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@westergaard2319
K. Y. 都内大学院にてアメリカ産ポピュラーカルチャーにおけるジェンダー/人種の表象を研究🎞主食: ❄️Frozen🚗Cars🕯️Encanto他Pixar/Disney/Princess/MCU/SW+🎤🦈DuaLipa✒️ブログ【westergaard作品分析】✉️お仕事はDMへ!









「マンダロリアン」というか「スター・ウォーズ」って、どうしても避けられない宿命みたいなものがあって、 それは “開かれたローコンテクストな作品”でありながら、同時に“閉じたハイコンテクストな作品”でもあるということだと思う。 もちろんこんな単純に二分できる話ではないんだけど、少なくともその両極を同時に抱え込んでいるシリーズではある。 そもそも第1作の「スター・ウォーズ」からしてそうだった。 田舎の若者が自分の才能を見出されて、やがて英雄として勝利する物語として見れば、予備知識なんて一切いらない、誰にでも分かる“開かれた”話になる。 でも一方で、あれは全9部作の中核にあたるエピソード4で、すでに過去にいろいろあったことを前提に進んでいく物語でもある。 そう捉えた瞬間に、事前知識や続編を前提とした“閉じた”コンテンツにもなる。 この矛盾した性質を、良くも悪くもそのまま引き継いでいるのが「マンダロリアン」だと思う。 シーズン1は、西部劇や時代劇、冒険活劇のようなフォーマットで、予備知識がなくても楽しめる短編の連なりになっている。 ところがシーズン2になると、その形式を保ちながら過去作のキャラクターが次々と登場してきて、一気に文脈の濃度が上がる。 さらにシーズン3では、一話完結の色合いが薄まり、個人の賞金稼ぎの物語から、マンダロリアンという集団そのものを描く大河ドラマ的なスケールへと変わっていく。 見方によっては、シリーズが進むごとに“開かれたローコンテクスト”から“閉じたハイコンテクスト”へシフトしているようにも見える。 ただ、これもあくまで一つの見方に過ぎない。 実際にはそれぞれのシーズンの中でも両方の性質は常に混在しているし、あるレイヤーではローコンテクストでも、別のレイヤーではハイコンテクストになる。 むしろこの多層的に両立してしまう構造そのものが、「スター・ウォーズ」であり「マンダロリアン」なんだと思う。 そしておそらく「マンダロリアン&グローグー」は、また少し「開かれたローコンテクスト」の色が強めに戻ってくるんじゃないかと思っている。 ただ難しいのは、「マンダロリアン」自体が有料サブスク配信発の作品だという点で、その時点でどうしても“閉じたコンテンツ”に見えてしまうことなんだよな。 実際、初期の「マンダロリアン」はスター・ウォーズシリーズの中でもかなり分かりやすくて、とっつきやすい部類だったと思う。 それなのに配信作品であるがゆえに、その“開かれた性質”がうまく伝わらず、結果としてハードルが高く見えてしまっている。 そのイメージを引きずったまま映画として展開してしまうと、興行的にはあまり得策じゃない気もする。 だからイチファンとしては、「とりあえずこれだけ観ればいい」という入口をちゃんと提示したくなる。 何が面白いのか、何が人気なのかが一発で分かる代表例として挙げるなら、やっぱりチャプター9だと思う。














