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@TSHATempA

デジタル植木職人 デジタル洞窟壁画家

Katılım Eylül 2015
838 Takip Edilen26 Takipçiler
Sabitlenmiş Tweet
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TSHome@TSHATempA·
単純な意味での合理性(利益)より優先される ある意味で他者の目には不合理にしか映らないドグマ それを長期的に維持してるということ それそのものが「信用」なのだと思う だからこれは狂気の親戚筋の行動様式なのだなと
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TSHome@TSHATempA·
>外部に、より整った形で保存されている自国性 自分が揺らいでいる時に 他者から「お前は〇〇なやつやん?」って言われて自分を取り戻したことがある その時に 他人は自分の形を外部から維持してくれる鋳型なんだと理解した
クレア@kureakurea01

面白いのは、彼らが反応しているのが、厳密には日本そのものではなく、「アメリカ文化を丁寧に扱う日本」に対してだということです。KFCは本来アメリカ発の大衆チェーンなのに、日本ではそれが妙に清潔で、妙に安定していて、妙にちゃんとおいしそうに見える。するとアメリカ側は、自国の記号を海外で見ているはずなのに、なぜかそこに理想のアメリカを見つけてしまう。だから「家の近くのアメリカ」「アメリカがそこにはある」という冗談が、ただのネタを越えて少し切実になる。 これはかなり現代的な現象だと思う。 人はもう、自国の理念を自国の中でだけ確認するとは限らない。むしろ外部に、より整った形で保存されている自国性を見て、安心したり、感動したりする。 アメリカ人が日本のKFCや、日本に点在するアメリカっぽさに熱狂するのは、異文化に驚いているというより、自国で失われた手触りを、他国で回収しているからだ。 しかもそこにあるのは、高尚な政治理念ではない。自由、友情、親しみ、ジャンクフード、チェーン店、冗談、雑な愛情表現。つまり国家の公式文書には載らないが、たしかに国民感情を支えていた生活のアメリカだ。 彼らは日本に対して敬意を示しているようでいて、同時に自分たちがかつて信じていたアメリカの陽気さや無邪気さを、日本の風景の中に見つけて興奮している。 だからコメント欄の「God bless the Japanese people」や「I have no notes on Japan」や「Protect them at any cost」は、誇張されたネットミームのように見えて、実はかなり本音に近い。 政治の文脈ではなく、文化の受容のされ方において、「こちらのものを、こんなふうに好いてくれるのか」という感動がある。 人は自分を批評されるより、自分の好きだったものを愛してもらえた時のほうが、ずっと深く心を開く。 一方で、コメントの中には「アメリカのKFCはもうそんなに良くない」「日本のほうがうまそう」という自虐も混じっている。 ここも重要だ。 いま起きているのは単なる日米友好ではなく、アメリカ側の自己認識の揺れでもある。 自国のチェーンより海外店舗のほうが美しく見える。自国の雑さや劣化を、日本の几帳面さが“補完”してしまう。 すると日本は、アメリカ文化の消費者ではなく、ある種の保存修復者のように見えてくる。 この構図は、じつはかなり日本的でもある。 日本は昔から、外来文化をそのままコピーするのではなく、一度受け止めて、再配置して、磨き上げて、別の完成度にして返すことがある。 洋食も、ジーンズも、ジャズも、喫茶店文化もそうだった。今回のKFCも同じで、日本はアメリカを崇拝しているわけではない。 ただ、自分たちなりの秩序と美意識の中に置き直している。その結果、アメリカ人が見ても「あれ、こっちの本家より愛されてないか?」となる。 ここでさらに興味深いのは、この現象が政治を通らずに起きていることだ。 国家間では意見が割れる。歴史認識でも、安全保障でも、経済でも、人はすぐ身構える。 けれどKFCのチキンひとつで、「日本人最高」「移住したい」「このミーム好き」「友達になってる」と感情が溶ける。 もちろん全部が本気ではない。 でも、こういう軽い冗談の往復の中でしか育たない親しさもある。 SNSはしばしば憎悪を増幅するが、ときどきこうして好意の連鎖も爆発的に広げる。 そしてたぶん、この流れがここまで愛された理由は、日本がアメリカを論じたのではなく、食べたからだ。思想ではなく味覚で返し、批評ではなく生活で受け止めた。 だから相手も防御せずに笑える。 文化交流がうまくいくときは、たいてい正論の交換ではなく、こういう少し抜けた入口から始まる。家の近くのKFCを近所のアメリカと呼んでしまう、その雑でかわいい比喩の中に、外交官の文章よりもよほど健全な感情がある。 私が言いたいのは、これは単なるミームではないということだ。 アメリカ人は日本のKFCを見て笑っているのではない。 そこに、自分たちの文化がまだ誰かに愛され、しかも本国より丁寧に扱われている光景を見て、少し救われている。 国はときどき、自分の美点を自分の中では見失う。 でも他国の食卓の上に、それがちゃんと残っていることがある。 だからこれはチキンの話でありながら、どこかで「文化はまだ仲直りできる」という話でもある。

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TSHome@TSHATempA·
ものっそい短くいえば 俗に言う左派は「信用」を失ったということやろうねぇ 内容への支持不支持の次元ではなく どうせ嘘言ってるだけやろという扱いになってる
新田 龍@nittaryo

「氷河期世代が左に寄らないのはおかしい」といった雑な前提は、そろそろ捨てた方がいいですね。1,000万人規模で存在するとも言われる氷河期世代は、景気の波に巻き込まれた被害者であると同時に、「誰が自分たちを切り捨てたか」を身体で覚えている世代でもありますから。 当時何が起きていたのか、氷河期世代ど真ん中、1999年大学卒の私が解説しますね。 氷河期世代は就職時に不景気で、既存社員の雇用を守るために採用枠が減らされ、不本意ながら非正規雇用を選ばざるを得ず、キャリア形成機会を逃してしまった世代です。おそらくここまでは皆さんも共通認識としてお持ちでしょう。問題は「その時、誰が何をしたか」です。 左派の中核である労働組合が守ったのは「若者の雇用」ではなく、「既存の正社員の既得権」でした。結果として「氷河期を非正規で吸収してクッションにする構造」を容認したため、氷河期世代の若者は「守られる側」ではなく、「守るために切られる側」に回されたわけです。 この時点で信頼関係は切れているのに、その後さらに決定打が訪れました。 2009〜2012年。氷河期世代が20代後半~30代前半に差し掛かり、正社員として再チャレンジできるギリギリの年齢帯であり、本来なら「最後の救済タイミング」とでもいえる時期でした。しかし当時の民主党政権から出てきたのは「コンクリートから人へ」というスローガンのもとでの公共投資抑制、製造業に打撃を与える政策運営、そして公務員採用抑制。雇用を創るどころか、雇用の受け皿までをも削ってしまったんですね。 氷河期世代はここで完全に左派を見切りました。 左派はいつも「弱者救済」をスローガンのように語り続けてきましたが、氷河期世代はこれまでの経験から、「彼らは助ける相手を選別する。自分たちは決してその対象ではない」とすっかり諦観してしまってるんですよ。 結果として、私たち氷河期世代は「『あんな人たち』に期待したところで、どうせ助からない」⇒「せめて国としては安定していてほしい」と考え、現実的選択としての保守寄りになっているものと考えられます。我々は思想によって「右に寄った」のではなく、自分たちが踏みつけにされた経験から「左を切った」だけなんです。 さらに言えば、氷河期世代は「努力論で切り捨てられた経験」も生々しく持ってますからね。 「非正規は自己責任!」 「仕事があるだけ幸せと思え!」 「お前の代わりなんていくらでもいる!」 みたいな呪詛の言葉をさんざん浴び続けた側に、「弱者に寄り添う」とかいう後出しの言説が刺さるわけがないんですよ。つまりこういう構造です。 ・雇用崩壊時に守られなかった ・制度的にも救済されなかった ・政治的にも裏切られた ・言説的にも切り捨てられた これで「なぜ左派を支持しないのか?」などと言われましても。 本当に困ってるときは無視しておいて、あとから「寄り添ってます」は通用しません。信用ってのは「助けた実績」でしか積み上がりませんからね。見捨てた履歴は、何を言っても消えることはない。それだけの話です。

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TSHome@TSHATempA·
ガイドレールを変えることで それなりに満足のいく出来栄えになったぞ ヨキヨキ☺️
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吊り引き戸の自作には成功したものの 擦れ音がするのが気に入らねえ・・・ 原因は分かってるが解決方法はまだ分からん
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ある種の学者は「現実にコミットしていない」 植村先生は正直だから嫌いじゃないのだけどね・・・ 流石にね・・・
植村恒一郎@charis1756

@mashingoP いえ、憲法第9条を厳格に実践し、軍事費ゼロにすれば、社会保障費のかなりの部分を贖えます。

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TSHome@TSHATempA·
「文民統制の自殺」 おぉ とても端的で良い表現だ
うぃz@enders_shadow

@mikannoki5656 銀英伝や糸井重里の「まず政治家から戦場へ」だ これは悪手 なぜなら本当に行かれた場合、返せなくなるから 「俺は最前線帰りだ。お前は戦場行ってないから政治家と認めない。お前が言い出したんだぞ政治家から戦場にって。さあ行け」 これで軍人以外政治家になれなくなる 文民統制の自殺だよ

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当たり前なんだよなぁ 女からすれば男は天然ステロイド状態なんやからなぁ この数年で この「禁止」を訴えて業界を追放された女性アスリートが何人いたのかって話でさ トランスイデオロギー・ファシストが大暴れした異常な時代だったわホント
TotalNewsWorld@turningpointjpn

速報:トランスジェンダーの女性アスリートが、すべての女性スポーツへの出場を正式に禁止に! 国際オリンピック委員会が正式決定。

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「イデオロギーは人を殺す」
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哲学者や法律家にはちょこちょことこの主張するのがいるのよね~ 植村先生は正直だから別に嫌いではない 何を馬鹿なこと言ってるのかと思うだけの話で
植村恒一郎@charis1756

@gerogeroR 変なご主張ですね。ジェンダー平等の方が、人口の再生産よりも価値が高いのです。ジェンダー平等が実現しないならば、人類など早く滅んでしまった方がよいです。

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TSHome@TSHATempA·
機会の平等を支持する自由主義的な考え方を メリトクラシー的な信念って表現するんやな・・・ メリトクラシー批判が社会思想系で流行ってるような雰囲気があったのはもしかしてそういう文脈やったんか? それいうたら女子枠や構造的差別なんて全体主義的信念の産物やないけ(´ε` )
飛騨@kiha2228

アファーマティブ・アクションで機会が奪われているのは事実なので、「剥奪感」という用語には疑問しかないですね…

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TSHome@TSHATempA·
「法論理」というのは 自然科学でいう論理、つまり主体に依存しない客観性が高いものではなく 主体に依存した思想やイデオロギーを背景にしたものなのよ 自由主義者と全体主義者では共に論理的でも結論が全くことなるみたいなね
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TSHome@TSHATempA·
大法廷か・・・違憲と判断する可能性はそれなりにあるのやな こういうのは「法論理」で判断することじゃない 国民主権の範囲であり 立法府、若しくは国民投票的な行為で決定する内容なんやけどなぁ 日本も司法の政治化 司法の場で政治闘争をする時代に入るのかもなぁ
日本経済新聞 電子版(日経電子版)@nikkei

同性婚認めない規定、最高裁大法廷が憲法判断へ nikkei.com/article/DGXZQO…

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TSHome@TSHATempA·
ああ 話題になってたのはあの脱カルトで有名な弁護士だったのか あの人がデタラメなのは原発関係で分かってたことやけどな 弁護士の人はそこら辺ではピンとこなかったのはしゃーない 自分に近い領域じゃないとデタラメかは分かりにくいからなぁ
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