未明思考|崩れたあとの、人生の作り方
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未明思考|崩れたあとの、人生の作り方
@4jikatsu
人の目を気にして生きるには、人生は短すぎる。上京してパニック症とHSPで崩れた私が、朝4時起き・読書・ジャーナリングを続けただけで、性格も生きづらさも変わった。会社も辞め、時間の使い方を自分で決められるようになった。だからあなたも、きっと変わる。本と習慣で人生を再設計する実践的なヒントを。本を売って10年 /湘南移住

妻と料理を交代して1週間が経ちました。少し振り返りをしたいと思います。 想像はしてたんですけどね、正直、想像以上に大変でした。 皆さんからの多くのアドバイスがかなり助かった。ありがとうございます。 三食作るということは、作って→食べさせて→また作って、の繰り返し。常に料理のことを考えていないといけない。この「終わりのない思考ループ」が、こんなに負担になるとは思いませんでした。妻がずっと抱えていた大変さを、やっと少し理解できてきた気がします。 ありがたいことに、娘は基本食べてくれています。 大人と娘は同じメニューで、大人分は後から味を付け足すこともあります。AIに相談しながら、なんとか形にしています。AIでメニュー決めが、かなり時間の短縮になった。これがなかったらと思うとゾッとするレベル。 妻のメンタル面は: 「いやー、人が作るご飯食べるの最高だわ。しかも娘食べてるからストレスないし、ありがたすぎる」といつも言ってくれています。妻は自分の好きな米粉のパンやケーキなど、作りたいものがある時にそれを朝食に使ってね!と、気楽に料理と向き合うのが今は楽しいようです。 また、私が料理の質問やアドバイスを求めるので、そういう会話も夫婦間で増えています。私もまだ数日なんで、色々試行錯誤したり、初心者にありがちな、少し進歩してるんじゃないかという勘違いにも似た感情で、大変ながらも楽しさも見つけられています。 【作ったメニュー1例】 • 夜:手羽中と大根の煮物(圧力鍋)、小松菜のレンジナムル • 朝:鶏だし雑炊• 夜:サーモンのバター醤油ソテー、大根ともやしのナムル、白菜とえのきのサッと煮 • 朝:ちりめんじゃこと蒸し大豆の炒り煮、お味噌汁(前夜の煮汁活用) • 夜:サバの竜田揚げ、卵豆腐のカニカマあんかけ、小松菜とエリンギのお味噌汁 • 夜:鮭のムニエル など ただ、まだたった1週間。 短期では何もまだわかっていないので、長期的に継続してこそ意味があると思っています。これからも続けていきます。




直感力を鍛えたいなら違和感を大事にしてください。多くの人は違和感を気のせいで終わらせます。直感が鋭い人はその小さな違和感を無視せず、何度も答え合わせをしています。直感とは自分の違和感を何度も裏取りした人だけが持てる、経験の圧縮版です。

適応障害やうつ病になってばかりだった頃の私は、職場でメンタルが乱れてしまったとき「トイレに駆け込んで涙を流すこと」を繰り返していた。周囲の理不尽な言葉を受け取ったり、抱えきれない仕事量にパニックになったりした際、目の周りに熱さを覚え 「ここで泣いてはいけない」という感情が痛むようにして肥大する。 その感情に入り込んでしまうと、周囲の人たち全員が自分を嘲笑っているかのように感じる。もうそうなると、その場にとどまることはできず、トイレに駆け込み、涙を流しながら自己嫌悪ばかりしていた。 職場で涙が出てしまう自分を、私は「弱い」と責めていた。 ただ私はある日、退職を決意できたとき、泣き止むことを諦め、泣き切ることにした。そこで気づいたのは、涙は弱さではなく「対話の相手」として扱えるということ。 トイレでひとり、泣いているとき、実はふたり存在していた。泣いている自分と、その自分を見つめている自分。後者が前者を責めず、ただ抱きしめられるかどうか。そこに自分の成熟があった。 自分の弱さを認め、抱きしめ、苦悩しながら零し『自分の意志で泣いているひと』はとても強い——そう今の自分は思う。涙は、感情をたくましく整理する過程になる。


あれから、もうすぐ1ヶ月。 妻に「あなたにはこの辛さがわかんないよ」と言われて始めた料理担当交代。少しずつ理解できてきたことがある。 料理の最大の負担は、「作る」ことじゃない。 「献立を考え続けること」だったのかもしれないと。 Day 1の夜、圧力鍋で手羽中と大根のスープ煮を作り終えた瞬間、妻が言った。 「明日の朝ごはん、何作る?」 その瞬間、気づいた。 料理は、作って終わりじゃない。 作ったそばから、次の献立を考える。買い物リストを作る。冷蔵庫の在庫を確認する。調理時間を逆算する。娘が食べるかどうかを予測する。 この「終わりのない思考ループ」が、24時間、常に頭の隅を占領する。 仕事は「今日のタスク」を終えれば頭もリセットできる。 でも料理は違う。 私はAIに「今日は何を作ればいいですか?」と聞くようにした。AIが即座に3つの選択肢を出してくれる。 これがなかったらと思うとゾッとするレベル。 妻はこの重圧と、毎日、何年も向き合い続けていた。 Day 7、妻が言った。 「ご飯を作らなくていいだけで、こんなに頭と体が休まるとは思わなかった。本当に助かった」 この言葉が全てだった。 妻が背負っていたのは、皿の重さでも鍋の数でもなく、「家族の健康と食卓を管理し続けなければならない」という精神的な重圧だった。 「手伝う」という部外者のスタンスから、「共に運営する当事者」へと、私の意識が変わってきました。 想像力には限界がある。 理解は、体験を通じて初めて深まる。 まだ1カ月しか経ってませんが、このまま継続して作り続けようと思ってます。 また新しい気づきがあれば、投稿します。







