を失っていたことに、八王子に来てすぐ気づきました。 でも今シーズン、試合を重ねるごとに、 少しずつ自分を取り戻している感覚があります。 それが、今シーズン一番の収穫かもしれません。 チームはプレーオフのかかった大事な4試合。 とにかく今はチームとして勝ちたい。だからこそ、この成長できた部分も活かして勝利に貢献したい。 強い気持ちを持って、やり切ります。 引き続き、応援よろしくお願いします。 Voicyはこちらから⏬ r.voicy.jp/4p9q3qdQKlb 1000人イベントチケット販売ページはこちらから⏬ livepocket.jp/e/fukiproject

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