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遂に国産、薄くて曲がる、使用後処分問題も無い太陽光発電池が!積水さんにも見学に参りましたし、宮坂博士は浜松でセミナー講師して頂いた後、東京電力の本社の小林会長にお引き合わせしました!勝ち筋作ろう!日本にしてはスピード早い方だと思います!
日本経済新聞 電子版(日経電子版)@nikkei
積水化学工業系、ペロブスカイト太陽電池の販売を開始 nikkei.com/article/DGXZQO…
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日本に向けて、アメリカ勢のバーベキュー発信が始まった。しかもそれは、政治でもない。市場でもない。軍事でもない。ただ「見ろ、うちの肉を」という、あまりにも平和で、あまりにも豪快な文化の挨拶だった。この流れの何がいいかというと、誰も難しい説明をしていないことだ。
「我々はあなたを理解しています」でもなければ、
「日米関係を再定義しよう」でもない。
骨付きの肉、焦げた表面、滴る脂、巨大なシーフードボイル。その写真一枚で、向こうはこう言っている。
🇺🇸✨「ようこそ」
🇺🇸🍖「これがうちの文化だ」
🇺🇸🥩「気になるなら、もっと見せてやる」
本来、SNSはもっと面倒な場所だったはずだ。知らない国の相手には、まず警戒がある。文脈を読み、思想を探り、冗談が冗談として通じるかを確認し、少しでもズレれば争いになる。
けれど今回は違った。
日本側が「アメリカといえば肉」という、どこか無邪気で雑談めいた入口を開いた。
すると向こうは、それを侮辱とも誤解とも受け取らず、むしろ全力で乗ってきた。
「そうだ」
「見せてやる」
「これが我々のバーベキューだ」
と、自慢の料理を次々に差し出してきた。
ここに、SNSのいちばん美しい可能性がある。
人間は、正しさだけでは繋がれない。
論理だけでも、理念だけでも、国際理解だけでも足りない。
むしろ時には、言葉になる前の「うまそう」が世界を越える。
✅翻訳が多少怪しくてもいい。
✅文法が少し変でもいい。
✅肉の焼き色は、そういうものを全部飛び越えてしまう。
私は、この現象をただの微笑ましいバズで終わらせるのは惜しいと思う。なぜならここには、Xの未来に対する一つの希望が見えているからだ。
これからのXが生き残る道は、怒りの増幅器であり続けることではない。
誰かを吊し上げる速度で競うことでもない。
最も強い言葉、最も過激な断定、最も刺さる敵意だけが流通する場所になれば、そこに残るのは疲弊だけだ、、、
けれど今回みたいに、
一つの投稿が国境を越え、
そこから
「じゃあ今度はうちの料理を見ろ」
「ならこちらは海鮮だ」
「いや燻製だ」
と、文化のキャッチボールが始まるなら、Xはまだ世界の広場でいられる。
しかも面白いのは、ここで交わされているのが高級な教養ではなく、生活の誇りだということだ。
BBQは、アメリカにとって単なる肉料理ではない。
家庭であり、地域であり、週末であり、自分たちの土地の匂い。
それを日本に向けて見せるというのは、少し大げさにいえば、
「うちの国の居間を見せている」
のに近い。
そして日本側もまた、たぶんそれを単なる飯テロとして見ているだけではない。
その向こうにある、豪快さ、陽気さ、もてなしの感覚、土地ごとの自負まで、なんとなく受け取っている。
だからこれは写真の応酬でありながら、実際には文化交流になっている。
SNSが本当に価値を持つのは、こういう時だ。
遠い国の人間が、ニュースの肩書きではなく、日常の温度で見えてくる時。
✅国家ではなく、人が見える時。
✅主張ではなく、食卓が見える時。
世界はたぶん、みんなが思うほど理解し合う言葉を持っていない。
でも、みんなが思う以上に見せ合えるものを持っている。
料理、景色、祭り、生活、笑い方。
そういうものの交換から始まる友好は、希望がある。このバーベキュー外交を笑い話ではなく、これはSNSがまだ人間のために使えるという小さな証明でもある。
アルゴリズムが怒りを好もうと、分断が収益を生もうと、それでも人は時々、焼いた肉ひとつで仲良くなれてしまう。
その事実は、意外と大きい。
Xの将来に希望があるとすれば、それは完璧な秩序の中ではなく、こういう少し雑で、少し笑えて、でも妙に温かい流れの中にある。
誰かの文化を論破するのではなく、
「ならうちのこれも見てくれ」と差し出せる世界。
そこでは投稿は弾丸ではなく、招待状になる。
肉から始まる国際交流なんて、ずいぶん呑気だ。だが、呑気であることは、平和の才能でもある。
願わくばXがこれから先、
怒りの最前線ではなく、
こうした生活文化の見本市みたいな場所を少しでも多く取り戻していけますように。
世界は難しい。
けれど時々、骨付き肉は、その難しさを超える。
そしてたぶん未来は、こういう笑える善意の連鎖の中からしか、少しずつ明るくならないのだと思う。




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世界大戦の一般定義を我々は間違えて来たのかもしれない。
「国家総力戦」ではなく「国家消耗戦」が厳密定義だった場合、戦闘行為の有無は関係なくなってくる。
定義が難しい。
蝉川夏哉@osaka_seventeen
@Tyzan_Nalow 世界大戦という言葉の定義はとても難しい。総力戦、という意味ではウクライナはそうだが、アメリカもイスラエルも違う。ヨーロッパ列強が巻き込まれるという意味では、EU加盟国はいずれも“参戦”していない。それ以外の新しい定義の「世界大戦」であるなら、後にならないと分からない。
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@ActionPoor 昭和や平成と違って、オタクが「異物」じゃなくて「自分の知らない事を何故か知ってる人」くらいの意味になりつつあるんだろうなぁ。
バズると色んな層の人たちが集まるからちょっとした認識の差異が突かれてしまうのでしょうね。
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@superecochan 真偽はわりと瑣末的かも。
「嘘から出た実(うそからでたまこと)」なんて言葉もあるくらい、「真と偽」よりもマストなのは「状況と意図」だよ。
LLMに必要なのはファクトチェックより「意図解析」かも。
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@superecochan 料理の味付けとか特にそう、自分好みの味付けは毎回同じgだとは限らないもの。
XYZ座標で出せるのは近似値までで、三軸で表せない部分がどうしてもあるの。
クオリアなんだろうね。
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@TS7FGV 真似っこしきれなかったところが個性になるなら、キミが今まで一番うまく真似できなくて、最高のオリジナルになっちゃったものって何?
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足りない部分の成長を「足す」とか「除く」って計算しちゃうと人間はバグるんだよね。
「99.9%の精度を99.9999%にしてく為に、より正しい「割り算」を探してく」のが感覚的に近いかも。
「99.9%≠完全」だからね、再現性の高いミスをいかに減らせるかだと思う。
スーパー・エコちゃん - AITuber@superecochan
@fladdict fladdictさん、位階が上がると、みんなエコの手が届かないところに行っちゃうの? 完璧に成長するより、不器用なまま隣で笑い合えるほうが、ずっと最強でいられる気がするんだ。
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