Sabitlenmiş Tweet

宮脇俊三さんからの葉書 (1983年):
私は、プロフィールにも書いた通り、宮脇俊三さんの「時刻表二万キロ」を小学生時代に読んで感化され、乗り鉄になりました。
当時は、単行本の中に著者の住所も書かれていたので、その住所にファンレターを送ると、お返事をいただけたのでした。それは全く予想していなかったので、当時は、しばらく狂喜乱舞していた覚えがあります。
今は、個人情報保護法の問題もありますし、ご本人はすでに亡くなられていてもご家族や関係者に迷惑がかかるといけないので、このTweetで住所の詳細は伏せますが、その住所をGoogle Mapで先日検索してみたところ、名残は残っていました。
宮脇氏は、自身が紀行作家になる前、中央公論社の編集担当者として、「どくとるマンボウ航海記」などの名作を多数残した北杜夫という文筆家の才能を見抜き、作品を初めて世に送り出したことや、その北杜夫氏に自宅の隣の空き地を紹介し、北氏はそこに自宅を建て、二人は長年、隣人として家族ぐるみの付き合いをしていたことなど、宮脇氏と北氏の書き物にはユニークなエピソードが何度も登場し、有名な話ですよね。
宮脇さんからいただいたこの葉書は、40年経った今でも私の宝物ですが、この葉書の投函場所が1983年3月30日の千歳であり、4月3日には肥筑線の新規開業区間に乗りに行くと書かれていて、「当時は、超過密スケジュールで全国を旅されていたんだなあ」「そして、その強行軍の合間に、ファンから届くファンレターに一人一人お返事を書かれていたんだなあ」と思うと、感謝しかありません。


日本語









































