如月うさぎ

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如月うさぎ

如月うさぎ

@KaorumiiRabbit

東京在住。化学系弁理士。ゲンロン友の会会員。水瓶座。ひらめき☆マンガ教室8期生 嗄井戸麗

Katılım Ocak 2025
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🪷梶浦明日香・伊勢根付職人🪷
ゲンロンさんも、16年!? 実はこの4月で、私の伊勢根付職人生活も丸16年。17年目に入ります。 ここまで続いているって奇跡のようなこと。たくさんの出会いと応援してくださる皆様のおかげで今があります。
Yoko Ueda@yuvmsk

4月6日はゲンロン創業記念日。今年で16周年。明日からは17年目が始まります。ここまでこれたのもひとえにご支援くださる皆様のおかげです。ありがとうございます。 新取締役の植田将暉をはじめ、若手も活躍するようになりました。フレッシュな力と16年の蓄積を合わせて、これからも頑張ります。

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ぴんぽいんと
ぴんぽいんと@pinpoint_m·
みなさまへ もう能登に来てくれて大丈夫です。みなさまの応援のおかげで「能登の古民家宿 TOGISO」のリニューアル工事が完了しましたが、予約が入らなくて困っています。正直に言うとGWも空いてます。 今の能登の様子を見に来てください。日本海に沈む夕日を見に来てください。能登の食材を囲炉裏で調理して、能登の日本酒で乾杯しましょう。 HPから宿泊予約ができます。 togiso.jp 築90年の古民家を一棟貸切で最大11人まで泊まれます。 4/29・4/30・5/1 宿泊可能です。 また、能登半島地震後に救い出した100年前の輪島塗漆器や九谷焼を販売する「能登の古物店 TOGIZO」も併設しています。宿泊以外でもお気軽にお立ち寄りください。お待ちしています。 #TOGISO #TOGIZO #志賀町赤崎 #富来 #のと活 #今行ける能登 #能登半島地震
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ぴんぽいんと@pinpoint_m

【スタッフ募集のお知らせ】 能登の古民家宿 TOGISOでは、一緒に働いてくれる仲間を募集しています。周辺施設を含めた清掃、修繕、草刈りなど、さまざまな仕事があります。勤務地が過疎地のため、移住が前提となりますが、社宅の用意がありますのでご安心ください。試用期間は6か月で、その後は正社員としての雇用を想定しています。ご興味がある方はぜひご応募ください。 あわせてフリーアコモデーションスタッフも募集しています(宿泊施設での労働の対価として、無料で宿泊できる仕組みです)。長期滞在をお考えの方もお気軽にご相談ください。 古民家を引き継いだときから、外部から人が集まる場所にしたいと考えてきました。その姿に少しずつ近づいています。同じ方向を見て、海沿いの古民家暮らしを一緒に楽しんでくれる方がいたら嬉しいです。 ご希望の方はDMからお問合せください。

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如月うさぎ
如月うさぎ@KaorumiiRabbit·
が怒っていたのを思い出す。(多分どこかの省の国家公務員)npoの女性も強い思いを持って活動していたのだと思うけど、国家公務員だって立場は違っても命がけで裏方で働いている。イラク戦争反対と言う自由の裏で原油を確保すると言う仕事もある。その仕事に思い至らないのは想像力の欠如だよね。
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如月うさぎ
如月うさぎ@KaorumiiRabbit·
かつてイラク戦争で人質が出て国会前でデモが行われた時、非武装で現地に行った方が安全だと言うngoの女性に対し、「私達は皆の生活を維持するため(原油買い付け)に戦時でも仕事で行かなくてはいけないのだから簡単に非武装の方が安全なんて言わないで」とmixiで知り合った若い女性→
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如月うさぎ
如月うさぎ@KaorumiiRabbit·
@nekokobasiri それはしんどいですねー。とはいえ、美術館巡りがsahisaさんの元気のもとなのでしょうね。
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sahisa
sahisa@nekokobasiri·
@KaorumiiRabbit むちゃくちゃ移動してて、アレなんですけど。実は私はすぐに乗り物酔いするのです😿
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sahisa
sahisa@nekokobasiri·
三日間ぐらい頭痛がひどくて、動くのがきつかったんだけど、全力で後頭下筋群をセルフリリースしたら全くしなくなった。 持っていてよかった資格みたいな。
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如月うさぎ
如月うさぎ@KaorumiiRabbit·
同じ法律系でも弁護士だと仕事がある(必要とされている)んだね。あと会計士も。
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如月うさぎ
如月うさぎ@KaorumiiRabbit·
友達の影響でnpoに転職するのもありかもと思えてきた。どうしてもコンサルっぽい仕事に興味が行ってしまうが経験がないから難しいかな。再生エネルギーや水産関係にも興味引かれる。
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お侍さん
お侍さん@ZanEngineer·
【悲報】マンガ大国日本、終わりそう 電子化したことで、課金率、課金額の大きいオッサン向けのマンガばっかになったらしい。無料のショート動画とかソシャゲあったら、まぁそっちに流れるわな >10代の「マンガ離れ」はもう止まらない…「大人向け課金」に走った日本のマンガ界の"歪さ"を示すデータ
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如月うさぎ
如月うさぎ@KaorumiiRabbit·
お腹すいた。食事、何も作っていない。あー
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理子
理子@yoyohumibunbun·
というわけで、あれから本棚にささっている本の付箋を剥がす作業を、毎日コツコツコツコツコツコツ頑張った結果、使用済み付箋の現代アートがさらに増えました(モアレが眼に痛い…)。四枚の違いがわかりますやろか…(笑)。1/n→
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理子@yoyohumibunbun

実は本棚にささっているかなりの本がまだ付箋が貼り付いたままなんです。こちらも鋭意努力して速やかに全部の本から付箋を剥がしたいと思います。教訓。安いからといって100均ショップのフィルム付箋は粘着力が強くお勧めできません。というか、無防備に付箋を貼りまくった過去の自分を呪いたい…。2/n

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如月うさぎ
如月うさぎ@KaorumiiRabbit·
つくづく自分は保守的な人間だと思う。リスクを取れない。一番リスクを取ったのが大学でわけもわからず海外に飛び出したことで、それ以降安全な選択しかしていない。
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如月うさぎ
如月うさぎ@KaorumiiRabbit·
昨日友人と久しぶりに会えたのは刺激的で良かったけど、色々考えて混乱してくる。同世代の友人たちが転職したり、新たに何か始めているのを見て、私も何かしたいと思うんだよな。思うだけで何をしたらいいか分からない。
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如月うさぎ
如月うさぎ@KaorumiiRabbit·
福井の伝統工芸を現代風にアップデートしたデザインで売り出す試み、オシャレで面白い。 tsugilab.com
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金沢漆器 大坪直哉
【作家活動編・前編】 能作での会社員は3年持ちませんでした。
とにかく制作がしたい——その気持ちだけで、ほとんど何も考えず退社しました。 決まった時間に出社し、接客し、人間関係をうまく回すということが
どうにも性格に合いませんでした。 当時、子供はまだ1歳。
「なんとかなるだろう」と思っていましたが、今考えるとかなり楽観的です。 それでも独立後、他の仕事をせずに漆を続けてこられたのは、完全に家族のおかげです。 最初の2年間は生活が成り立たない状態でした。
何度か親にお金を送ってもらったこともあります。 原因は大きく3つ。 ① 受注の見通しがゼロ
② 値付けが安すぎ
③ 手が遅い ①は論外ですね。
独立してから仕事を探していたので、うまくいくはずがありません。 当時の仕事は、家族の紹介による結婚祝い・出産祝いの器やスプーン、修理など。
ありがたいけれど、継続的な収入にはなりません。 「月にいくら必要で、どれだけ作ればいいか」
その計算すらできていませんでした。 ②も深刻でした。
産地の卸価格の感覚のまま値付けをしていたため、安すぎる。 そもそも漆器業界の相場は、昭和からほとんど変わっていないのではと思うほど低い。
若い作り手ほど、やればやるほど苦しくなる構造です。 ③は技術の問題。
一品物の制作と、予算内で数を作る仕事はまったく別物です。 学校では一年かけて一点を作る方法を学びますが、
そのまま同じやり方では納期に間に合わない。 何度も納期に遅れ、お客さんに迷惑をかけました。 そんな状況の中、
ある社長さんが応援の意味で、お中元とお歳暮用の漆器を注文してくださいました。
それも3年間つづけて! この仕事には本当に救われました。 生活をなんとか繋ぎながら一品物の制作を続け、個展を目指します。 ある程度作品が揃ったところで、自信作を抱えて東京へ。
2泊3日で銀座や六本木のギャラリーを回りました。 いわゆる飛び込み営業です。 門前払いも覚悟していましたが、
どのギャラリーも話は聞いてくれました。 その中の一つ、銀座の『ギャラリーおかりや』では 厳しい名物オーナーに最初、ものすごい目で睨まれ説教もされました。
それでも僕は作品を広げて、 「ここで個展をさせてください!」 とお願いしました。 なぜか気に入っていただき、
売上の不安がある中でも個展を企画してくださいました。 初個展に向けて制作が始まります。 生活費を稼ぎながらクオリティの高い作品を数十点作る。
想像以上に大変でした。 それでも当時の自分なりに、やれるだけのことはやりました。 結果、目標売上には届かなかったものの、
無名新人としては十分な成果だったと思います。 「成功」と言える初個展になりました。 それ以降、おかりやでは隔年で個展をさせていただいています。 しかし、順風満帆というわけではありません。 翌年、京王百貨店新宿店での個展のお話をいただき、
お茶室で個展を開催しましたがこれが大コケ。 完全に僕の準備不足だったと思います。 さらに搬入直前に高熱を出し、扁桃腺が腫れフラフラのまま展示。
会期中も体調を崩し、途中で休むことになりました。 しかもお中元の納期とも重なり、納品も遅延。 完全にキャパオーバーでした。 その後、ガクッと気力も体力も落ち、
3ヶ月近くほとんど何もできなくなりました。 やらなければと思うのに全く動けず
気づくと横になって寝てしまうのです。 仕事のペース配分ができていなかったこと、
そして何もかも一人で抱え込んでいたことが原因です。 この時期、妻には本当に負担をかけました。 ただ、この経験で
自分の限界と人に頼ることの大切さを学びました。 そして少しずつ回復できたのは周りの人のおかげです。 久しぶりの知人が会いに来てくれたり、
友人が電話をくれたり。 少しずつ、また制作に戻っていきました。 【後編】へ続く
金沢漆器 大坪直哉@NaoyaNkn

漆を学び始めてから今までのことをまとめています。今回は輪島の研修所でのお話。 【輪島編】 研修所の試験のことはあまり覚えていません。
面接のやり取りよりも強烈に残っているのは、輪島の夜の暗さです。 旅館は素泊まりだったので夕飯を食べに外へ出ると 店がない。コンビニもない。 営業中の『ピザウイリー』を見つけ、テイクアウトして宿でモソモソ食べたのを記憶しています。 無事に輪島漆芸技術研修所・素地科へ入学し、杉平町のアパートでの新生活が始まりました。 詳しくは書きませんが、
3年間、僕は決して“素直な生徒”ではありませんでした。 金沢の大学でひと通り学んできたという、
小さくて厄介なプライド。 「もう知っている」
その思い込みが、どれだけ学びを浅くしていたか。 内心、先生方の教えを否定していたと思います。 今思えば、本当にもったいない3年間でした。 それでも得たものは大きい。 鉋・ノミ・鋸の扱い。
指物、曲物、乾漆の木地づくり。
輪島塗の髹漆法。 そして何より、故・大西勲先生との出会い。 大西先生は髹漆の重要無形文化財保持者でした。
ヒノキの曲げ輪を積層し、漆を塗る。 シンプルな方法だからこそ技術力が露わになります。 先生の作品には、
基礎を裏切らない誠実さと素材への深い愛がありました。 ヒノキの部材を設計図通りに1本1本鉋をかけ厚みを揃える。 それぞれ直径の違う輪っかに曲げ、絶妙な力加減になるよう1本ずつ接着。 その確かな仕事の積み重ねが何十年経っても壊れない木地になります。 授業は楽しくもあり、同時に強烈な緊張感もありました。
甘さは一切通用しない。特に道具の調整は厳しく指導されていました。 そして大きく良く通る声で「頭でっかちになるな!」 と何度もおっしゃっていました。 卒業後、僕は先生のご自宅(茨城)まで押しかけ、弟子入りを願い出ましたが 「俺は弟子は取らない」 と、あっさりと断られました。 それでも僕は、
勝手に心の中で師匠と決めました。 迷ったときは、 「大西先生ならどうするか」 それを基準にしてきました。 何度かお会いする機会はありましたが、
じっくり漆や曲げ輪について語り合う前に、先生は亡くなりました。 今なら、もっと深く話せたはず。 それが今も心残りです。 研修所卒業後は漆器工房には入らず、2年間輪島に残り、
注文を受けながら展覧会へ出品して過ごしました。 しかし結婚を考え始め、
独立の不安も現実味を帯びてきた頃、
金沢の老舗・能作で社員募集の話を聞きます。 僕は就職を決断しました。 理想と現実の間で、
初めて「生活」というものを真剣に考えた時期でした。 【作家活動編】へ続く

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