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10年以上使ったアカウント(@sp_issa)がロック解除出来なくなり、出直しのアカウントです。 青山繁晴参議院議員・自衛隊応援📣 自由民主党党員。 グルメ好き・祭り好きのマイルド右翼🇯🇵

愛媛 今治市 Katılım Nisan 2025
466 Takip Edilen304 Takipçiler
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福田 世一@小倉台福田医院
2026.3.29 中川昭一氏の元秘書 諸井真英 薬を中川昭一氏に渡したのは越前谷知子 読売新聞記者。 自宅の前で中川昭一氏に最初にマイクを向けたのは原聡子日テレ記者 奥様が実名でSNSに投稿してる。 読売は記者会見を開いて説明を youtu.be/XOS5rrs86uE
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福田 世一@小倉台福田医院@fseiichizb4

中川昭一氏の妻である中川郁子さんが先ほど衝撃的な投稿 メディアは黙殺するので拡散します facebook.com/yuko.nakagawa.…

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B-2 スピリット爆撃機🔸
『同級生を売った男の出世録』 中川昭一と麻布高校の同級生 酩酊会見前のランチを仕切った張本人 大臣の異常を見ながら止めずに会見に送り出した男 「玉木林太郎」 処分→なし 責任追及→なし その後→財務官→OECD事務次長(6年間の栄転) 同級生が辞任→落選→死亡していく横で 処分ゼロのまま国際機関No.2に着任 同級生の葬式で言ったセリフが 「中川大臣はしっかりしておられました」 これを「褒賞人事」と呼ばずして何と呼ぶ
B-2 スピリット爆撃機🔸 tweet media
B-2 スピリット爆撃機🔸@zetu_rrr

中川郁子さんの証言 これが事実なら国会に呼べよ 玉木林太郎も原聡子も越前谷知子も

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KAZ
KAZ@KAZintiraymiADK·
この人、危機感を煽るけど、具体的な対策の提案はせずに、実務は自民党と政府に丸投げなんだよね。 それらしい正論を高々とあげるだけで何もしない。 今回はどんな煽りと俺やった感を演出してくれるのか楽しみです。 実際に現実的に動いてくれている、自民党や政府、またはその関係者には感謝です。
玉木雄一郎(国民民主党)@tamakiyuichiro

NHK日曜討論でも議論になっていますが、ナフサが届かないと多くの分野に影響を与えます。透析関連をはじめ医療資材不足は特に心配。 「最初にひっ迫するのは透析関連の医療資材だ。優先配分が入っても在庫の薄さは変わらない。次に深刻化するのは食品包装と中小トラック事業者の資金繰りだ。」

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日本兵
日本兵@nihon_hei·
ちびける
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日本兵
日本兵@nihon_hei·
ソメイヨシノ
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日本兵
日本兵@nihon_hei·
福岡縣護國神社
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日本兵
日本兵@nihon_hei·
廣田さん、おはようございます。
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伊藤昌志【政治家】
本日、中川昭一元財務大臣の奥様が投稿された記事を転載させていただきます。 記事がなくならないように国民みんなで守りましょう。 そして、今生きている私たち大人が語り続けましょう。 ↓ ↓ ↓ 夫は、帰国して成田空港を出て、わたしと電話で話をするまで、ローマの記者会見について、日本のテレビやネットで大炎上していたことを知らなかった… 同行していた財務省の方々が、なぜ、夫に伝えなかったのか。 今でも疑問に思います。 〜〜〜〜 2009年2月13日、ローマでのG7会合の合間を縫って 夫は、日本の財務金融担当大臣として、IMFのストロスカーン専務理事と調印式を行いました。 リーマンショック後の金融危機に対応するため日本からI MFに1000億ドルの融資を実施するという合意文書に調印したのです。 日本がIMFの資金基盤を強化し、新興国を含む世界経済の安定に貢献するための重要な金融支援でした。 日本が世界的な金融危機に大きな貢献をし、その危機管理能力を高く評価されるものと、夫も、麻生太郎総理大臣も確信していたのでした。 夫は、成田空港到着後、財務省の公用車に乗りこむと直ぐに、わたしに電話をかけ、 「日本のテレビはどうだった?ずいぶん褒めていただろう?」 と聞きました。 日本では、IMFとの調印式について全く報道されないどころか、 朝から「酩酊会見、日本の恥だ!」 テレビもネットも大騒ぎだったのです。 スマホ、タブレットもSNSもない時代です。 本人は、役所の方々から聞かされなければ何も知ることは出来ません。 ローマには、篠原尚之財務官も玉木林太郎国際局長やその他の幹部職員も、財務省側の秘書官などたくさんの方々が同行していました。 成田空港には、大臣出張を出迎えるほかの幹部もいたはずです。 成田空港到着は午後3時過ぎ、わたしがテレビで見たのは午前9時。息子がインターネットで大騒ぎになっていることをわたしに知らせてくれたのはそれより前です。 なぜ、夫には情報は伝わっていなかったのか? わたしは、夫の問いに 「なにも知らないのですか?その車に乗っている秘書官にすべて聞いて下さい!」 と答えるのが、やっとでした。 翌朝、山本高史秘書(中川事務所)が泣きながら、わたしの家に来ました。 IMF調印式のあと「今日の会見はなくなりました」と財務省側の事務秘書官から言われたので、財務大臣会合で各国の大臣からいただいたお土産などを、パッキングするために自分の部屋に 戻ったのだそうです。 しかし、その後、 「会見が始まります」と言って誰かが連れ出したのだ、 と説明をしました。 後日、夫を連れ出したのは、玉木林太郎国際局長だったことがわかります。 山本秘書が部屋に戻ったのを確認すると、玉木林太郎国際局長は、まず、夫をランチに誘いました。 オフィシャルなランチ会合は既に終わっていましたが、内輪でやり直そう、と玉木林太郎さんがセッティングしました。 そこには、読売新聞の越前谷知子記者、日本テレビ原聡子記者がいました。 越前谷さんは、玉木林太郎さんとは特段の仲らしく、わたしは面識はありません。 一方、原聡子記者は、夫の好きな「笑点」の公開録画に誘うなどずいぶん近づいていましたが、日本テレビ社内的には担当外でした。 夫も、玉木林太郎さんから「記者会見はなくなりました」と聞いたそうです。 このとき、夫は、越前谷さんから、「記者会見がなくなったのなら、この薬を飲んで食事のあと、ゆっくり休んだら?」と言われて、渡された薬を飲みワインを一口だけ飲んだのだそうです。 夫は、ワイン好きでしたが、海外出張のときは飲まないようにしていました。 この直後、越前谷知子記者は、「おもしろいことが起こるわよ」と、複数の人に伝えていたそうです。 事件後、越前谷記者は、アメリカ勤務になり日本からは姿を消しています。 原聡子記者は、誰より先にわたしたちの自宅前に到着して夫の帰宅時にマイクを向けていました。 その後、日本テレビの花形情報番組の「バンキシャ!」のキャスターに抜擢されています。 話は戻ります。 ランチのあと、部屋に戻り休んでいる夫を、玉木林太郎さんが 「記者会見は、やはりやることになったので」と言って迎えに来たのです。 夫の死後、葬儀が終わったあとになってやっと現れた玉木林太郎さんは 「ホテルの部屋にお迎えに行ったとき、中川昭一大臣は酩酊状態ではなく、しっかりとしておられました。これによって中川大臣の名誉は保たれます。」 と言われました。 わたしからは 「財務省の名誉が保たれる、の間違いではないですか?」 とお応えしました。 玉木林太郎さんは、麻布高校の同級生でしたが、在学中も卒業後も全くお付き合いはありませんでした。 夫が玉木さんを認識したのは、玉木さんが在アメリカ合衆国日本大使館経済公使になられた頃です。 ワシントンで、別の経済公使から紹介されました。 →
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夏樹蒼依
夏樹蒼依@hokkori_nekko·
新聞記者 「クマとの共存に向けて…」🎤 7年間猟銃を奪われながら 命がけでヒグマと戦い続けた 77歳のハンターに向かって 「共存」って聞いたの???😨😨😨 池上さんの答えが全てだった👇 「あなた、クマと共存できないよ」 「生きたまま食われるんだよ」 「腹から食われるんだよ」 ヒグマは立ったら天井に届く🐻 戦って助かる人はほとんどいない 食った後は土に埋めて、また食いに来る ロイターもCNNも取材に来て 世界中が笑ってるヒグマ行政なのに🌍 記者会見の場で「共存に向けて」って…😇 現場を知らない人間が いちばん安全な場所から いちばん無責任な言葉を投げる この構図、何回見せられるんだろう😮‍💨
mizarou(ミザロー) 元大手パチンコ企業部門長元FCオーナー今はフリーランスSE兼サラリーマン@code_economy

朝日新聞記者「共存は考えてないんスか?w」 池上治男さん「は?共存?頭大丈夫?wwだったらあんたが共存してみろよwww」 朝日新聞記者さん、会見の場でアタオカ質問を展開しまくってしまう☺️ クマハンター 猟銃取り戻すため、法廷で闘ったハンター ヒグマ駆除 男性が最高裁で逆転勝訴 猟銃返還

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mizarou(ミザロー) 元大手パチンコ企業部門長元FCオーナー今はフリーランスSE兼サラリーマン
朝日新聞記者「共存は考えてないんスか?w」 池上治男さん「は?共存?頭大丈夫?wwだったらあんたが共存してみろよwww」 朝日新聞記者さん、会見の場でアタオカ質問を展開しまくってしまう☺️ クマハンター 猟銃取り戻すため、法廷で闘ったハンター ヒグマ駆除 男性が最高裁で逆転勝訴 猟銃返還
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言霊
言霊@edmsedms3·
玉木雄一郎「永田町にいると殺伐とする」 土日審議拒否して,地元に帰って支持者と桜見て一杯か。次の選挙のために,審議拒否して後援者にゴマスリの週末。 高市首相や政府自民党関係者,官僚の皆様は必死に働いているのに。 *香川県綾川町西分地区にある「堀池のしだれ桜」
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自処超然
自処超然@koji7041·
国民生活にとって大切な予算案を弄ぶ愚劣で浅薄な政党 初めから暫定予算に持っていくつもりなのに、年度内成立をチラつかせ自党アピールに利用しただけ
大阪泉州桐箪笥イワモトマナブ@OsakaKiriManabu

予算が年度を少しはみ出たのは… 言ってみるなら、参議院の #自民党 さんが判断したこと。 まさに良識の府の役割を果たしたから。 期待してもらえるのはありがたいが #国民民主党 にその力はまだありません。

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防衛省・自衛隊
防衛省・自衛隊@ModJapan_jp·
3月28日、小泉防衛大臣は、日米硫黄島戦没者合同慰霊追悼顕彰式に参列し、戦没者への追悼のことばを述べました。 硫黄島戦没者の御霊の安らかならんことを心よりお祈り申し上げます。 👇「追悼のことば」全文はこちら youtu.be/RKrLezs69GY?si…
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Mr.ハーロック
Mr.ハーロック@LEE66738906·
自民党の故・中川昭一さんの酩酊会見について、妻である中川郁子さんが衝撃的な投稿。やはりというか改めてひどい話だ。薬を飲ませた読売記者も財務省高官もみんなグルになり中川さんを陥れた。こんな実態を見せられたら、日本の政治家はやりたいことを何もできるわけがない。
Mr.ハーロック tweet media
清水ひろあき@北九州市@shimihiro_kitaq

国士、中川昭一氏の妻である中川郁子さんが先ほど衝撃的な投稿をしています。 捏造された酩酊会見の裏側。財務省と読売新聞に嵌められて薬を飲まされた経緯。 「俺はアメリカから殺される」 「子供達を頼む」 以下、投稿を転載します。 夫は、帰国して成田空港を出て、わたしと電話で話をするまで、ローマの記者会見について、日本のテレビやネットで大炎上していたことを知らなかった… 同行していた財務省の方々が、なぜ、夫に伝えなかったのか。 今でも疑問に思います。 〜〜〜〜 2009年2月13日、ローマでのG7会合の合間を縫って 夫は、日本の財務金融担当大臣として、IMFのストロスカーン専務理事と調印式を行いました。 リーマンショック後の金融危機に対応するため日本からI MFに1000億ドルの融資を実施するという合意文書に調印したのです。 日本がIMFの資金基盤を強化し、新興国を含む世界経済の安定に貢献するための重要な金融支援でした。 日本が世界的な金融危機に大きな貢献をし、その危機管理能力を高く評価されるものと、夫も、麻生太郎総理大臣も確信していたのでした。 夫は、成田空港到着後、財務省の公用車に乗りこむと直ぐに、わたしに電話をかけ、 「日本のテレビはどうだった?ずいぶん褒めていただろう?」 と聞きました。 日本では、IMFとの調印式について全く報道されないどころか、 朝から「酩酊会見、日本の恥だ!」 テレビもネットも大騒ぎだったのです。 スマホ、タブレットもSNSもない時代です。 本人は、役所の方々から聞かされなければ何も知ることは出来ません。 ローマには、篠原尚之財務官も玉木林太郎国際局長やその他の幹部職員も、財務省側の秘書官などたくさんの方々が同行していました。 成田空港には、大臣出張を出迎えるほかの幹部もいたはずです。 成田空港到着は午後3時過ぎ、わたしがテレビで見たのは午前9時。息子がインターネットで大騒ぎになっていることをわたしに知らせてくれたのはそれより前です。 なぜ、夫には情報は伝わっていなかったのか? わたしは、夫の問いに 「なにも知らないのですか?その車に乗っている秘書官にすべて聞いて下さい!」 と答えるのが、やっとでした。 翌朝、山本高史秘書(中川事務所)が泣きながら、わたしの家に来ました。 IMF調印式のあと「今日の会見はなくなりました」と財務省側の事務秘書官から言われたので、財務大臣会合で各国の大臣からいただいたお土産などを、パッキングするために自分の部屋に 戻ったのだそうです。 しかし、その後、 「会見が始まります」と言って誰かが連れ出したのだ、 と説明をしました。 後日、夫を連れ出したのは、玉木林太郎国際局長だったことがわかります。 山本秘書が部屋に戻ったのを確認すると、玉木林太郎国際局長は、まず、夫をランチに誘いました。 オフィシャルなランチ会合は既に終わっていましたが、内輪でやり直そう、と玉木林太郎さんがセッティングしました。 そこには、読売新聞の越前谷知子記者、日本テレビ原聡子記者がいました。 越前谷さんは、玉木林太郎さんとは特段の仲らしく、わたしは面識はありません。 一方、原聡子記者は、夫の好きな「笑点」の公開録画に誘うなどずいぶん近づいていましたが、日本テレビ社内的には担当外でした。 夫も、玉木林太郎さんから「記者会見はなくなりました」と聞いたそうです。 このとき、夫は、越前谷さんから、「記者会見がなくなったのなら、この薬を飲んで食事のあと、ゆっくり休んだら?」と言われて、渡された薬を飲みワインを一口だけ飲んだのだそうです。 夫は、ワイン好きでしたが、海外出張のときは飲まないようにしていました。 この直後、越前谷知子記者は、「おもしろいことが起こるわよ」と、複数の人に伝えていたそうです。 事件後、越前谷記者は、アメリカ勤務になり日本からは姿を消しています。 原聡子記者は、誰より先にわたしたちの自宅前に到着して夫の帰宅時にマイクを向けていました。 その後、日本テレビの花形情報番組の「バンキシャ!」のキャスターに抜擢されています。 話は戻ります。 ランチのあと、部屋に戻り休んでいる夫を、玉木林太郎さんが 「記者会見は、やはりやることになったので」と言って迎えに来たのです。 夫の死後、葬儀が終わったあとになってやっと現れた玉木林太郎さんは 「ホテルの部屋にお迎えに行ったとき、中川昭一大臣は酩酊状態ではなく、しっかりとしておられました。これによって中川大臣の名誉は保たれます。」 と言われました。 わたしからは 「財務省の名誉が保たれる、の間違いではないですか?」 とお応えしました。 玉木林太郎さんは、麻布高校の同級生でしたが、在学中も卒業後も全くお付き合いはありませんでした。 夫が玉木さんを認識したのは、玉木さんが在アメリカ合衆国日本大使館経済公使になられた頃です。 リプ欄に続く↓

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髙安カミユ(ミジンコまさ)
硫黄島での戦いに従軍した元米兵が、「摺鉢山に登りたい」と言った。足場も悪く階段もある島、外務省担当者は難しいと言った。しかし進次郎は奮闘した。彼のにとって最後のチャンスとなるかもしれないからだ。進次郎の強い意思に外務省も動いた。歴史上の出来事を追求するよりも、今は奇跡の日米同盟強化にこそ意義がある。摺鉢山からの空は澄み渡っていた。進次郎、お疲れ様。
髙安カミユ(ミジンコまさ) tweet media
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Victoria Cat
Victoria Cat@Vittori97893403·
ムカつくわ‼️ 自分も母親のくせに、 中川さんの息子・娘さんからお父さんを奪いやがって‼️ 財務省のくそども、許さん‼️
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清水ひろあき@北九州市@shimihiro_kitaq

国士、中川昭一氏の妻である中川郁子さんが先ほど衝撃的な投稿をしています。 捏造された酩酊会見の裏側。財務省と読売新聞に嵌められて薬を飲まされた経緯。 「俺はアメリカから殺される」 「子供達を頼む」 以下、投稿を転載します。 夫は、帰国して成田空港を出て、わたしと電話で話をするまで、ローマの記者会見について、日本のテレビやネットで大炎上していたことを知らなかった… 同行していた財務省の方々が、なぜ、夫に伝えなかったのか。 今でも疑問に思います。 〜〜〜〜 2009年2月13日、ローマでのG7会合の合間を縫って 夫は、日本の財務金融担当大臣として、IMFのストロスカーン専務理事と調印式を行いました。 リーマンショック後の金融危機に対応するため日本からI MFに1000億ドルの融資を実施するという合意文書に調印したのです。 日本がIMFの資金基盤を強化し、新興国を含む世界経済の安定に貢献するための重要な金融支援でした。 日本が世界的な金融危機に大きな貢献をし、その危機管理能力を高く評価されるものと、夫も、麻生太郎総理大臣も確信していたのでした。 夫は、成田空港到着後、財務省の公用車に乗りこむと直ぐに、わたしに電話をかけ、 「日本のテレビはどうだった?ずいぶん褒めていただろう?」 と聞きました。 日本では、IMFとの調印式について全く報道されないどころか、 朝から「酩酊会見、日本の恥だ!」 テレビもネットも大騒ぎだったのです。 スマホ、タブレットもSNSもない時代です。 本人は、役所の方々から聞かされなければ何も知ることは出来ません。 ローマには、篠原尚之財務官も玉木林太郎国際局長やその他の幹部職員も、財務省側の秘書官などたくさんの方々が同行していました。 成田空港には、大臣出張を出迎えるほかの幹部もいたはずです。 成田空港到着は午後3時過ぎ、わたしがテレビで見たのは午前9時。息子がインターネットで大騒ぎになっていることをわたしに知らせてくれたのはそれより前です。 なぜ、夫には情報は伝わっていなかったのか? わたしは、夫の問いに 「なにも知らないのですか?その車に乗っている秘書官にすべて聞いて下さい!」 と答えるのが、やっとでした。 翌朝、山本高史秘書(中川事務所)が泣きながら、わたしの家に来ました。 IMF調印式のあと「今日の会見はなくなりました」と財務省側の事務秘書官から言われたので、財務大臣会合で各国の大臣からいただいたお土産などを、パッキングするために自分の部屋に 戻ったのだそうです。 しかし、その後、 「会見が始まります」と言って誰かが連れ出したのだ、 と説明をしました。 後日、夫を連れ出したのは、玉木林太郎国際局長だったことがわかります。 山本秘書が部屋に戻ったのを確認すると、玉木林太郎国際局長は、まず、夫をランチに誘いました。 オフィシャルなランチ会合は既に終わっていましたが、内輪でやり直そう、と玉木林太郎さんがセッティングしました。 そこには、読売新聞の越前谷知子記者、日本テレビ原聡子記者がいました。 越前谷さんは、玉木林太郎さんとは特段の仲らしく、わたしは面識はありません。 一方、原聡子記者は、夫の好きな「笑点」の公開録画に誘うなどずいぶん近づいていましたが、日本テレビ社内的には担当外でした。 夫も、玉木林太郎さんから「記者会見はなくなりました」と聞いたそうです。 このとき、夫は、越前谷さんから、「記者会見がなくなったのなら、この薬を飲んで食事のあと、ゆっくり休んだら?」と言われて、渡された薬を飲みワインを一口だけ飲んだのだそうです。 夫は、ワイン好きでしたが、海外出張のときは飲まないようにしていました。 この直後、越前谷知子記者は、「おもしろいことが起こるわよ」と、複数の人に伝えていたそうです。 事件後、越前谷記者は、アメリカ勤務になり日本からは姿を消しています。 原聡子記者は、誰より先にわたしたちの自宅前に到着して夫の帰宅時にマイクを向けていました。 その後、日本テレビの花形情報番組の「バンキシャ!」のキャスターに抜擢されています。 話は戻ります。 ランチのあと、部屋に戻り休んでいる夫を、玉木林太郎さんが 「記者会見は、やはりやることになったので」と言って迎えに来たのです。 夫の死後、葬儀が終わったあとになってやっと現れた玉木林太郎さんは 「ホテルの部屋にお迎えに行ったとき、中川昭一大臣は酩酊状態ではなく、しっかりとしておられました。これによって中川大臣の名誉は保たれます。」 と言われました。 わたしからは 「財務省の名誉が保たれる、の間違いではないですか?」 とお応えしました。 玉木林太郎さんは、麻布高校の同級生でしたが、在学中も卒業後も全くお付き合いはありませんでした。 夫が玉木さんを認識したのは、玉木さんが在アメリカ合衆国日本大使館経済公使になられた頃です。 リプ欄に続く↓

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Lico零号機🇯🇵
中川郁子さん、決死の告白 やはり、こいつらだった 篠原尚之  財務省 玉木林太郎 財務省 原聡子   日テレ 越前知子  読売新聞 陰謀論じゃなかった 真実だった
Lico零号機🇯🇵 tweet media
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デューク🇯🇵
デューク🇯🇵@6LEjH8DcDxuhN1s·
中川昭一先生の死の真相に迫っている。前から言われていたことではあるが。 中川昭一先生は日本の為に本当の本当に必要な政治家でした。その国を思う心は、私が尊敬する安倍総理よりも上かもしれない。安倍総理も「私が官房長官、中川さんが総理」と仰っていたとも聞く。 二人の死に裏が無い筈は無い。
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高橋洋一(嘉悦大)@YoichiTakahashi

中川 郁子さんの投稿 夫は、帰国して成田空港を出て、わたしと電話で話をするまで、ローマの記者会見について、日本のテレビやネットで大炎上していたことを知らなかった… 同行していた財務省の方々が、なぜ、夫に伝えなかったのか。 今でも疑問に思います。 〜〜〜〜 2009年2月13日、ローマでのG7会合の合間を縫って 夫は、日本の財務金融担当大臣として、IMFのストロスカーン専務理事と調印式を行いました。 リーマンショック後の金融危機に対応するため日本からI MFに1000億ドルの融資を実施するという合意文書に調印したのです。 日本がIMFの資金基盤を強化し、新興国を含む世界経済の安定に貢献するための重要な金融支援でした。 日本が世界的な金融危機に大きな貢献をし、その危機管理能力を高く評価されるものと、夫も、麻生太郎総理大臣も確信していたのでした。 夫は、成田空港到着後、財務省の公用車に乗りこむと直ぐに、わたしに電話をかけ、 「日本のテレビはどうだった?ずいぶん褒めていただろう?」 と聞きました。 日本では、IMFとの調印式について全く報道されないどころか、 朝から「酩酊会見、日本の恥だ!」 テレビもネットも大騒ぎだったのです。 スマホ、タブレットもSNSもない時代です。 本人は、役所の方々から聞かされなければ何も知ることは出来ません。 ローマには、篠原尚之財務官も玉木林太郎国際局長やその他の幹部職員も、財務省側の秘書官などたくさんの方々が同行していました。 成田空港には、大臣出張を出迎えるほかの幹部もいたはずです。 成田空港到着は午後3時過ぎ、わたしがテレビで見たのは午前9時。息子がインターネットで大騒ぎになっていることをわたしに知らせてくれたのはそれより前です。 なぜ、夫には情報は伝わっていなかったのか? わたしは、夫の問いに 「なにも知らないのですか?その車に乗っている秘書官にすべて聞いて下さい!」 と答えるのが、やっとでした。 翌朝、山本高史秘書(中川事務所)が泣きながら、わたしの家に来ました。 IMF調印式のあと「今日の会見はなくなりました」と財務省側の事務秘書官から言われたので、財務大臣会合で各国の大臣からいただいたお土産などを、パッキングするために自分の部屋に 戻ったのだそうです。 しかし、その後、 「会見が始まります」と言って誰かが連れ出したのだ、 と説明をしました。 後日、夫を連れ出したのは、玉木林太郎国際局長だったことがわかります。 山本秘書が部屋に戻ったのを確認すると、玉木林太郎国際局長は、まず、夫をランチに誘いました。 オフィシャルなランチ会合は既に終わっていましたが、内輪でやり直そう、と玉木林太郎さんがセッティングしました。 そこには、読売新聞の越前谷知子記者、日本テレビ原聡子記者がいました。 越前谷さんは、玉木林太郎さんとは特段の仲らしく、わたしは面識はありません。 一方、原聡子記者は、夫の好きな「笑点」の公開録画に誘うなどずいぶん近づいていましたが、日本テレビ社内的には担当外でした。 夫も、玉木林太郎さんから「記者会見はなくなりました」と聞いたそうです。 このとき、夫は、越前谷さんから、「記者会見がなくなったのなら、この薬を飲んで食事のあと、ゆっくり休んだら?」と言われて、渡された薬を飲みワインを一口だけ飲んだのだそうです。 夫は、ワイン好きでしたが、海外出張のときは飲まないようにしていました。 この直後、越前谷知子記者は、「おもしろいことが起こるわよ」と、複数の人に伝えていたそうです。 事件後、越前谷記者は、アメリカ勤務になり日本からは姿を消しています。 原聡子記者は、誰より先にわたしたちの自宅前に到着して夫の帰宅時にマイクを向けていました。 その後、日本テレビの花形情報番組の「バンキシャ!」のキャスターに抜擢されています。 話は戻ります。 ランチのあと、部屋に戻り休んでいる夫を、玉木林太郎さんが 「記者会見は、やはりやることになったので」と言って迎えに来たのです。 夫の死後、葬儀が終わったあとになってやっと現れた玉木林太郎さんは 「ホテルの部屋にお迎えに行ったとき、中川昭一大臣は酩酊状態ではなく、しっかりとしておられました。これによって中川大臣の名誉は保たれます。」 と言われました。 わたしからは 「財務省の名誉が保たれる、の間違いではないですか?」 とお応えしました。 玉木林太郎さんは、麻布高校の同級生でしたが、在学中も卒業後も全くお付き合いはありませんでした。 夫が玉木さんを認識したのは、玉木さんが在アメリカ合衆国日本大使館経済公使になられた頃です。 ワシントンで、別の経済公使から紹介されました。 夫が財務大臣に就任してから、玉木林太郎さんも国際局長へとジャンプアップし、なにかにつけて相談しているようで、いちばん近くにいた印象があります。 帰国後、予算委員会での審議の2日目の夜、自民党から慶應病院に入院するように促され、テレビのテロップで「財務大臣更迭」を知らされました。 「病室ではテレビを見ないでね」と、 高校生だった息子が、TSUTAYAで夫が大好きな映画をたくさん借りて来ました。 数ヶ月後、会見を見たのか恐る恐る尋ねると、 「見た、信じられなかった…」 そのときの夫の顔を忘れることができません。 わたしは、その後、何度も「記者会見」を見ましたが、ろれつがまわっていない夫の両脇には、篠原尚之財務官と白川日銀総裁が、何も言わず、表情をひとつ変えずに座っていたこと、テーブルにはワインが置かれていたことは、極めて不自然に思いましたし、今でも不思議でなりません。 玉木林太郎さんは、その後、財務官に昇格し、夫の死後は、 OECD事務次長へと異例の出世をして行きます。 夫に玉木林太郎さんを紹介した方もその後、民主党政権で外務事務次官に昇格しましたが、自民党に政権が戻ると、安倍総理から事実上の更迭、僅か9ヶ月で退任することになります。 安倍総理は、何かを知っていたのかも知れません。 〜〜〜〜 「自分は、アメリカから殺される」 「こどもたちを頼む」 夫が繰り返し、わたしにそう話すようになったのは、亡くなる10年ほど前からだったと、思います。

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『会見は「なくなった」はずだった』 中川昭一の妻・郁子氏がついに沈黙を破った 今日Facebookで酩酊会見の裏側を詳細に証言してるんだけど内容がえぐい まず前日に中川氏はIMFに1000億ドルの融資を正式署名してる IMF専務理事が「人類史上最大の貢献」と称えた歴史的合意 で翌日 財務省側から「今日の記者会見はなくなりました」と伝達 秘書が荷物を片付けに部屋に戻った 秘書がいなくなった直後 玉木林太郎国際局長が非公式ランチをセッティング そこに読売の越前谷知子記者と日テレの原聡子記者がいた 越前谷記者「会見なくなったならこの薬飲んでゆっくり休んだら?」 中川氏は渡された薬を飲みワインを一口だけ飲んだ 海外出張中は飲まないようにしていた人が その直後 越前谷記者は周囲に「おもしろいことが起こるわよ」と伝えていた そして玉木が部屋に来る 「記者会見はやはりやることになったので」 あの朦朧会見が始まった 帰国後の中川氏は成田から妻に電話 「日本のテレビはどうだった?ずいぶん褒めていただろう?」 自分が潰されたことすら知らなかった 同行した財務省幹部は誰も教えなかった その後 玉木→財務官→OECD事務次長 篠原→IMF副専務理事 越前谷→アメリカ勤務(読売社内で箝口令) 原→バンキシャ!キャスターに抜擢 全員出世 中川昭一→辞任→落選→8ヶ月後に死亡 死因不詳 葬儀後にやっと現れた玉木のセリフが凄い 「中川大臣は酩酊状態ではなくしっかりしておられました これによって中川大臣の名誉は保たれます」 郁子夫人の返し 「財務省の名誉が保たれる の間違いではないですか?」 17年かかってようやく出てきた証言! これ黙って見てていい話じゃない!!
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高橋洋一(嘉悦大)
高橋洋一(嘉悦大)@YoichiTakahashi·
中川 郁子さんの投稿 夫は、帰国して成田空港を出て、わたしと電話で話をするまで、ローマの記者会見について、日本のテレビやネットで大炎上していたことを知らなかった… 同行していた財務省の方々が、なぜ、夫に伝えなかったのか。 今でも疑問に思います。 〜〜〜〜 2009年2月13日、ローマでのG7会合の合間を縫って 夫は、日本の財務金融担当大臣として、IMFのストロスカーン専務理事と調印式を行いました。 リーマンショック後の金融危機に対応するため日本からI MFに1000億ドルの融資を実施するという合意文書に調印したのです。 日本がIMFの資金基盤を強化し、新興国を含む世界経済の安定に貢献するための重要な金融支援でした。 日本が世界的な金融危機に大きな貢献をし、その危機管理能力を高く評価されるものと、夫も、麻生太郎総理大臣も確信していたのでした。 夫は、成田空港到着後、財務省の公用車に乗りこむと直ぐに、わたしに電話をかけ、 「日本のテレビはどうだった?ずいぶん褒めていただろう?」 と聞きました。 日本では、IMFとの調印式について全く報道されないどころか、 朝から「酩酊会見、日本の恥だ!」 テレビもネットも大騒ぎだったのです。 スマホ、タブレットもSNSもない時代です。 本人は、役所の方々から聞かされなければ何も知ることは出来ません。 ローマには、篠原尚之財務官も玉木林太郎国際局長やその他の幹部職員も、財務省側の秘書官などたくさんの方々が同行していました。 成田空港には、大臣出張を出迎えるほかの幹部もいたはずです。 成田空港到着は午後3時過ぎ、わたしがテレビで見たのは午前9時。息子がインターネットで大騒ぎになっていることをわたしに知らせてくれたのはそれより前です。 なぜ、夫には情報は伝わっていなかったのか? わたしは、夫の問いに 「なにも知らないのですか?その車に乗っている秘書官にすべて聞いて下さい!」 と答えるのが、やっとでした。 翌朝、山本高史秘書(中川事務所)が泣きながら、わたしの家に来ました。 IMF調印式のあと「今日の会見はなくなりました」と財務省側の事務秘書官から言われたので、財務大臣会合で各国の大臣からいただいたお土産などを、パッキングするために自分の部屋に 戻ったのだそうです。 しかし、その後、 「会見が始まります」と言って誰かが連れ出したのだ、 と説明をしました。 後日、夫を連れ出したのは、玉木林太郎国際局長だったことがわかります。 山本秘書が部屋に戻ったのを確認すると、玉木林太郎国際局長は、まず、夫をランチに誘いました。 オフィシャルなランチ会合は既に終わっていましたが、内輪でやり直そう、と玉木林太郎さんがセッティングしました。 そこには、読売新聞の越前谷知子記者、日本テレビ原聡子記者がいました。 越前谷さんは、玉木林太郎さんとは特段の仲らしく、わたしは面識はありません。 一方、原聡子記者は、夫の好きな「笑点」の公開録画に誘うなどずいぶん近づいていましたが、日本テレビ社内的には担当外でした。 夫も、玉木林太郎さんから「記者会見はなくなりました」と聞いたそうです。 このとき、夫は、越前谷さんから、「記者会見がなくなったのなら、この薬を飲んで食事のあと、ゆっくり休んだら?」と言われて、渡された薬を飲みワインを一口だけ飲んだのだそうです。 夫は、ワイン好きでしたが、海外出張のときは飲まないようにしていました。 この直後、越前谷知子記者は、「おもしろいことが起こるわよ」と、複数の人に伝えていたそうです。 事件後、越前谷記者は、アメリカ勤務になり日本からは姿を消しています。 原聡子記者は、誰より先にわたしたちの自宅前に到着して夫の帰宅時にマイクを向けていました。 その後、日本テレビの花形情報番組の「バンキシャ!」のキャスターに抜擢されています。 話は戻ります。 ランチのあと、部屋に戻り休んでいる夫を、玉木林太郎さんが 「記者会見は、やはりやることになったので」と言って迎えに来たのです。 夫の死後、葬儀が終わったあとになってやっと現れた玉木林太郎さんは 「ホテルの部屋にお迎えに行ったとき、中川昭一大臣は酩酊状態ではなく、しっかりとしておられました。これによって中川大臣の名誉は保たれます。」 と言われました。 わたしからは 「財務省の名誉が保たれる、の間違いではないですか?」 とお応えしました。 玉木林太郎さんは、麻布高校の同級生でしたが、在学中も卒業後も全くお付き合いはありませんでした。 夫が玉木さんを認識したのは、玉木さんが在アメリカ合衆国日本大使館経済公使になられた頃です。 ワシントンで、別の経済公使から紹介されました。 夫が財務大臣に就任してから、玉木林太郎さんも国際局長へとジャンプアップし、なにかにつけて相談しているようで、いちばん近くにいた印象があります。 帰国後、予算委員会での審議の2日目の夜、自民党から慶應病院に入院するように促され、テレビのテロップで「財務大臣更迭」を知らされました。 「病室ではテレビを見ないでね」と、 高校生だった息子が、TSUTAYAで夫が大好きな映画をたくさん借りて来ました。 数ヶ月後、会見を見たのか恐る恐る尋ねると、 「見た、信じられなかった…」 そのときの夫の顔を忘れることができません。 わたしは、その後、何度も「記者会見」を見ましたが、ろれつがまわっていない夫の両脇には、篠原尚之財務官と白川日銀総裁が、何も言わず、表情をひとつ変えずに座っていたこと、テーブルにはワインが置かれていたことは、極めて不自然に思いましたし、今でも不思議でなりません。 玉木林太郎さんは、その後、財務官に昇格し、夫の死後は、 OECD事務次長へと異例の出世をして行きます。 夫に玉木林太郎さんを紹介した方もその後、民主党政権で外務事務次官に昇格しましたが、自民党に政権が戻ると、安倍総理から事実上の更迭、僅か9ヶ月で退任することになります。 安倍総理は、何かを知っていたのかも知れません。 〜〜〜〜 「自分は、アメリカから殺される」 「こどもたちを頼む」 夫が繰り返し、わたしにそう話すようになったのは、亡くなる10年ほど前からだったと、思います。
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