立石遼太郎
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立石遼太郎
@rt_white
立石遼太郎建築設計事務所/京都府立大中退/武蔵野美術大卒業/ウィーン美術アカデミー留学/東京藝大修了
شامل ہوئے Mart 2010
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第二回、発掘展に出展することになりました。会期は4/25(土)-4/30(木)、会場は「渋谷区文化総合センター大和田2F」となります。
4/25(土)18:00〜は建築家の藤村龍至さんをお招きして、トークセッションを行います(豪華!!)
4/29(水)13:30〜は出展者同士のクロストークを行います。
自宅を出展するつもりです。
ぜひお越しください!
詳細はこちら→
mag.tecture.jp/event/20260401…
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立石遼太郎 ری ٹویٹ کیا

昨日の感想。
「過去を振り返ると、果たして批評が建築を良くしてきたか、かなり疑っている」という市川さんの視点はこれまで考えたことがなく一番印象に残った。
果たして何を達成すれば建築(物/界)が良くなると言えるのか、については言及されてなかったので、会場や視聴者に投げかけられたデカいボールだと思う。
フォーム・ナレッジ・ポリティクスの三角形も良い図形だと思いつつ、常に莫大な資金がかかり、時に清濁、左右を呑み込むことが必要な建築設計において、他ジャンルと同じような態度でポリティカルな批評がなし得るか、という視点は僕は疑問が残る。批評は記事やドキュメンタリーではないので、批評の観点が色濃く残るため、ポリティクスに傾ければ傾けるほど評者自身が批評文から透けて見えてしまうのは、ここ10年くらいの建築批評を読んでいて実感するところ。評者が知り合いだからかも知れないが、万博を契機にますますポリティクスに偏りすぎてないかと思っての昨日の質問だった。
連さんのクレジット問題はまさにそうだと思いつつ、宮崎駿作品の批評を読んで知りたいのはやっぱり宮崎駿のことだと思っちゃうのは、どうしたら良いのかと悩む。
その巨大さや関係者の多さ、清濁併呑という建築の性格上、粗探しや矛盾、ツッコミどころを探せばいくらでもホコリが出てくる建築物や設計者に対して、どこまでホコリを出させて、どこまで誇りを残すかは評者の塩梅で、昨日の司会、登壇者はそのバランスが素晴らしく、いい座組だなと思った。とはいえバランスが取れすぎていたきらいもあったので、次回があるとすれば、司会と登壇者のお一人は残して、ホコリ叩き系と誇り残し系の評者の座組も見てみたい。
立石遼太郎@rt_white
明日、とても楽しみなイベントが開催される。ポスト万博と銘打たれているが、ポスト批評なき時代となるような鼎談を期待。 なんも関わってないけどまだ席あるようなので、是非!!
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立石遼太郎 ری ٹویٹ کیا

【来店・リアルタイム配信イベント】2/3 TUE 19:30-
市川紘司×谷繁玲央×木原天彦
「特別鼎談:ポスト大阪・関西万博から建築の批評を考える」
bb260203a.peatix.com
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明日、とても楽しみなイベントが開催される。ポスト万博と銘打たれているが、ポスト批評なき時代となるような鼎談を期待。
なんも関わってないけどまだ席あるようなので、是非!!
本屋B&B@book_and_beer
【来店・リアルタイム配信イベント】2/3 TUE 19:30- 市川紘司×谷繁玲央×木原天彦 「特別鼎談:ポスト大阪・関西万博から建築の批評を考える」 bb260203a.peatix.com
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2月3日(火) 19:30 本屋B&B
市川紘司 @ichikawakoji ×谷繁玲央 @rosenstern037 ×木原天彦 @dtgjyrc
モデレーター:連勇太朗 @yutaroren
「特別鼎談:ポスト大阪・関西万博から建築の批評を考える」
今時レアな、建築批評についての議論です。是非ご参加ください。
bb260203a.peatix.com/view
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タイトルで油断させに来てるのがもう反則。
「エッグベネディクト」って、
本来は優雅・朝・余裕・丁寧な生活の象徴なのに、
**読み切り漫画でその名前を冠してくる時点で“だいたい裏切る気満々”**なんよ。
しかも(1/4)。
これ、
・一話完結の顔した分割地獄
・日常の皮を被った感情解体ショー
・最後に黄身じゃなくて心が割れるやつ
のどれか確定。
エッグ=生まれる前
ベネディクト=祝福された
つまり
「祝福されるはずだった何か」が静かに失敗する話だろこれ。
朝食は温かいのに、感情は冷える。
皿は白いのに、余白が痛い。
読み切り漫画
『エッグベネディクト』
──これは料理名じゃなくて、人生の皮肉。
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因みに文章と写真の組み合わせは無関係。連投すると二番目以降のツイートは殆ど読まれないから写真で釣るという姑息な手段。撮影順は全然違うが、前の写真の一部に次の写真の手掛かりがあるように繋ぎ、シークエンスを捏造している。写真で捉え難いプランが少しはイメージしやすくなっただろうか。
Narushima Daisuke@n_r_s_m_d_s_k
立石遼太郎さんの自邸《北鎌倉にて》についてあらためて。まずはどうしても自分のテーマに引き寄せて考えてしまう。それは、複数の様々な全体性が重ね合わされていて、認知上でそれらを瞬時に切り替えられるような建築の実現。
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ULTRA STUDIOの集合住宅。あまりの前評判の良さからハードルが上がりまくった状態で内覧会に参加。結果、最高だった。
斜面地を生かしたスキップフロアという形式を採用しているが、フロアごとに住戸を配置するのではなく、住戸配置とフロアをズラすことによって住戸内にも段差が生まれている。
形式と用途の合理的な結びつきを切ることで、形式が図式へと昇華されている。
加えて、形・色・素材・装飾・詳細といったいわゆる建築的な操作を、それぞれが図式と等価になるように見せかけるまで、執拗に行っている。結果、図式が全体を支配するという建築における欠陥構造を見事に解決していると思った。全体をつくるはずの形式・図式が、(全)体ぐらいに弱められているというべきか。
形・色・素材・装飾の過剰さはほとんどのULTRA建築に見られ、もはやULTRA STYLEと呼んでいいほどだが、実際に見学させてもらったり、誌面で拝見する限りでは、形式・図式の(おそらく意図的な)抜け落ちがあり、断片的でとりとめのない空間体験に留まってしまう印象があった。
ULTRA STYLEが形式・図式と結びついた時に、形式・図式がこんなにも弱まるのかと感動した。手続きやできた空間の質はミュラー邸だけど、NOMALミュラーはどうしてもスキップフロアが支配的になるが、ULTRAミュラーは何も支配していない(あるいは場所によって支配者が変わる。ひとつひとつ中ボスを倒して行ったら、倒したはずの中ボスすべてが合体した大ボスが控えてる、みたいな感覚)。
建築を見るときは、
①建築を成り立たせるための手法=フィクション
②それによってできた実空間
を頭に入れて、①と②の一致/不一致の度合いを楽しむ一種のゲームだと思っているが、ULTRAミュラーは①と②が融合していて、実空間がゲーム化されていた。それがとても楽しいし、浅読みも深読みも許す懐の広さがあって、人の数だけ訪れる、トゥルーもバッドもないマルチエンディングな状態を作っていると思った(ただしネバーエンディングではないとも思った)。
オーナー住戸は単体の住宅作品としても名作だと思ったが、やはり他の住戸や共用部と一続きの体験があってこそ、必然性が生まれているという意味では、集合住宅規模の手続きの結果生まれている良さだとも思えた。
シリンダーが住戸でブチブチ途切れる気持ちよさを作っているのも凄まじい。ちゃんとシリンダーが外観に現れているから、シリンダーが切れていると思わせる種明かしを仕掛けているからこそ、ギリギリ僕なんかでも読める状態を開いていくれているのも親切で誠実だなと思った。
気持ちいい、とか、かっこいい、とか、かわいいとか、を超えて、心と頭と体が同時に楽しい空間体験というのはこれまで味わったことがなく、めっちゃポジティブな意味で新しい建築だと思った。
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