りんごの郷 retweetledi

令和ロマン単独ライブ『#Re令和ロマン』約3時間で漫才6本、30分超えの漫才、幕間でけむり初監督の短編映画、名探偵コナンパロディが劇場版1本観たほどの完成度(しかもくるま『ベイカー街』と『から紅」好きすぎ)、『冬のなんかさ、春のなんかね』のモノマネが異常な域で似ているなど大満足。Kアリーナ2万人キャパの熱狂を肌身で感じられたのは伝説を目撃していたかのよう。3時間笑い続けていると、ちゃんと腹部の筋肉が痛い。
(くるま監督の映画、『オン・ザ・ハイウェイ』×『マグノリア』?『バンテージ・ポイント』的?群像劇×『スノーピアサー』的連結構造×ゴダール『ウイークエンド』の渋滞の走行verみたいな映画でめちゃ良かった。くるまらしすぎる)
ケムリがこのライブ以降禁煙を宣言し、なぜかステージ上に灰皿が登場し、なぜか「代わりにこれからは僕が吸う」とくるまが喫煙をする場面があった。
そこはもはや漫才の外側の、二人の戯れの時間で、ケムリとくるまがシガーキスするファンサに悶える声が響いたことは確かだったけれど、モニターに映る二人を観ていた自分は、あまりにもささやかに「愛」を感じていた。
「愛」の可視化不可能性に、それでも何か名前を名付けるとするならば、たとえば「令和ロマン」と銘打ってしまってよいのだ。
自分はマジで冗談ではなく、令和ロマンの漫才を観ている時、ラジオを聴いている時、ずっと二人の「愛」を見聞きしていると実感している。
くるま、ケムリのこと好きすぎ。
ケムリ、くるまのこと好きすぎ。
しかしこれは単なる"関係性萌え"ではなく、あらかじめ、当たり前に二人の間にある「愛」の結実として漫才や雑談の面白さが"ある"のであって、なにかもっと崇高な「この二人でないと絶対に生まれていない世界や時間」を眺めている感覚がある。
令和ロマンには、何かそういった唯一無二性がある。
自分はM-1で認知してから毎週ラジオを聴くくらいにはファンで(最初は二人の顔ファンだった、かわいい)、立澤さんはM-1優勝前からルミネで観て面白すぎるコンビがいると応援/推し続けているという。
聡明かつ無邪気、天才であり親近感がある。そして高比良くるまと松井ケムリの"関係性≒愛"は、こうして2万人を爆笑させる興行になってしまう。
芸人として変わらずに二人のことは好きだけれど、なんだか「最高に仲良い面白い人たち」を3時間も同じ空間で観れたことが、心から嬉しいと感じた。
追伸:
結局17:05着席でギリ間に合った……
高速かっ飛ばしてくれたタクシーのお兄さんありがとう!
そして実は今回のチケットは立澤さんからの(去年の俺への)誕生日プレゼントなんだぜ!内緒で当選させていて流石!ありがとう!




✄—杉浦仁輝—✄【監督/文筆/怪談/Podcast】@CometComment_
立澤さんが当選した令和ロマン単独ライブ、横浜アリーナに着いたら「それ、Kアリーナ横浜です。ここじゃないです。ここ今バレーの試合やってます」と言われて大ズッコケ。タクシーで移動中。開幕は17時から。
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