西倉美祝 MinoryNISHIKURA / MACAP
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西倉美祝 MinoryNISHIKURA / MACAP
@MinoryArts
京都の一級建築士。建築設計と空間のリサーチをしてます。 仕事では緻密に推測をし、Xでは楽しく憶測をしています。摂南大学・大阪公立大非常勤講師_建築的公共性= #オルタナティブ・パブリックネス _SDレビュー2018 _U35 2022_note記事: https://t.co/MqNFtky25w

親愛なる山本理顕先生、 こんなかたちでよいのでしょうか? ナチ政権やスターリン政権にまで言及され、 藤本壮介さんを「ナルシスト」「犯罪性がある」と断罪されるのは、 批評・批判の域を超えてしまってはいませんでしょうか? ご存知のように、大阪・関西万博に関しては開幕前から、反対派と賛成派が互いに批判や誹謗中傷の応酬を繰り返し、各所で不幸な出来事が起きています。 建築界のノーベル賞ともいわれるプリツカー賞を受賞され権威ある山本理顕先生のご発言は、きわめて大きな影響力を持ち、反対派と賛成派、双方の非建設的なコミュニケーションを扇動し、対立や分断を深めかねないのではないかと危惧しています。 山本理顕先生に物を申すのは、大変おこがましいことではあります。 私はこれまで、山本理顕先生の建築作品に深く感銘を受け、 学生たちとともに先生の理論と建築を読み解く勉強会も行ってきました。 また、シンポジウムでもご一緒し、議論を交わす機会をいただき、 心から尊敬してきました。 山本理顕先生のお考えやご姿勢を、私なりに少なからず学ばせていただいてきたつもりです。 そのうえでなお、このようなコミュニケーションのあり方が、この社会にとっても建築界にとっても、本当に望ましいものなのか、問いかけずにはいられません。






@MinoryArts その上で、そもそも藤本氏が万博や大屋根リングの公共性について言及している投稿や文章ってどこにあるんですか? もしあるならば前後の文脈を理解したいので教えて欲しいのと、もしないならば、藁人形論法で批判してるだけになりませんか?

公共性とは、時間を超えて人々にとって良いものとは何かを考えるべき概念なのに、 藤本さんの発言では、それが 「瞬間の快楽や共感」 に置き換わっている。 仮に今回の万博が成功した(と見える)としても、 この「公共性とは共感である」という解釈が成立してしまうと、 極論、共感から外れる奴はダメという、差別や疎外が無批判に横行することになる。 今回の万博は仮設建築だったから、共感や視覚効果が先行することが成立した(ヌルヌルもそう)けど、 長期間にわたって残り続ける建築という環境管理型権力が、 個人から発する共感程度のもので作られることは、後々社会を蝕んでいくのではないだろうか? ・・・と、解釈して読ませていただいてました。


個人的な夢と公共性は両立しないものなのだろうか? 大屋根リングは、むしろ、藤本壮介さんの個人的な夢が公共性へと開かれたからこそ、 多くの人に感動と熱狂をもたらす建築空間が生まれたのではないだろうか。




公共性は何かという事を、一時的では無く歴史的に分析しないといけないのでは。 公共性とは歴史的に絶えず問われていますし。

公共性を考える時に物理的な公共性のある空間と政治的(制度的)な公共性を分けて考えましょうということを西倉さんのnoteで勉強しました。




