KAI|眼筋トレを捨てた男

385 posts

KAI|眼筋トレを捨てた男 banner
KAI|眼筋トレを捨てた男

KAI|眼筋トレを捨てた男

@kai_visual_lab

50年のメガネ→視覚OSアップデート→裸眼ライフ。 画面の前で目をいじめているのは、視覚のクセです。 「引き算」に変えたら、メガネ生活は終わる。 そのプロセスと具体的なやり方は、こちらにまとめました↓ ちなみに猫好き。ばってんぎゅーがたまりません。

KAI Visual Lab 加入时间 Mayıs 2010
5.2K 关注6.8K 粉丝
置顶推文
KAI|眼筋トレを捨てた男
KAI|眼筋トレを捨てた男@kai_visual_lab·
「レンズでの矯正は限界です。現状を変えるには手術しかありません。」 50年以上メガネに頼ってきた私は、医師からそう宣告されました。 でも、自分の視界を人工レンズに一生ゆだねることに、どうしても違和感があったのです。 「自分でできることは、本当に何も残っていないのか?」 そう自問しながら、これまで学んできた心理・ボディワーク・武術・秘教の智慧など、ネットや書籍には出てこない経験をフルに活かして、視覚OSに応用して探求し始めました。 その取り組みの結果、私は50年のメガネ生活を終わらせ、今はクリアな視界の裸眼ライフを送っています。 頑張るのをやめた瞬間に眠っていた視覚が立ち上がる──その仕組みと、日常で試せるワークを13セクション・53レッスンのオンライン講座にまとめたのが〈KAIメソッド 視覚OSアップデート・プログラム〉です。 「このまま度数を上げ続けるのかな…」と感じ始めている方へ。 答えのヒントはこちらから↓ sub.kai-method.com/p/letter
KAI|眼筋トレを捨てた男 tweet media
日本語
0
0
6
741
KAI|眼筋トレを捨てた男
15時のミニ実験、「画家の目で描く」3日目です。 今日は実際に動いてみます。 今いる場所で、目に入る「線」を一本選んでください。 壁と天井の境目、窓枠、机の縁、なんでもいい。 その線を、視線という筆でゆっくりなぞっていく。 じっと凝視するのではなく、丁寧に追っていく感じで。 顔ごと、ゆっくり動かしてください。目だけで追わない。 やっている間、他のことを考えない。 線だけを追い続ける。 それだけです。 1分もやれば十分です。 終わったとき、目の感じが少し変わっているかもしれない。 #15時のミニ実験
日本語
0
0
0
9
KAI|眼筋トレを捨てた男
【目の疲れが永遠になくならない理由】 目の疲れは、目だけの問題じゃない。 よく見ようとして画面に顔を近づけた瞬間、 頭の重さを、首と肩の筋肉だけに背負わせています。 筋肉は、長時間「骨の代わり」はできない。 だから視力だけじゃなく、首こり・肩こりまで一緒に悪化していく。 本当は、目は「脳の出窓」みたいなもので、 見えている仕事のほとんどは脳がやっています。 だとしたら、目玉を前に突っ込むより、 「見え方の設定」を変えたほうが早い。 KAIメソッドでは、この“見え方の設定”を、日常の中で、 自分で書き換えていくやり方をお伝えしています。 固定ポストのリンク先に、仕組みとワークをまとめました。
日本語
0
0
0
44
KAI|眼筋トレを捨てた男
施術家の湯山さんが教えてれた言葉がすぐ浮かびました。 「我包帯し、神癒し賜う(外科医アンブロワーズ・パレ)」 やっぱり、からだがやっていることをいかに邪魔しないかですね。視覚システムも同じだと思っています。 しかし、白血球、かっこいい!
日本から世界を見る🇯🇵@twibuznew

病原体を破壊する白血球がカッコいいwwww

日本語
0
0
0
72
KAI|眼筋トレを捨てた男
15時のミニ実験、「画家の目で描く」2日目。 画家が対象を描くとき、何をしているのか。 色、形、影、輪郭、遠近。目に入ってくるものを、できるだけこぼさず受け取ろうとしている。 「なんとなく見る」のではなく、「ぜんぶ受け取る」に近い状態です。 これは特別な才能ではなくて、視線が向いているものと、気持ちが向いているものを、そろえているだけだと思っています。 今日の実験。 目の前にあるものをひとつ選んで、 画家になったつもりで30秒だけ眺めてみてください。 描こうとしなくていい。ただ、そのものの、隅々まで受け取る感じで。 30秒後、同じものが少しだけ違って見えるかもしれません。 #15時のミニ実験
日本語
0
0
0
47
KAI|眼筋トレを捨てた男
チャーチルからウイニペグへ戻った。 行きと同じく、プロペラ機で4時間半。 帰りの便も天候不良で、出発が大幅に遅れ、結局は半日待ちになった。 ウイニペグでは、市内にあるマニトバ州立大学に立ち寄った。 ここは60年代に端を発し、70年代に広がったネオ・シャーマニズムの一大拠点だった。 シベリアからベーリング海峡を渡って北米にたどり着いたシャーマニズム。 そこに心理学的な視点が持ち込まれたものが、ネオ・シャーマニズムだと言われている。 ちなみにシャーマン(Shaman)は、シベリアの現地語で「知っている者」という意味だという。 新しいシャーマニズムは、この伝統的なシャーマンの「異界探訪の旅」に、 「意識」という概念が導入された、と言ってもいい。 歴史的に見れば、現代の精神療法の源流は、原始的な治療儀礼にさかのぼるわけで、 そう考えると、この流れは当然といえば当然なのかもしれない。 人を癒す働きは、やっぱり奥が深い。
日本語
0
0
0
53
KAI|眼筋トレを捨てた男
画面を見ているとき、あなたの意識はどこにありますか。 目は画面を追っているのに、頭の中では別のことを考えている。そんなことが、一日に何度も起きています。 「目で見ている」と「意識が捉えている」がズレたまま積み重なると、視覚システムは、少しずつ、しかし確実に疲弊していきます。 今週の15時のミニ実験は「画家の目で描く」。 視線と意識を一致させてみる、1週間の小さな実験です。 今日はまず、自分の視線と意識が、どのくらいズレているかを観察してみてください。 画面を見ながら、今この瞬間、意識はどこにあるだろう。 #15時のミニ実験
日本語
0
0
2
47
KAI|眼筋トレを捨てた男
チャーチルの住人の約半分は、カナダでFirst Nationsと呼ばれている先住民の人たちだ。 もともとこの極寒の地は、伝統的な生きる術を知っている、First Nationsだけが暮らすことができる土地だった。 何もない、きびしいだけの土地に見えるかもしれない。 けれど彼らからすると、じつはとても豊かな土地なのだろう。 ここのアニミスティックなクラフトやアートには、 自然の力をそのまま素直に造形したようなエネルギーが溢れている。 その造形からは、とてつもない精神性の高さを感じた。 なにか大切な根源に触れているような感覚。 そうした力を与えてくれるこの地は、 あらためて、尋常ではない気配を帯びた場所なのだと思う。
日本語
0
0
2
50
KAI|眼筋トレを捨てた男
@masashi_yuyama 「我包帯し、神癒し賜う」 知りませんでした。すごくしっくり来る名言です。あの動画のタイトルにしてもいいくらいです。
日本語
0
0
1
9
湯山雅史
湯山雅史@masashi_yuyama·
@kai_visual_lab 外科医アンブロワーズ・パレの言葉 「我包帯し、神癒し賜う」 ですね😊
日本語
1
0
1
16
KAI|眼筋トレを捨てた男
@masashi_yuyama さんがリポストされていたこの動画、神秘すら感じる感動ものでした。 体って、ここまで勝手に直ろうとしている。 「どう直すか」より、「どう邪魔しないか」だと、つくづく思いました。 視覚も同じで、こうしたダイナミックな自己修復は、本来、放っておいても起こっているはず。 だからこそ、「がんばって見る」より、その動きを邪魔しないほうが整いやすいのだと思うのです。
日本語
1
1
4
52
KAI|眼筋トレを捨てた男
前回、「ちゃんと見よう」をやめてみる、と書いた。 では、具体的にどうするか。 じつは科学的にも、「ゆらぎのある視線」が読みやすさを支えていることが分かってきています。 文章を読むとき、目の中では「サッケード」と呼ばれる高速な眼球運動がつねに起きていて、私たちは、じっと凝視しなくても、勝手に情報を拾っている。 つまり「ちゃんと見よう」と力むほど、目本来の動きを邪魔しているわけです。 ここ大事。 今日のPC作業中、ちょっとした実験として、 文字を刺すように見つめるのではなく、行全体をふわっと眺めるイメージで読んでみてください。 目が自由に踊っているような感じで。 それだけでも、疲れ方が、少し変わるかもしれない。
日本語
0
0
1
33
KAI|眼筋トレを捨てた男
チャーチルは、ハドソン湾でいちばん最初に結氷する場所だ。北極星が、ほぼ真上に見える。 バンクーバーからウィニペグまで飛行機で2時間半。 そこからさらに、プロペラ機で4時間半。 出発時刻になったら「故障の修理中です」とのアナウンス。3時間待って、ようやく飛び立った。 修理したばかりの飛行機で、ツンドラの上を飛んでいると思うと、なかなかスリリングだ。 後で知ったのだが、次のチャーチル行きは悪天候のため1週間後だったらしい。飛べただけで、じつはかなりラッキーだったのかもしれない。 ハドソン湾の海は、見渡すかぎり、波の形のまま凍っている。ホッキョクグマは、あの巨体で時速50km以上で走れるという。 「北極熊に注意」の看板が立っていた。 この看板、意味あるのだろうか。
日本語
0
0
1
114
KAI|眼筋トレを捨てた男
「脱力したほうが本来の力が出る」と言われるのに、 脱力しようとして、余計に力んでしまう。 これは、からだだけじゃなくて、目にも当てはまると思う。 武術では、力を抜きたいなら「反対側」を意識しろと言われます。 肩甲骨を使いたいなら、前側の胸骨を感じる。 では目の脱力は、どこを感じればいいのか。 片方の眼ずつ行う。 冗談です。 多くの人は、「ちゃんと見よう」とするあまり、 眼筋を必要以上に使って、自分で過緊張をつくっている。 力を抜こうとしているのに、また力む。 この小さな悪循環を止める入口は、 「ちゃんと見よう」をいったんやめてみることだと思っている。 後半へ続く。
日本語
0
0
1
67
KAI|眼筋トレを捨てた男
「知覚の扉の曇りをぬぐい去れば、 人間の目にすべてはありのまま、無限に見えてくる」 ウィリアム・ブレイク 20代のとき、オルダス・ハクスレーの「知覚の扉」を読んで、 この詩に出会った。 ハクスレーはこう言っている。 人間は知覚を解放すると、とてつもない情報量が入ってくる。 だから脳や神経系が「バルブ」のように、知覚を制限している、と。 つまり私たちが「見えていない」のは、 能力の問題ではなく、バルブが閉じているからかもしれない。 視覚の実験は、そのバルブを少しずつ開く作業なのかもしれない。
日本語
0
0
1
54
KAI|眼筋トレを捨てた男
すべてが凍って乾燥しきった街、チャーチル。 ストリートを歩いていると、なんとも言えない気配を感じた。 そうだ、新潟だ。 山岳信仰の八海山尊神社、大火渡り祭の前日。あの気配と同じだ。 年に一度、修験者が全国から集まるその祭りの、前日の昼間に訪れたことがある。 大祭の準備はすでに終わっていて、境内には誰もいない。 あちこちに結界が張ってあって、空気がピシッとして、妙に明るい。 陽射しの強さだけではない、なにか、内側まで照らされているような明るさだった。。 誰もいないことをいいことに、境内をあちこち歩いた。 体がふっと浮くように軽くなって、ただ気持ちがよかった。 チャーチルのストリートで感じたのは、あのときと同じ「気配」だった。
日本語
0
0
1
95
KAI|眼筋トレを捨てた男
視力検査って、遠くがよく見えれば「いい眼」ってことになってる。 でも今の時代の「いい眼」って、画面を長時間見ても大丈夫な眼ってことかも。 例のCマークの表は「ランドルト環視力表」といって、5メートル先にある7.5ミリの輪っかの切れ目(1,5ミリ)が見えたら視力1.0。 あれ、リラックスして受けられている人って、どれくらいいるんだろう。 僕は無理だ。 検査のたびに「ちゃんと見なきゃ」と力んでしまうし、 そもそも過緊張のクセがある目ほど、数字は低めに出やすいはず、と思っている。 もちろん運転なんかには必要な検査だけど、 日常でいちばん長く見ているのは、遠くよりも目の前のディスプレイ。 「いい眼」の定義、そろそろ見直したほうがいいと思う。
日本語
0
0
1
78
KAI|眼筋トレを捨てた男
現代美術家、杉本博司の「海景」を初めて見たとき、 何もないのに、何かがあると感じた。 海と空だけ。それも情報がほぼゼロの、海と空。 なのに見ていると、自分の中で時間の感覚が変わる。 たぶん、余計なものがないから、 見ている側の奥にある何かが動き始めたのだと思う。 「視覚そのもの」も同じ。 情報を足すほど、本当に見えるものが減っていく。
日本語
0
0
1
104
KAI|眼筋トレを捨てた男
チャーチルに着いて最初に驚いたのは、風の強さだった。 飛行場の建物から出ようとしても、突風でドアを押し返される。 ほぼメインストリートのみの小さな街。 ハドソン湾からの風と一緒に、丸いものがカラカラと勢いよく転がってきた。 拾って手に取ると、ピンポン玉より少し小さくて、中が空洞の氷だった。 押すとクシャっと簡単につぶれる。 海の泡が凍ったのだろうか。 こんなものが存在するとは、思ってもみなかった。
日本語
0
0
0
85