Cuddlenut (カドルナット)
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Cuddlenut (カドルナット)
@cuddlenutboy

店名に「肉バル」「完全個室」「和モダン」「創作和食」みたいな枕詞ついてる店は99%地雷。

日本語を勉強していて、不思議に感じることがあります。 英語のように順番で意味を積み上げていくというより、全体の意味が少し遅れて立ち上がってくるように感じるのです。 最初は、ただ翻訳して理解しているだけだと思っていました。 しかし今は、何か違うのではないかと感じています。 日本語は「読む言語」というよりも、 読んだあとに意味が成立する言語のように感じられます。 同じ文章でも、読む人の経験や背景によって解釈が変わることがあります。 ここで少し考えました。 意味とは、文章そのものの中に存在するものなのでしょうか? それとも、読む側によって作られるものなのでしょうか? もう一つ気になるのは次の点です。 日本語のネイティブの方は、言葉を一つ一つ意識的に解釈しているのでしょうか? それとも、ほぼ“反射的に”理解しているのでしょうか? もし反射的だとすれば、それは「理解している」というよりも、 そのまま「感じている」に近いのでしょうか? さらに深く考えると、次のような疑問も浮かびます。 もし意味がこれほど文脈に依存しているのであれば、 コミュニケーションは、それを解釈する心に届くまでは未完成の状態なのではないでしょうか? もしそうだとすれば、「本当の言語」はどこに存在するのでしょうか。 文章の上なのか、話し手の意図の中なのか、それとも聞き手による再構築の中なのでしょうか。 もう一つの質問です。 日本語は思考そのものにおいて、曖昧さをより受け入れる傾向があるのでしょうか? それとも単に、曖昧さを無理に確定させないだけなのでしょうか? そしてもし曖昧さが自然なものであるとすれば、それは真理の捉え方にも影響するのでしょうか。 真理は固定されたものになるのでしょうか、それとも状況によって変わるものなのでしょうか。 また、ネイティブの方は、一つの文に対して複数の意味の可能性を同時に感じることがあるのでしょうか? それとも、正しい意味は通常すぐに一つに収束するのでしょうか? 最後にお聞きしたいです。 日本語はあなたにとって「情報」に近いものですか? それとも「感覚」に近いものですか? あるいはそれ以外の何かでしょうか? そしてさらに、その上でお聞きしたいのですが、 日本語はあなたの思考を形作るものなのでしょうか? それとも、すでにある思考を表現しているだけなのでしょうか? あるいは、その両方だと感じますか?

でももしデビューして事務所が筋道立ててゴリゴリに管理していたとしたら、ガチ偶像になれた気もするんだよね…🥲

東京都民のレベルは「デート先のチョイス」でわかる。 🥉低い 上野公園 →広いだけで終わる。目的ない散歩はマジで会話死ぬ。 🥈普通 渋谷 →無難すぎ。「とりあえず来ました感」がバレる。 🥇高い↓

女性活躍って本当に厳しいよな。大企業でいま結果を出して管理職以上になっている女性見てみなよ。ほぼ全員が独身で馬車馬のように働けて、かつ、みんな男みたいなキツイ性格のギラギラしたパワハラ気味の人しかいないでしょ。それが全ての答えだよ。

日本人男性、これ多過ぎる。多分タンパク質不足と筋トレ不足。 ロバート秋山とかケンコバみたいな貫禄デブのが強そうで余程いい。

ていうかいくら絵をかいたことがない人でもかけるように簡単に簡単に解説しても「俺には絵がかけない!!」って言う人のことだんだんわかってきた。彼らにはそもそもまっすぐ線を引く筋力がない。字もすげえ下手。点Aから点Bまでゆっくりまっすぐ線を引く筋力が画力の第一歩なので筋トレをしよう。

もうやめ時だなと思う出来事があった。BM I 37位で妊娠高血圧、後輩が30分ぐらい粘って麻酔が入らないので、いつも通り別の手術室から呼ばれてまぁ1分位でさくっと入った。少し難しかったけど深さ75ミリ位だから普通に入れられるような症例だった。30分粘って手が変わったら一発で入ったと言うのではメンツが潰れるのでこういう状況で私がやるときは、前の人を傷つけないようにいろいろインストラクションしながらやるとかしている、その時もそうした。 その後コツみたいなの教えてみんなだんだん上手くなっていくのだけれども彼女の反応は違った。 こんな一般病院であのような肥満の症例をこれからも受けることになるんですか?今日は日中で応援を呼べたからよかったけど夜中にあのような症例に1人で対応するのはとても不安だから、BMIが一定値を消えたら大病院へ転院させてほしいと言う話だった。で、まぁそれはもっともなことである。つまりテクニックに頼るような対応は今後ダメだと言うことだ。今の人たちは難しい症例に挑戦して自分の技術を磨くよりもとにかくリスクを回避して自分の目の前からリスクを追い出す事を全力で考えるわけで、それはこの10年間の教育の進歩の成果だからその通りだなと思うんだけれども、もう医者が自分の技術を高めていって対応するなんて言う時代は終わったんだなと思った。

大阪府八尾市の小学校で女児の体力に不安を抱いた母親が遠足の時お茶が足りない場合は持参したお金で茶を買うことを認めてくれるよう学校に要望 ↓ 女児が茶を買うことを要望したにもかかわらず教諭は認めず ↓ 女児は帰宅後、熱中症になり救急搬送 ↓ 女児の両親が損害賠償を求め訴訟 ↓ 大阪地裁は「教諭に安全配慮義務違反があったとは認められない」として棄却 いや実際救急搬送されてますやん。大阪地裁も学校も頭おかしすぎる…