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みどりちゃん
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みどりちゃん
@SecondSeason0
日本聖公会(サーバー、聖歌隊)、聖書研究、フルート演奏、読書(ライノベ)
Katılım Ekim 2023
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「今から弟子たちとペテロとの所へ行って、こう伝えなさい。イエスはあなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて、あなたがたに言われたとおり、そこでお会いできるであろう、と」。 女たちはおののき恐れながら、墓から出て逃げ去った。そして、人には何も言わなかった。恐ろしかったからである。
マルコによる福音書 16:7-8 口語訳
だったらなぜこの話は伝わったんだろう。婦人たち以外の人が墓を見たから?そこにイエスが収められてたのを知ってた人が?
墓の中にいた天使みたいな人が言い広めた?非常に大きかった石をこの人一人でどかしたのか。
(続き)
「この後、そのうちのふたりが、いなかの方へ歩いていると、イエスはちがった姿で御自身をあらわされた。 このふたりも、ほかの人々の所に行って話したが、彼らはその話を信じなかった。」
マルコによる福音書 16:12-13 口語訳
これどう見てもルカのエマオの話だね。ルカが書き終わってから誰かが書き足したのか。
前にも書きましたが、イエスが墓の中から「携挙」されていたのなら、誰にも会う事はない。でもそれだと「復活」にはならない。肉体を伴って生き返って、誰かに発見されない限りは。パウロが言ってるのは「霊視」か「集団幻覚」みたいなものだから(使徒言行録のは「幻聴」)、それも復活ではないのだが。
日本語

また久しぶりに仕事中にひま任せにWEB読んでたら、こないだここで書いた「姦淫の女」の事が触れられていた。ほとんどの写本ではそれは抜けていて、それは後世の誰かがヨハネに代わって書き足したと断言している。
昔その箇所を私が調べた時には、その姦淫の女の部分を抜くと、前後で話がかみあわないのに気づいてたのだが。
「さて、下役どもが祭司長たちやパリサイ人たちのところに帰ってきたので、彼らはその下役どもに言った、「なぜ、あの人を連れてこなかったのか」。」
(省略)
「彼らは答えて言った、「あなたもガリラヤ出なのか。よく調べてみなさい、ガリラヤからは預言者が出るものではないことが、わかるだろう」。〔 そして、人々はおのおの家に帰って行った。」
ヨハネによる福音書 7:52-53 口語訳
(姦淫の女の部分取っ払う)
(そこでイエスは身を起して女に言われた、「女よ、みんなはどこにいるか。あなたを罰する者はなかったのか」。 女は言った、「主よ、だれもございません」。イエスは言われた、「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」。〕
イエスは、また人々に語ってこう言われた、「わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう」。 するとパリサイ人たちがイエスに言った、「あなたは、自分のことをあかししている。あなたのあかしは真実ではない」。」
ヨハネによる福音書 8:10-13 口語訳
姦淫の女を省いたとき、続くイエスの言葉は一体「どこで話してるんだ?」
姦淫の女の場面があれば、そこはエルサレム神殿の庭園だと分かるのに
いきなり場面が変わっていないか。
前の章では祭司長やファリサイ派のいる、つまりサンへドリンだろう。そこからいきなりイエスの発言が続く。
おかしいとは思いませんか?
なぜそう言う結論にしたがるのか。
確かによく言われてる、姦淫の女の箇所だけ他と文体が違ってるみたいだと。
でもそれはこの箇所を書いていた誰かさん(だれ?)が、同時に他の人の書いた記事を引用しただけでは、時差もなく。
つまり
「何隠してやがるんだ
おらおら
おらおら」
そんなとこばかり目についてしまうので
最近聖書が読めなくなった。
日本語

君の名前 呼ぶの
響く綺麗な 旋律
遠く蘇る日々の記憶が
同じ景色を彩る限り
Gloria... 見せてよ 窓の外
未だに 不思議な世界
いずれ変わるはずの
遥か彼方への歌
繰り返す日々の祈りが
この苦しみを伝えてく魔法
Gloria... (Gloria ねえ Gloria?)
「Gloria 閉ざされた世界の中で」の歌詞。
「くりかえすひびのいのりがこのくるしみをつたえてくまほう」
私は人々が神社などで現世利益みたいなのを拝みに来るのを、低俗だ、信仰が浅い
とは思わない。
変な話、いわしの頭に願い事言ってようとも
それは高貴な行為である。
むしろ毎週毎週祈祷書読んで、同じ祈祷文「使徒心経」とかをみんなと口合わせて祈るとか、
共同懺悔で毎週同じ文句を繰り返し唱えてるよりは
はるかに高貴である。
苦しい
つらい
死にたい
助けてくれ
そんな切実な願い事が、
どこに向けて語られようとも、必ず
同じ神様に向かうはずである。
これまでの人類の歴史でどれだけの数の「祈り(願い)」が語られてきたことか。
そのうちどれだけの願いが叶われた事か。
神がいようといまいと、そんなわずかな可能性しかなくても、
我々は祈らざるを得ない。
苦しい
つらい
死にたい
助けてくれ
きっと全ての願い事は
神様の所で記録されてるはずである。
そのはずである
Gloria
日本語

「わたしたちが知っているとおり、律法なるものは、法に従って用いるなら、良いものである。 すなわち、律法は正しい人のために定められたのではなく、不法な者と法に服さない者、不信心な者と罪ある者、神聖を汚す者と俗悪な者、父を殺す者と母を殺す者、人を殺す者、 不品行な者、男色をする者、誘かいする者、偽る者、偽り誓う者、そのほか健全な教にもとることがあれば、そのために定められていることを認むべきである。 これは、祝福に満ちた神の栄光の福音が示すところであって、わたしはこの福音をゆだねられているのである。」
テモテヘの第一の手紙 1:8-11 口語訳
律法は正しい人のために定められたのではないのですか?
じゃあ正しい人はどうやって自分が正しいことしてるのかを判断できるのか。
ごちゃごちゃ書いてるけどつまりは、律法はただ罪人を罰する項目が書き並べられてるだけ、と読める。
結局神とは人の願いを叶えてくださる方ではなく、罪を犯した者を罰するためだけにある、そしてその罰則集が律法であると言ってるみたいに見える。
それは偏見である。いまだにファリサイ派の末裔たちは、旧約聖書の内容を信じて暮らしている。
目についた時に、あれ?パウロ関係なのに律法をいいものとしてほめてるんだと、勘違いしてしまった。結局は「皮肉」に過ぎないのか。
日本語

「「ある金持ちがいた。いつも紫の衣や柔らかい麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。 この金持ちの門前に、ラザロというできものだらけの貧しい人が横たわり、 その食卓から落ちる物で腹を満たしたいものだと思っていた。犬もやって来ては、そのできものをなめた。 やがて、この貧しい人は死んで、天使たちによって宴席にいるアブラハムのすぐそばに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。 そして、金持ちは陰府でさいなまれながら目を上げると、宴席でアブラハムとそのすぐそばにいるラザロとが、はるかかなたに見えた。 そこで、大声で言った。『父アブラハムよ、わたしを憐れんでください。ラザロをよこして、指先を水に浸し、わたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの炎の中でもだえ苦しんでいます。』 しかし、アブラハムは言った。『子よ、思い出してみるがよい。お前は生きている間に良いものをもらっていたが、ラザロは反対に悪いものをもらっていた。今は、ここで彼は慰められ、お前はもだえ苦しむのだ。 そればかりか、わたしたちとお前たちの間には大きな淵があって、ここからお前たちの方へ渡ろうとしてもできないし、そこからわたしたちの方に越えて来ることもできない。』 金持ちは言った。『父よ、ではお願いです。わたしの父親の家にラザロを遣わしてください。 わたしには兄弟が五人います。あの者たちまで、こんな苦しい場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください。』 しかし、アブラハムは言った。『お前の兄弟たちにはモーセと預言者がいる。彼らに耳を傾けるがよい。』 金持ちは言った。『いいえ、父アブラハムよ、もし、死んだ者の中からだれかが兄弟のところに行ってやれば、悔い改めるでしょう。』 アブラハムは言った。『もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。』」」
ルカによる福音書 16:19-31 新共同訳
金持ち何か悪いことしたか?ぜいたくに遊び暮らしてたんなら、少なくともお金の流通に貢献していたのでは?どこにも罪に当たるような事が書いていない。
ただ金持ちだからと言う理由だけで地獄行きなら、兄弟たちもみんな地獄行きで、何の対処もないし、
金持ちと言うだけで、モーセと預言者、つまり旧約聖書の内容に耳を傾けていないとは
断言できないし、悔い改めていないとも決めつけれない。
死者から生き返る者の言う事を聞き入れないとも決めつけれない。
お金持ちはそれだけで罪人なのか。
そもそもルカではラザロはこんな酷い目にあってたのか(笑)あくまでベタニアの名前を出さない姿勢に疑問を抱くわたし。
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EXCLUSIVE-イラン最高指導者、濃縮ウランの国外搬出禁止と政府高官 協議不透明に
topics.smt.docomo.ne.jp/article/reuter…
永久に終結しない。「最終段階に入っている」をまともに信じる人がまだいるのか
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@qsfkbwIhuWLhnjI @task_fortress そもそも駅で宗教行為そのものも悪いが、人に迷惑をかけないことが本来の禁止事項である。
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@qsfkbwIhuWLhnjI @task_fortress 二人だけに見える。これは集団なのか。あと知らない人が見たらこれが宗教行為だと思うか。モスクの方向へ祈るから彼ら以外は見当たらないのと
そんなに通行客の邪魔にもなっていない。
つまり「イスラム教徒は出て行け」と言いたいだけなのかこの動画は。
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@qsfkbwIhuWLhnjI @task_fortress だから石づくりの教会燃やしても仕方がないでしょ。建物は全焼なんかしない。内装燃やして何がうれしいん?
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トランプ氏、キューバに強硬姿勢 「ならず者国家を容認せず」
topics.smt.docomo.ne.jp/article/reuter…
私にとってならず者とは、軍事力によって他国を制圧しようとするものを指す
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「アリス・リローディッド」を読んでて思ったしょうもないこと。
イエス様は「アホの子」だったのではないか。方々から苦情が来そうだ。
確かに12歳の頃には「神童」と呼ばれてたかも知れませんが、その後全く資料が残されてないのは
「モブになった」から。
故郷のナザレの会堂で確か説教したはずである。それを聞いた村人が驚いてた。つまりそれは
「マリアの子であり、私らもよく知ってる
あの子がこんな事を話すなんて」
周りからどう思われてたか知らないが、村人らの驚きはこうだ。「あの昼あんどんな子がこんな事を話すなんて」
「気が狂ったと思ったからである」
でもそんなイエスが狂ったような描写はマルコでは書かれていない。
逆に考えると、もともと大したことのない奴と思われていた子が、あまりにも変わり果てたので
「イエスどうしたんだ何かいつもと違って、おかしくなったのか」
正常な人が頭がおかしくなったから気が狂ったと言われたのではない。
元々うだつのあがらんやうな野郎が人が変わったような「聖者」になってたと言う
パラドクスである。これも洗礼時の聖霊によるものなのか。こう考えたら納得した。
さて寝るかな。
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@sciencegirl @tvPJZqolYNe8gaT 関係ないかも知れないが、昔鴨川で河原の地面がなぜかすり鉢状になってて、その中で一羽のスズメがのたうち回ってるのを見た。
砂浴と言うものかも知れない。砂浴びに夢中になってて、近くまで私がいても気づいていなかった。
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