Edward Edwards
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京都の高校生が沖縄県内を訪れた昨年10月、米軍キャンプ瑞慶覧内にあるクバサキハイスクールとの交流でエアガンを使った射撃訓練を体験していたことがわかりました。 修学旅行生が米軍基地内でエアガン使い射撃訓練 京都の高校:朝日新聞デジタル asahi.com/articles/ASR38… #沖縄はいま

沖縄県民として言いたい。 修学旅行で沖縄に来るなら、ひめゆりの塔、ひめゆり平和祈念資料館、沖縄県平和祈念資料館、平和の礎など、まず見るべき場所がある。 そこから受け取るメッセージは、沖縄戦の悲惨さ、住民が戦場に巻き込まれた現実、そして二度と戦争を起こさないために不断の努力が必要だということだ。これは右派・左派以前に、人類レベルで多くの人が共有できる平和学習だと思う。 では、基地反対抗議活動はどうか。 基地については、「抑止力として必要だ」と考える人もいる。「基地があるから沖縄が危険にさらされる」と考える人もいる。どちらの立場にも、それぞれの安全保障観と政治的判断がある。 つまり、基地反対抗議活動を修学旅行の平和学習として扱うことは、単に「平和を学ぶ」ことではない。現在進行形の政治的争点について、特定の立場に生徒を接近させる行為になり得る。 基地問題を学ぶなと言っているのではない。むしろ学ぶべきだ。沖縄への基地集中、騒音、事故、地位協定、地域負担、安全保障上の役割、抑止力、東アジア情勢まで含めて、多面的に学ぶべきだ。 しかし、基地問題を学ぶことと、基地反対運動を平和学習の代表のように扱うことは別である。 沖縄戦の記憶を学ぶ平和学習と、現在の基地政策をめぐる政治運動を混同してはいけない。前者は、戦争と人間の尊厳を学ぶ普遍的な教育である。後者は、民主社会において当然存在してよい政治的主張だが、学校教育の場では賛否を含めて扱うべき政治的争点である。 平和学習の名のもとに、特定の政治的立場への同調を促すなら、それは平和教育ではなく政治的誘導に近い。 沖縄の平和を学ぶとは、沖縄戦の現実を直視し、そのうえで安全保障、地域負担、人権、民主主義について、自分の頭で考える力を育てることだと思う。 (元文章は棘が強すぎたのでチャッピーでマイルドにしました)



自分が知ってる米兵の未成年誘拐って、実は未成年が深夜徘徊の不良少女で、米兵は逆ナンパされてただけっていう。 子供が夜中に徘徊したらダメだからって、説教して自宅まで送り届けた話が、何故か新聞社にかかると誘拐レイプした話になったんだよね

修学旅行生が米軍基地内でエアガン使い射撃訓練 京都の高校 asahi.com/articles/ASR38…

>沖縄戦ではどんな選択をしても100%助かるという道はなかった そりゃそうとして、沖縄から本土へ老人、女性、学童を主とした約7万人が戦火を逃れるため疎開した。 対馬丸という悲劇はあったが「何をしてもバッドエンド」で済ますの雑。 それを「沖縄県民は時間稼ぎの犠牲者」という話にしたいのか。

@EwFdK8JHcUi4nL8 戦争に駆り出されたのは14歳以上。 もちろん子どもだが、当時は戦力として駆り出された。 そのルールを勝手に曲げるな。 それ以下…小学生まで学徒隊として駆り出せば生き残れたと? ふじ学徒隊とかいうレアケースで語るな。



セックスワークを否定するって結局エリート女性の論理なんだよね。マイノリティが必死な思いでやってる仕事を上からきれいごとで封じる。それが右派女性総理の下で進められてることの暴力性に気づいてほしい


Lucky Cat Cyber Goddess Series CG01 -Venus (Arcee) Color Prototype news.tfw2005.com/2026/05/20/luc…












