
【働かなきゃ生きてちゃダメなんです】
わたしは毎日、ひとに奢られて暮らしてるから、もちろん、常連もいるんだけど。よく奢りにくるひとに、絵に描いたように穏やかな性格の、中年の男がいる。そんな彼は、じつはむかし、仕事のストレスで、自サツ未遂をしたり、傷害で捕まった事があるんだって。
「金持ち喧嘩せず」なんて言うけどね。すごく穏やかな彼は、そう多く、お金があるわけでもないらしい。だからべつに、すごく派手に遊ぶとか、そういうことで、毎日きもちのスキマを埋めている、ってわけじゃない。言っちゃえば、休みの日なんか、そこらのニートとおなじように、まったり暮らしているそうだ。
そして、わたしは聞いていくわけだ。「あなたは、いつからそんなに穏やかなひとになったの?」「うーん。どうでしょう。」「なに不自由ないお金を持ったとき、とか?」「いや、それは違う」「じゃあ、扱いきれないほどの時間ができたとき、とか?」「いやー、それも違うな」。
じゃあ、いつなんだろう?「そうだな。もうわたしは働かなくても、べつに良いんだって、納得できたときかもしれない。」
「働かなくてもいい、か。べつに最初からずっと、働かなくてもよくないですか?」そう聞くと、彼は「働かないと生けていけない、というか、そうでないと『生きていちゃいけない』って思ってたんです」と、真剣な表情で言った。
「生きていちゃいけない。」わたしが彼の言ったことを、彼のイントネーションのままで繰り返すと、「だから、すごく必死だった。働いて成果を出して。」と彼は続けた。
「なるほど。つまりあなたは、バカにされたくないんだ。」
「...きっと、そうです。きっと、誰にもバカにされないために。ずっとカリカリしていた。だから、わたしは穏やかな性格になったわけじゃなくて、元々こうなんです。しかし、仕事に性格を乗っ取られていた。それで、カリカリしていただけだったんです。」
わたしは話した。「たしかに。役に立たなきゃ生きてちゃいけない。そう思っているひとが、いくら働いても成果が出せず、『ここにあなたは必要ありません』と言われ続けたら。それはつまり、生きてちゃいけない、と宣告され続けるってことですよね。」
彼は言った。「そうです。だから、成果が出ない自分をバカにされないために、つまり、生きていくために、自サツしたんです。」
「生きていくために、自サツした。」わたしはまた、彼と同じイントネーションでそれを繰り返した。薄氷のように繊細でありながらも力強い、そんな表現だな、と思った。
彼は続けた。「でも、それにも失敗したから、爆発してしまったんでしょうね。そして、ひとに暴力を振るってしまった。迷惑をかけてしまった。」
「役に立たなきゃ生きてちゃいけないのに、そのうえ迷惑までかけてしまったんだ!」わたしは笑いながら言った。そして彼は、わたしよりも大きな声で笑いかえした。
「働かなくても良いんだ、と気付いてからは、もうなんにせよ生きていけるんだから、どっちでもいいか、と思い始めたんです。」
「役に立たなくても?」
「そう。」
「迷惑をかけても?」
「それは反省してます。」
わたしが、うんうん、と頷きながら聞いてると、彼はさらに続けた。
「そうしたら、働いて成果が出なくても、バカにされ、上司に怒鳴られても、別にコロされるわけじゃない。給料もへらない。へっても生活保護がある。それでもう、どっちでもいいじゃん、なんでもいいじゃん、って思うようになったんです」
彼はさいしょに会ったときよりも、随分と表情がやわらかくなった。身体が「納得材料たち」に追いついてきたのだろう。彼はこころの底から、あるいは身体の底から「生きていてもいいんだ」という雰囲気を醸し出していた。
そんな彼の話をきいて、ああ、「働かないと生きちゃいけない」と思ってるひとにとっては、仕事の成果こそが人格で、人格なんて、仕事の成果の投影でしかなかったんだな、と気付いたんだよな。
生きちゃいけない、って言われないために、思わないために、みんな成果にカリカリしてるんだよねえ。べつに、望んでそうしているわけじゃないんだ。
そうなんだよね。ほんとうは、「仕事ができなくて死ぬ」なんてことは、ないんだ。
少なくとも今の時代、この場所では。けど、「あなたは仕事ができない、あなたは必要ない、あなたの仕事に価値はない」と言われ続けたら、ひとは死ぬんだ。
とくに、「働かないと生きちゃいけない」と思ってるひとは。簡単に死んでしまう。わたしの友人も、数えきれないほどに死んだ。
わたしは、かれこれ8000人には奢られてるし、人付き合いの良い方だから他にもいろんな付き合いがある。そうして、たくさんのひとを見てきたんだけど。
仕事でメンタルを病んだひとの、トラウマの正体は何かっていうとね。それは、明確にあるんだ。
彼らが恐れているのは「働くこと」より、「働いたのに、バカにされること」なんだ。やったのに成果がでない。必死にやったのに、バカにされる。だから、もうなにもしたくない。なにも罵倒されたくない。じぶんの遺伝子をバカにされたくない。だからなにもしない。
そしてやがて鬱になり、ほんとうになにもできなくなるんだよな。鬱は甘えだ。これまで甘えてこれなかった人を、甘えさせるための病気だ。「ただ生きてるだけ」の自分を、許していくための期間だ。だからこそ、休まなくちゃいけない。こうなったらもう、「役に立つ」のは逃げだ。
「ニートなんかになったら死んじゃう」とか、「障害者なんかになったら死んじゃう」って、へいきで言うひとがいるけどね。じっさいは、「お前は成果の出せないダメなやつなんだな、と、人前でバカにされたら、こころが死んじゃうひとがいる」だけなんだ。
もちろん、ひとはバカにされても死なないけどね。バカにされてるひとのことを、普段バカにしてるひとは、死んでしまう。バカにされたら、自分にもバカにされて、自分にバカにされるってことは、世界に否定されるってことだから。世界に否定されたらこころが死んで、そして、ほんとうに死んじゃうんだよ。
わたしは子供の頃から、「働かずに生きられる社会にうまれてラッキー、テキトーにやってこー、え?皆は働くの?そなんだー。働くのが好きなんだね!じゃあ、ぼくの分まであげるね!」とか思ってたけど、じつはみんな、働いて成果を出さないと、生きちゃいけない、って思ってたんだよね。そりゃあ、しんどいよね。
彼はさいごに、「僕はもう人格を乗っ取られなくなったから、自●もしないし、だれのことも殴らないッスよ~笑」と穏やかに言っていて、こえ〜〜〜、となった。しんどい労働者の人格って、ほんとに労働に乗っ取られてたんだな。あなたの周りの「怒りっぽい人」も、じつはただ「労働に人格を乗っ取られてしまっているだけ」なのかもね、っていうおはなしでした。
奢られ日記。また、どっかにつづく。
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