

福天六(ふくたむ)
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【エッセイ】小説脳。 僕は2025年の10月ごろ、AIではなく自分で小説を書くようになった。それまでは、AIに小説を書かせて投稿していた。その頃は、創作者の凄さも、創作の難しさも、何一つ理解できていなかった。 AIのアウトプットが似たり寄ったりになってきた頃、僕は「自分で書いた方が、まだマシなものができる」と思った。そこからnoteにも自作の小説やエッセイを投稿するようになった。 最初はどういう風に書けばいいのか全くわからなかった。「書く・書き終える」ということだけは最初からできたから、何もわからないまま書いた作品をそのまま公募に投げたりもした。今読み返すと、どこを読んでも自分のものとは思えない。 当時、自分で作り始めてから、「小説を作っている人の凄さ」を身をもって体感した。そこから楽しさと奥深さに気づき、のめり込んで行くようになった。 当初は「嬉しい」「悲しい」「苦しい」「怖い」などの感情を、風景や行動描写に溶かすことが全くできなかった。桜の花びらが、風に押されてアスファルトの上を滑っていく。その動きに、どんな感情を重ねられるのかを考えていた。 一ヶ月、三ヶ月とそういう思考を続けているうちに、僕の頭は目に入る風景や人の動きを見るたびに「これは小説でどう使えるだろうか」と自然と考えるようになっていった。自分の今までの人生で見たもの・感じたものを振り返り、描写できるものがないか。一つ描写に変換できた時、自分の中で「これは使える」と思える瞬間がはっきりとわかるようになった。 今では、見たものや感じたものを「小説に役立つか」でしか捉えていない。小説に使えないものには、価値がないとすら思うようになった。そう思わないと、やっていられない。 いわゆる小説脳というものになってから、僕は連想ゲームを頭の中でよく行う。一枚の情景を頭の中に置いて、そこから勝手に物語が動き出す。今はその遊びが一番楽しい。 この脳の構造変化が起きたことで、小説以外の何に役立つかはわからない。でも、小説のことを考えている時だけは生きている心地がする。それが現実なのか、ただの都合のいい見方なのかは、まだわからない。 note.com/yorumono4321/n…















