Jeff Seid
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若年期に「選択することは可能であり効果的な選択であることを表面上認識しているが、体面を勘案してあえて選択をしない」という自己正当化が習慣づいた人間の予後は非常に悪い 一見効率的な選択を続けた結果、人生の節目で本当に効率的な選択肢を認識すら出来なくなることで先々帳尻が合ってしまう

人の伸び代を測るのに、一番精度が高いのは「感謝の念」だと思っている 謙虚さや人柄の話ではなく、構造上の話として 感謝は、今の結果が自分の実力以外の要素で上振れていると腹落ちしていて初めて生まれる感情 例えば近くのゴミ箱に丸めたティッシュを投げて見事に入ったとき、自分の健康体に心から感謝できる人間はまずいないが、これは実力ではなく両親に与えられたもの 人は「当たり前に与えられているもの」ほど、それを自分の実力の一部だと錯覚していく生き物である 自分の実力を過信し、今の結果が環境や運による上振れだと気づけなくなった時、上振れボーナスは緩やかに終了し、本来の実力による結果に収束していく 恐ろしいのは、「結果は自分の実力」という価値観は一度染みついたらほぼ変わらないこと 心からの感謝は、ある意味で自分の実力を否定する思考であり、人間は真逆の価値観にそう簡単には変われない この状態に陥った人間に残された道は二つだけ ・一度底まで落ちる ・実力を急速につける ただし構造上、「実力はすでにあるもの」として陥った状況であるため、後者が進むことは非常に稀 そして過信や慢心が招いた凋落がもたらす底は、本人が想像する下限よりも遥かに深い ある種、命懸けのショック療法のようなものだが、これを経て感謝の念を持てなければもはや伸び代は存在しない 人生の構造は本当に面白いし、これを読んで「現状は自分の実力だ」と思った人こそ、ちょうど凋落の分岐点にいるのでは


ちなみに何事も最初動かつ自責化が癖づいていると、検証の面積メリットだけでなく時間軸メリットも享受できる あらゆる仕事や事業は話が大きくなる前の初動部分で秘伝のタレのベースが出来上がり、中盤以降の形が出来上がったタイミングでは継ぎ足し方法しか学ぶことができない

このへんの行動、自認の責任範囲が「組織全体のモメンタムや雰囲気」にまで及んでなければ選択肢に出ず、明らかに視座との相関がある また、自認の責任範囲が広いと担当業務の単純定量的な仮説検証だけでなく、組織領域まで仮説検証を回せるし、検証面積が違えば当然に成長速度が違う
