渡邉 操

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@sakedara

Katılım Ocak 2015
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江戸時代(1603~1868年)の日本は、まさに「小氷期(Little Ice Age)」の最中で、特に17世紀後半~19世紀初頭にかけては異常な寒冷期が続きました。気象記録(『日本災異志』や諸大名の日記など)を見ると、享保の大飢饉(1732~33年)の前後や天明の大飢饉(1782~88年)の頃は、夏でも雪が降ったり、米が実らないほどの冷夏が頻発しています。 そんな極寒の江戸で、人々はどんな寒さ対策をしていたのか、当時の資料から具体的に挙げてみます。 1. 衣服の重ね着と素材の工夫 • 「三枚重ね」が基本:綿入りの胴着(どてら)+袷(あわせ)+羽織が標準装備。 • 高級な人は「絹綿」(絹と綿の混紡)や「木綿綿」を何枚も重ね着。貧乏人は藁や古着を詰めた「わらじき」を着た。 • 足元は「足袋+草履+雪駄」ではなく、冬は「足袋+地下足袋+わらじ」や「毛皮の沓(くつ)」を履く人も。 • 首元は「襟巻き(えりまき)」+「手甲(てっこう)」+「脚絆(きゃはん)」で隙間風を完全にシャットアウト。 2. 暖房器具の進化 • 囲炉裏・火鉢:家の中では一番の暖源。ただし煙がすごいので、江戸中期以降は「長火鉢(ながひばち)」が大流行。炭を深く埋めて長時間燃焼。 • 行火(あんか):金属製の行火に炭を入れて、布団の中に入れる。夜中まで暖かい。 • 湯たんぽの原型:「湯灌(ゆたん)」や「石湯たんぽ」。熱した石や陶器にお湯を入れて抱えて寝た。 • 懐炉(かいろ):江戸後期には携帯用の小さな金属製懐炉が登場。弁柄(ベンガラ)で熱を長持ちさせる技術も。 3. 家屋の寒さ対策 • 二重窓はほとんどなかったが、「障子+雨戸+襖」で三重構造に。 • 風除室(玄関の土間部分)を広く取り、風が直接入らないように。 • 天井を低くして暖気を逃がさない「江戸長屋」の構造自体が寒さ対策になっていた。 • 裕福な武家屋敷では「床下に炭火を置く」暖房(朝鮮式オンドルに似たもの)も稀にあった。 4. 食による内側からの暖 • 冬の定番:「お汁粉」「ぜんざい」「甘酒」「焼き芋」「田楽」「関東煮(おでん)」 • 生姜を大量に使う料理が増えた(生姜湯、生姜ご飯など) • 酒は「熱燗」が当たり前。燗銅壺(かんどろ)で一気に温める文化が定着。 5. 特に厳しい年(例:天明の大寒波)の記録 1783~84年の冬は異常寒波で、江戸でも隅田川が完全に凍結。 • 人々は「氷渡り」をして隅田川を歩いて渡った記録が残っている。 • 死人が多すぎて「寒死人」と呼ばれ、幕府が臨時の炊き出しや薪の配布を行った。 • この頃に「行火の爆発事故」が多発し、火傷で死ぬ人も続出(炭の管理が難しかった)。 6. 江戸っ子の「寒さ自慢」 「寒い寒いと言う奴は江戸っ子じゃない」という言葉まで生まれ、寒さに耐えることが一種の美徳とされたのも面白いところです。 要するに、現代のように暖房完備ではない中で、江戸の人々は 「重ね着+火鉢+行火+生姜+熱燗」 という組み合わせで、驚くほど合理的に寒さを乗り切っていたのです。 小氷期の江戸は、今の東北並みかそれ以下の気温だったと言われますが、それでも文化・経済が花開いたのは、こうした生活の知恵の賜物だったと言えるでしょう。
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