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"踊る実行委員長"です。
今回は"長ーい"僕の高知移住の自己紹介です。
僕は競演場のスタッフしながら現役の踊り子です。みんなに言われる、「本番踊らんき、つまらんろ?なにがえいが?」
僕は面白い。逆にこんなおもろいことしらんで、損してるで!と伝えたいくらい。
でも踊り子の楽しさや気持ちは忘れたくないから踊り子も続けてます。
私は1995年1月愛媛県西条市生まれ。
2.3歳から高知のよさこいに触れてたのでずーーーっとよさこい好きです。
いろいろ飛ばしまして、なんで高知に来たのか??
私が高知に移住したのは2018年。
当時、東京でオリンピックに向けたホテルの立ち上げ事業に従事しておりました。
その年も前年まで参加してた岡山のチームで踊りに行くつもり満々でした。
が、5月くらいだったかな?
流れてきた記事は"愛宕競演場の危機"的な内容でした。
その瞬間、何を思ったのか。
片っ端から関係機関に連絡。
全会場ひっくるめて集めてやろう!っていう今考えるととんでもないキャパオーバーなことをやろうとしてました。
どこからそのパワーが湧いてきたのかは謎。
実はその行動が批判の的になりまして、
色々ございました。(内容は対面の方にだけ伝えます)
その中で、拾ってくれたのが愛宕でした。
うちの競演場の代表は余程のことがない限りはなんでも
「やってみぃや〜」スタンスなのでたくさんのことに挑戦させてくれました。
すぐにネットでボランティア募集開始。
東京から早稲田大学から数名、同僚を無理やり休ませて連れて行き、昔いたチームの子も誘って最初は5名程度のボランティアでした。
終わった時にはすでに
"高知に引っ越そうか"と決めてました。
そこから退職届出して上司に
「高知に住みたいんで行きます!」と告げて会社を去りました。
10月高知に来た時はひとまず、無職。
片っ端から面接受けて給料の低さにまずびっくり。当時の僕は同年代に比べて貰ってた方だと思います。それでもですよ。本当に低くて親からどれだけ反対されたか。
他にも「よさこいをやりたくて」と告げると難色を示す会社がこんなにあることにもびっくり。
そんな中で次は今の会社の社長が僕を拾ってくれました。
うちの会社は当時は木曜市と日曜市だけ。
そして8月はまるまる休業というよさこい好きには堪らない高待遇会社!
ここしかない!!と決めて就職。
11月20日に働き始めてまもなく7年目を迎えます。
2020年、コロナ禍の中うちの競演場は商店街とよさこいをいい意味で分けるためにも実行委員会を立ち上げ、私が実行委員長に就かせていただきました。
年々ボランティア募集をしていると地元の方が増えてきて、いま実行委員会は最初では考えつかないくらい強靭な、アイディアマン集団になりました。
飲み会を開くとアイディアがでるわでるわ。
うちの競演場の強みは殆どが踊り子出身者ということ。踊り子がどうしたら嬉しいかわかってるメンバーばかりです。
"みんなで作る、よさこい祭り"
僕が大切にしてきたワードです。
「よさこいは常に足し算やぞ」
「踊り子ファーストの会場作れよ!」
「お前ならやれるかもしれんな」
高知に来て先輩から貰った言葉。
僕たちはこの素晴らしい、土佐の宝
「よさこい祭り」の楽しさを次世代に残すためこれからも頑張ります。
これからも愛宕競演場は、
挑戦し続けて、
踊り子ファーストの会場へ。
持続可能な土佐の夏を作るために頑張ります!
さてさて、やるぜよ!高知!

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