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《Wicked FOR GOOD》7.1/10
良い映画であり歪んだ映画でもある.反知性主義による国家構造を変革するべく二人の魔女の運命が悲しく交差する姿は情感溢れるし,楽曲の配置も前作より熟れている.一方で扱う命題への誠実さと原作合流による歪みが衝突し,語りの純度なる点では取り零しの否めない仕上がりか.
作品全体の仕上がりという点ではさしたる文句もなく,二作を通した命題に対する着地点にも充分な納得感がある──元を辿るとWickedは湾岸戦争を受けて制作された,当時の差別問題とそれが常態化した腐敗政権下の世界を巧妙に取り扱ったミュージカルである.(ほとんど四半世紀前に制作された作品で問題提起される社会問題が現代社会においても未だに通じるというのはなんとも悲しい話だが……)
故に前作は無知な少女達が社会構造の悪しき真相へと歩を進めて選択を迫られる,ある種 決定的な破綻をゴールとした幼年期の終わりだった訳だが,翻って本作は主義思想による抵抗の敗北が前提にある上で二人は何を選び取るのかという話をしている.
たとえば物語の冒頭で孤独な抵抗運動の道を選んだエルファバはさながらヒーロー映画の主役のように現れて奴隷を劇的に助けるが,間もなくそんな過激な運動に巻き込むのはやめろと,構造に虐げられる立場の動物達から遣る瀬無く冷水を浴びせられる.
一方で内側から構造を変えようと志すグリンダは無知で馬鹿なお飾り同然の扱いであり,与えられた技術を魔法と偽ることで特権階級の甘い蜜を啜る現状から上手く動けずにいる姿が幾度も描写される.
あくまでも理想主義とは力ある者が掲げられる理想めいた主義でしかなく,現実主義を選ぼうと構造の中に身を置く以上は少しずつ意義や思想は易き方へと自然に流れていく──彼女達は自ずと妥協を選ばざるを得ない状況へと誘導されていくのである.
正しくこの感触はディストピアSFのそれであるし,前編から続く絢爛豪華で幻想的な美術は自覚的に都合よく演出された世界像として存在感を強固にしていくのは空恐ろしさを感じさせる──その極点も言えるWonderfulは疑いの余地なく敗北の一幕であって,ミッドポイントまでの物語の没入感という点では圧倒的に前作よりも本作が優れているだろう.
しかし本格の肝はそこからであり,仕組まれた善と悪の対立構造の中で,2人が"約束"へと行き着く流れは腑に落ちない点が多くありながらも表面上は誠実である. だから──それでもちゃんと考え続けること,という途上だからこその肯定は,最終的に二人がそれぞれ得た物を踏まえ まだ戦い続ける価値があると観客に対してそれを訴えかける力強さがあったと言えるだろう.
──と,全体をサラリと参照してこうは言うものの,本作に欠点や歪みがないかと言うとそれは嘘であり,個人的には名作と言うには及ばない一作だと考える.
本作はオズの魔法使いという原作ありきの作品なわけだが,この原点の合流に辻褄を合わせる為に強引な感情の交差や展開が相次ぐのはどう考えても無視できず,あまりにも作中の悲劇を客体化させることで本作が寓話であることを事更に意識させすぎてしまうのである. これは二人の魔女の主義思想とは無関係に人々が求める絶対の"物語"が良くも悪くも形成されてしまうという話でもあるのは理解できるが,いや,それにしたってである.
形成される物語を他所に,為政者またそれに準じる立場の人間による内向的な物語が世界の全てを左右するような流れは,むしろリベラル・エリート主義な側面を持ち合わせているようにも感じさせてしまう.これを強く感じるのは民草に広がる変革があまりにも薄っぺらなそれである点にも起因し,愚衆は最後まで愚衆の域を脱することが特にないからだ.
たしかに被差別層の内心が語られる場面はあるが,なんとなく差別を前提とした構造に乗っかる民草が宿す機微には一切触れられずに,対話を選び物語で訴えることで結論だけを描くのはやや陳腐だろう.
彼女達の思考の日々は終わらない──とする上で,類型的な和解の図を見せるのは果たして誠実な途上の画なのかという疑問は拭えず,二部作という尺の締めとしては粗末さすら感じる納得の乏しさだ.
また無垢な少女を世界観の為の舞台装置として扱うことを葛藤の余地なく看過し,その恩恵をほとんど搾取するような形で社会を物語という嘘で変えるというのは,作中の例の詐欺師と何が違うのだろうか?
国家を形作る国民の意識はそのままに行き着いた この変革は所詮は張りぼてであり,考え続けることの重大性とそれが齎す希望を思わせると同時に 思考なき民草ゆえに二の舞になるのはそう難しいことではない──という始末はどうも歯切れが悪い.
よって納得と不服が同居した感慨に行き着いたのだが,これもまた考え続けることが肝要なのだろう.
#Wicked #forgood

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