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questionice
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questionice
@3236ques
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賢者之塔 Katılım Ağustos 2024
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「――ユリウス、ちょっとええ?」
そう窓越しに声をかけられ、ユリウス・ユークリウスは書き仕事をしていた顔を上げ、かけていた眼鏡の位置を直しながら窓際へ向かった。
換気のためにわずかに開いた窓、庭に面した一階の外窓の向こうから、部屋を覗き込む可憐な容姿の人物がいる。
「どうされました、アナスタシア様。この時間はミミたちを伴い、市場の視察にゆかれるはずでは?」
「そのつもりやったんやけど、いったん中止して、ユリウスにお願いしたいことがあるんよ」
「私に?」
王都にあるユークリウス邸の庭園で、ちろと舌を出した主の言葉にユリウスは微かに眉を寄せる。
それから、得心がいって「わかりました」と応じると、
「すぐに用意してまいります。着替えてまいりますので、今しばらくお時間を」
「え、そう? 別に着替えんくても今のままで十分やない?」
「とんでもありません。アナスタシア様に恥をかかせるわけにはいきませんので、早急に」
「恥? そんな、誰が見てるわけでもないんやから大げさやないの」
「いえ、アナスタシア様の一挙手一投足に数多のものが注目しています。わずかな気の緩みも、傷になりかねません」
ゆるゆると首を横に振り、ユリウスはアナスタシアの軽挙をそう諌めた。それを受け、アナスタシアは反省――ではなく、「んん?」と不思議そうにその細い喉を鳴らしたかと思うと、
「もしかして、ユリウス、ミミたちの代わりにウチのお供についてこようとしてるのと違う?」
「――。違うのですか?」
「ちゃうよぉ、なんや話が噛み合わんと思ったわ」
コロコロと口元に手を当てて笑い、間違いを笑みで指摘するアナスタシアに、ユリウスは深く反省する。
主の思惑を取り違え、挙句に見当違いの忠言とは恥の上塗りもいいところだ。
しかし――、
「真面目やねえ。そんなユリウスやから、ウチの陣営にはちょうどええわ」
「あまり、褒められた気がしないのですが」
「なんでやの、褒めに褒めてるやないの。『懐の小銭と勘定が合う』、ホーシン語録や」
そう言って胸を張るアナスタシアは、たびたびこうして過去の偉人の言葉を借りる。――『荒れ地のホーシン』の残した語録は即物的なものが多いが、それだけに身に染み、心を打つものが多い。今もまさに、アナスタシア陣営にピタリと嵌まると言われ、ユリウスの身に染み、心を打ったところでもある。
もっとも、それを徒に面に出すようでは、騎士たるところを全うできないと、そうユリウスは考える。そのため、表層は平静を保ったまま、
「そちらは、身に余る光栄ですね」
と、紛れもない本心で応じるに留めた。
「ですが、ミミたちの代理でないなら私に何用でしょうか。頼み、と仰いましたが」
「そうそう、本題を忘れるところやったわ。あんな、ちょっと準精霊の子ぉらの力が借りたいんよ」
「蕾たちの?」
意外な要請に眉を上げる。
準精霊とは、ユリウスの契約する六体の精霊――いずれも異なる煌めきと可能性でユリウスを魅せる、麗しく勇壮な乙女たちのことだ。
「難しい?」
「アナスタシア様の求めでなければ、容易くは首を縦に振らないものではありますね」
「そう? それやったら、王選に参加して、ユリウスをウチの騎士にした甲斐があったわぁ」
「それも、光栄な評価ではありますが」
それこそ、先ほどの大げさという評価をお返ししたくなる。
ともあれ、アナスタシアの求めだ。只ならぬことと考え、ユリウスは気を引き締め、「承知しました」と頷く。
「アナスタシア様が仰るなら、全霊を以て応じさせていただきます」
「さすが、頼りになる。それでこそ、『最優』や」
「それで、私の蕾たちに何を?」
「あんな、それなんやけど――」
こちらを手招きするアナスタシアに、ユリウスは窓越しに身を乗り出し、その声を拾うために耳を近付ける。耳元の髪を分け、剥き出しになったユリウスの耳に、アナスタシアが薄い唇を近付け、言った。
それは――、
「――ちょっと、竜巻起こしてもらってもええ?」
△▼△▼△▼△
面食らったユリウスに、アナスタシアは悪戯っぽい顔つきのままで、身振りを交えて早口に説明してくれる。
その彼女の説明によれば、だ。
「実は、まだミミたちと出会ったばっかりの頃、通りの露店でこんなにたくさん、紙風船が売ってたことがあるんよ。絵とか色とか塗られた可愛い紙風船やったんやけど、それが通りをちっちゃいつむじ風が吹き抜けたとき、バーッて舞い上がって」
「それは……露店の主はさぞかし辛かったでしょうね」
「そのことはええの! それより、その光景を思い浮かべてくれる? もう、壮観も壮観! 空がぜーんぶ紙風船で埋まってまったくらい」
大きく手を広げ、アナスタシアがその感動を体で表現する。
基本、思慮深く理知的な彼女だが、時々こうした子どもっぽい、童心に帰った素振りを見せることがある。大抵の場合は気心の知れたリカードなどの前だが、ユリウスにも見せてくれるのは、信頼の証と思いたいところだ。
なんにせよ、その光景の素晴らしさと感激は伝わった。
「では、アナスタシア様はその光景の再現をなさりたいと」
「そう! っていうか、信じられへんの。ミミたちがあのときのあれを忘れてるやなんて。いくら、まだ三人が小さいときやからって、そんなんないわ」
「忘れられるのは悲しいものがありますね。大切に思う相手と、大切な思い出と思うほどに」
「そういうこと。それやから、思い出させる……ううん、新しく上積みすることにしたんよ」
「上積み?」
「思い出せんことをあれこれ言われるより、新しく思い出を作って、そのあと思い出せたなら思い出せた方が、お得やろ?」
「なるほど。アナスタシア様らしい」
そう頷いて、ユリウスは窓の外、アナスタシアの向こうの屋敷の庭園に目を向ける。今の話を聞けば、アナスタシアが庭から声をかけてきた理由もわかろうというもの。
「紙風船はミミたちが?」
「それと、リカードとヨシュアも手伝ぅてるよ。陣営の総力戦や」
「では、力を貸さないわけにもまいりませんね」
「せやろ? そしたら、待ってるから――」
そう言いかけ、アナスタシアが目を見張った。
それは、窓枠に手をかけたユリウスが軽く跳躍し、部屋の窓を飛び越え、そのまま庭に飛び出したからだ。
そうしてユリウスは、目を丸くした主に手を差し伸べ、
「時が惜しい。急ぎましょう。私も、アナスタシア様の先ほどのご説明で、その景色が見たくなりました」
「むぅ、小癪なことを……」
「アナスタシア様?」
「何でもない。そしたら、いこか?」
差し伸べた手を取り、アナスタシアが首を傾げる。それに応じ、ユリウスは彼女の手を引いて歩き出した。
歩きながら、その横顔を見上げるアナスタシアが、「ユリウス」とその唇を動かし、
「ミミたちもやけど、ユリウスとも新しい思い出を作りたかってん。せやから、忘れんといてな?」
「――――」
それを、先の自分の言葉を思い返し、ユリウスは面映ゆさと快さと、それ以外にも溢れる上向きな感情の多くに満たされながら、「ええ」と頷いた。
「忘れません。――私は、決して」
その日、ユークリウス邸の庭園の空に、無数の紙風船が舞い上がり、たくさんの歓声が上がった。――それを宣言通り、ユリウス・ユークリウスは大切な思い出として、決して忘れずに、覚え続けていくのだった。
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