
◇日本テニス「この1週間」(3月30日~4月5日)
チャールストン・オープンのダブルスで加藤未唯組が4強入り
■女子ツアーのチャールストン・オープン(WTA500・米国)ダブルス準決勝で、第4シードの加藤未唯(ザイマックスグループ)/G.オルモス(メキシコ)はA.ボンダル(ハンガリー)/M.フレフ(ポーランド)に1-6、4-6で敗れて、決勝進出を逃した。シングルスでは、伊藤あおい(SBCメディカルグループ)が予選で敗れた。
■女子ツアーのコルサニータス・カップ(WTA250・コロンビア)シングルスでは、齋藤咲良(富士薬品)が予選で敗れて本戦に進めなかった。
■男子ツアーのハッサン2世グランプリ(ATP250・モロッコ)シングルスでは、坂本怜(IMG)が予選で敗れた。
■ITFワールドツアー女子の中国(W100)シングルスで、1回戦を勝ち上がった第2シードの坂詰姫野(橋本総業ホールディングス)は、2回戦でロシア選手に6-4、3-6、5-7と逆転負けした。松田美咲(エームサービス)は1回戦で柴原瑛菜(橋本総業ホールディングス)を6-2、3-6、6-3で破ったが、2回戦で第6シードの英国選手に2-6、2-6で敗れた。本玉真唯(安藤証券)も2回戦で第4シードの豪州選手に6-1、1-6、4-6で敗れた。第7シードの日比野菜緒(ブラス)は1回戦敗退。
■ITFワールドツアー男子のかしわ国際オープン(M15)が3月30日~4月5日、千葉県柏市の吉田記念テニス研修センターで行われた。シングルスでは、第1シードの白石光(SBCメディカルグループ)が準優勝だった。白石は2回戦で山崎純平(ONE DROP)を6-3、6-7(2)、7-5で、準々決勝で第7シードのビツウンテアン零朗(橋本総業ホールディングス)を6-1、7-5で下すなどして、順当に勝ち上がった。しかし、決勝では第2シードの豪州選手に3-6、3-6で敗れて、優勝を逃した。17歳の川西飛生(神奈川・湘南工大附高)が2試合を勝ち上がったが、優勝した豪州選手との準々決勝を4-6、0-2で途中棄権した。第3シードの川橋勇太(Team REC)は準々決勝で第6シードの英国選手に1-6、4-6で敗退。第4シードの今井慎太郎(エキスパートパワーシズオカ)も準々決勝で第5シードの豪州選手に3-6、6-4、3-6で敗れた。ダブルス決勝は、第3シードの齋藤惠佑(富士住建)/白石が6-3、6-4で川橋/山崎を破り優勝した。
■ITFワールドツアー男子の中国(M25)ダブルス決勝で、正林知大(Team REC)/末岡大和(エキスパートパワーシズオカ)はアイルランド/英国に4-6、4-6で敗れて準優勝だった。
■ITFワールドツアー女子の米国(W15)ダブルス決勝で、虫賀心央(フリー)/米国が7-6(5)、2-6、[12-10]で米国/米国を破り優勝した。
◇テニスと私 吉田(旧姓沢松)和子さん【第16回】
1975年ウィンブルドンの女子ダブルスで優勝した吉田(旧姓沢松)和子さん。日系三世のアン・キヨムラ(米)さんと組んでのタイトル獲得は、日本テニス史に輝く金字塔だ。67年に16歳で全日本選手権を制するなどジュニア時代から活躍して、67年から74年には国内192連勝をマークするなど輝かしい戦績を残した吉田さんに思い出を聞いた。
■ フェデレーションカップに出場
<吉田にとって1970年はちょっとしたアクシデントでスタートした。当時の新聞には「和子はシーズンはじめに盲腸手術をやり練習できなかった。それで順子をきたえ、ダブルスに目標をおいた」という父、沢松豊のコメントが残っている>
70年は盲腸(急性虫垂炎)になりました。2月だったんですが、大学の後期の試験があったので薬で散らして、試験後に手術しました。知っているお医者さんで、局所麻酔と全身麻酔のどっちにするかと聞かれ、全身麻酔でお願いしたんです。そしたら試験の時に一夜漬けをしていてあまり寝ていなかったから麻酔がものすごく効いちゃって、2日間ぐらい起きなかったんですね。それでお医者さんがびっくりして起こされたんです。手術から1か月もしない時に(シングルス4連覇がかかる)全日本室内があったんですが、それは欠場しました。
私はなんでも楽天的でなんです。盲腸の手術をしても、練習がちょっと少なくなってうれしいなとか、そんな感じだったかもしれないです。ヨーロッパ遠征に出るのはいつも5月ですから、練習不足でシーズンの準備が十分にはできなかったというのはなかったと思います。
<吉田は70年5月に女子国別対抗戦、フェデレーションカップ(現・ビリー・ジーン・キング・カップ)に初めて出場した。「女子のデ杯」として63年に創設された大会に日本は64年、65年と出場したが、その後は参加が見送られていて70年が5年ぶりの出場だった>
66年の毎日選手権か関西選手権だったと思うんですが、そこに松森加代子さんが出ていたんです。松森さんは65年のフェデレーションカップ代表メンバーで、「フェデレーションカップに出たのよ」と言われていたのを覚えています。その時にデ杯の女子版になる国別対抗戦があることを知りました。自分が代表に選ばれた時には、松森さんが出たというあの大会かと思いましたね。
フェデレーションカップは(63年創設と)歴史が浅かったから、海外の選手もそうかもしれないですけど、デ杯とは差があったと思います。あの頃の女子の対抗戦としては、アメリカとイギリスが対戦する「ワイトマンカップ」(1923年から89年まで開催)があって、そちらの方が知られていました。
(所属は当時、敬称略)
◇日本選手の世界ランキング (4月6日)
◆男子シングルス
112位(▼1) 島袋 将(有沢製作所)
130位(▼3) 望月慎太郎(木下グループ)
165位(△1) 坂本 怜(IMG)
171位(△2) 西岡 良仁(ミキハウス)
217位(▼2) 野口 莉央(明治安田)
234位(▼1) 綿貫 陽介(SBCメディカルグループ)
235位(---) 内田 海智(富士薬品)
275位(△1) 内山 靖崇(積水化学工業)
◆男子ダブルス
98位(▼5) 柚木 武(イカイ)
151位(▼3) 渡邉 聖太(ネッツトヨタ神戸)
161位(△4) 上杉 海斗(江崎グリコ)
◆女子シングルス
15位(---) 大坂なおみ(フリー)
84位(▼3) 内島 萌夏(安藤証券)
133位(△6) 坂詰 姫野(橋本総業ホールディングス)
172位(▼2) 日比野菜緒(ブラス)
211位(△9) 本玉 真唯(安藤証券)
218位(△1) 伊藤あおい(SBCメディカルグループ)
226位(△2) 柴原 瑛菜(橋本総業ホールディングス)
274位(△1) 山口 芽生(フリー)
292位(△2) 園部 八奏(IMG)
300位(▼13) 齋藤 咲良(富士薬品)
◆女子ダブルス
33位(---) 穂積 絵莉(日本住宅ローン)
50位(▼2) 青山 修子(安藤証券)
51位(△16) 加藤 未唯(ザイマックスグループ)
62位(▼2) 二宮 真琴(エディオン)
63位(▼2) 柴原 瑛菜(橋本総業ホールディングス)
89位(---) 小堀 桃子(橋本総業ホールディングス)
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