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𝐋𝐨𝐫𝐝 𝐂𝐋𝐗
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𝐋𝐨𝐫𝐝 𝐂𝐋𝐗
@Realuncletexx
Uncle Texxという名でやってました TMU 人文人社4年 シカゴフットワーク学派 Metropolis(@MetroDJz_tmu)代表 Juke/Footwork Producer,DJ オファーはDMで https://t.co/kYfsw0Mawj
三重→八王子 Katılım Aralık 2022
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私がこれ(映画『小学校』)を見て痛切に感じたのは、教育とはつまるところ、子どもたちを「より望ましい状態」、つまり制度が規範的に設定する「こうあってほしい子ども像」へと導く営みにほかならないという、ある意味で自明の事実である。だが問題は、この「望ましさ」がどこで誰によって規定されているのか、そしてどのような力学によって子どもたちの身体と内面に浸透していくのかが、学校という制度環境の内部ではほとんど問い返されることがない点にある。この映画においても、その前提は不問のまま維持されている。
つまり、学校教育における「望ましさ」はすでに所与の前提として固定化されており、その前提そのものを吟味したり、反転させたり、あるいは逆走してみたりする回路は、少なくともその制度の内部では確保されていないのである。
このような学校教育の中では、「望ましさ」という前提がまるで土壌のように敷かれ、そこから伸びてくるものが「主体性」や「自主性」として結実する。教育の意義や目標を語る際、ほぼ例外なく掲げられるこれらの語は、表面的には、生徒が自らの意志で学び、行動し、成長していくという、自律(あるいは自立)のイメージをまとっている。
だが、ここで語られる「自主性」とは、実際には、生徒が教育制度の内部であらかじめ設定された「望ましさ」を自分の内側に取り込み、それをあたかも自分自身の欲望であるかのように引き受け、その実現へ向けて努力することを意味しているのである。
たとえば、教師が「自分で考えて行動しなさい」と促すとき、多くの場合そこで言われる「考える」とは、制度が求める正しい行動を自力で選びとることを意味している。つまり、生徒は自発的に判断しているつもりでも、選択肢の幅や方向は、制度によってすでに形づくられているのである。
このとき教師は、生徒に望ましさを露骨に押しつけるのではなく、生徒が自らその望ましさを選んだと思えるように導く存在として肯定される。命令せず、生徒に判断させ、生徒自身の動機として望ましさを抱かせる教師こそが、「よい先生」として評価されるのだ。
しかし、まさにこの構造こそが、教育においてもっとも深い地点で暴力性を孕んでいる。なぜなら、強制を表に出さず、自由の名のもとに望ましさを内側へと滑り込ませるこの操作は、子どもの内面を管理の回路に組み込み、規律訓練の枠組みをより精密な形で主体の内部にまで延長し、きわめて不可視で不可逆的な影響を及ぼすからである。
今日の学校を特徴づけるのは、近代以降の規律訓練(discipline)型の指導が依然として残存しつつ、その外側を包み込むように、新たな環境管理型(=直接的な指示ではなく、学習環境そのものをデザインし、子どもが自発的に望ましい行動を取るよう誘導する技法)の指導論が重ね書きされている点である。教師の指示通りに「前にならえ」で一斉に動く集団性や、時間割・号令・姿勢といった身体を微細に規定する規律の技法は、いまだに多くの学校で日常的に作用している。しかし、効率性や合理性の観点から見れば、こうした集団的統制の方法は柔軟性に乏しく、運営の要請に必ずしも勝手よく適合するものではない。
そこで登場したのが、「主体的に動ける個人」を育成するという新たな論理である。「自分で考え、自分で判断し、自分で動く」という個人像が、教育の理想モデルとして掲げられる。これが、今日の教育改革文書にも繰り返し強調される「主体的な学び」であり、生徒一人ひとりが自己決定し、自己計画し、自己実現していくことが、教育の最適解として提示されている。
しかしそこで浮上するのが、この「主体的」モデルとの相性が悪い子どもたちの存在である。意欲を示さない、計画を立てない、判断を誤る、時間が守れない、周囲に合わせられない——そうした生徒たちは、これまでの規律訓練の文脈では「指導すべき問題行動」を起こす対象として扱われてきたが、しかし今日では、彼らは「適切な配慮」の名のもとに別の場所へ導かれ、環境調整のためのゾーニングの対象となる。
つまり、「主体性」の語が想定する理想像に馴染まない生徒たちは、もはや従来型の厳しい指導の対象として扱われるのではなく、配慮、個別最適化、特性理解といった「正当な」名目によって、正規の指導の枠組みからそっと外されてしまう。こうして、制度が求める主体性を体現できない生徒は、このプロセスの中で不可視化され、制度が効率よく回る領域だけが優先的に保全される。そうした変化のことを、私たちは今日「多様化」と呼んでいるのである。
daiwa-log.com/magazine/toba2…
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映画『転がる石(2026/13/日本)』
監督:大原岳夫
製作:株式会社 Garakuta Cinema Guild
に、撮影・録音・照明で参加させていただきました!
現在無料で観られますので、是非ご覧ください!
『転がる石』
vimeo.com/1182564764?fl=…
Garakuta Cinema GuildのHP
garacine.com
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これで連想したソニーの件:
2005年に、PSPのキャンペーンでソニーが街中に「ストリートでもクールなPSP」的な意匠のグラフィティを描かせたのだが(ソニーは当初これを主導したことを伏せていたため普通にステマの側面もあった)、すぐにストリートの側の反感を買い、ご覧の通りの有様になった



(๑•̀ㅂ•́)و✧xx55gxxだよ@xx55gxx
実際に見に行ったら、ギルティ炭酸NOPEの宣伝ステッカーにグラフィティ界隈が礼儀正しくアンサーしてた🔥
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宅録さんでもあります
リンクから曲も聴けるし詞も読めます
DLという名のおひねりもできますよ
tomis1.bandcamp.com
#GWはフォロワーが増えるらしい
#ゴールデンウィークSNS展覧会2026
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こういうナイトスクープがギリギリ取り上げなさそうなやつ好き
SNSで報告多数!怪文書の差出人「増田大地」とは誰か?|モサド太郎
note.com/wise_crane3457…
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TOKYO 明日、最高のスタイルで来い、いざ決闘へ︎ ⭐︎ GET READY 2 DUEL ⭐︎︎︎︎
2026 - ARENA OF WORKZ FOOTWORK TOURNAMENT VOL.4
5/3(SUN) at 新宿 @tokyo_space
DJs : @tasoteklife,Paypal,@weezytheera,@TEDDMAN_,@moemiki_
Judges : @theerafootwork Collective
MC : Kent Alexander 2026 @kent045

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米国の分断の克服を模索し、トランプ支持者や保守派と対話を重ねてきたホックシールド教授の貴重なインタビュー。客観的には人々の生活を痛めつけているのに、それでもトランプが支持される背景を「感情の捕獲」から分析するなど、示唆に満ちています。一部分だけが拡散されているようですが、全文を読んでほしい内容です。24時間無料リンクです。digital.asahi.com/articles/ASV4Z…
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KYOTO 今夜 : 15 YEARS OF TEKLIFE
WEST HARLEM @ColorsCabaret
@tasoteklife
@weezytheera
@djfulltono
@_ntank
@lovelyrimich
10PM OPEN
DOOR 2,000JPY
Under 23 1,500JPY
(+1D for all entrance)

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