史通点🐍
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史通点🐍
@Nittacanon
車とか写真とか時々ヒコーキとミリタリー/エセ測量屋/ /Leica IIIa/Зоркий-3/Giulietta



自動車盗難の一番効果的な予防方法は、高い車を買わないことです。日本人、基本ケチなのに車のことになると経済感覚バグりすぎ。










依頼があって「政治家の事務所に『AIで業務改善です!』とシステム屋が営業かけてくる現場」をこの1週間数件見せてもろたが、へーきで名簿DBとかOpenAIやAnthropicのサーバに投げさせてる案件ばかりで驚いた。自民党の議員さん、年寄り多いから危なさに気づかずホクホク顔で契約してる。かなりヤバイ。






戦国-江戸時代間で馬の大きさを知れるものとしては例として、 塵添壌嚢鈔(室町後期)に 「馬尺というは、4尺(121cm)を定めて其の上を1寸、2寸……7寸8寸という。8寸に余るをば長に余るという。長に余る大馬も多きにや」 (↑引用元資料: 行誉 [ほか]撰 ほか『塵添壒嚢鈔・壒嚢鈔』,臨川書店,1979.2. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/pid/12404955/1… (参照 2026-05-16) 古今要覧(江戸後期)には 「4尺の馬をよのつねの馬とするがゆえに是れを小馬といい、4尺5寸を中馬、5尺を大馬といい5尺より上の馬は得がたかるべし」 というのがあります。 4尺 =約121cm 4尺5寸=約136.4cm 5尺 =約151.5cm となります。 室町以前より、発掘物からわかる体高は複雑だしまとめた書物があるのでここはあえて割愛するか無視して、軍記物から取れば格別たる太平記の5尺3寸(160cmほど、甲斐の大黒、水練栗毛・塩津黒など)を除いては、とくに優れたものはだいたい 130後半-145cm(約4尺半以降から4尺8寸くらい) のあたりに収斂するので、この辺りの体格の馬がよのつねの馬や他の用途の馬ではなく、優れたよき軍馬となり、5尺(約150cm)かその少し前あたりが、限度的な大きさになると思われる。 なお、江戸後期徳川将軍の御料馬185頭の体高は中央値136.4cm、平均値136.6cmとなる。 分布の中心は133.3~139.4cmとなり、尺貫法で示すと4尺4寸から4尺6寸くらいの馬が多い。 150cm以上の馬は数頭ほどで、大雑把に江戸までやはりこんなものだと思われる。 これは、海外ではヘンリー8世の種牡馬・軍馬規定ともまあ大体一致しており、海外の馬も日本の馬も大きさという点では、そう変わらないことがわかる。 中世西洋の話をすれば、ある研究により中世の馬の多くは、地面から肩甲骨までの高さが 14.2ハンド(4フィート10インチ)未満であったことが一応示されており、馬の平均体高がそれ以前の時代よりも大幅に高くなるのは、近世(1500~1650年)になってからで、画像2枚目の研究(Post medieval までを参照)ではそれがわかるし、これは軍馬のみではないので、参考的数値ではあるが、日本の馬と平均はそう変わらないことがわかる。 そして、近世には体高のばらつきが増加し、1.2メートル未満から1.7メートル近くまでの範囲となり、そこから後の時代で現代の乗用馬や馬車馬のサイズへ徐々に近づいていくことがわかる。



@Bando0817 日本古代确实有骑兵但是日本的骑兵和欧亚大陆上的骑兵区别很大,因为日本是个岛国所以当时古代日本人和马都很矮小,日本马主要作用也是带着重甲步兵。日本不可能做到欧亚大陆那种上万人的骑兵大战。现在的日本马也是经过很多次育种改良后的。








