Sabitlenmiş Tweet

嫌われるかも知れませんが、私が長年蓋をしていた心の内を書かせてください。平成に父は食道がんになりました。告知されたときは初期だと言われたので、ショックはあったものの手術して悪いところを取れば治るだろうと軽く考えていて、実際、手術は12時間かかりましたが無事終わり入院生活も問題なくいけました。
でも父が末期になったときのことは今でも後悔することばかり。高熱が続き入院した時なんて、父は狂ったように大暴れして私の夫を「ドロボードロボー!」と叫んで殴りかかろうとしたり、兄が来たときは「たえこはどこやー!どこやー!」とずっと大声で叫び続け、暴れる父を私たちが腕をつかみ「お父さん、ここは病院だよ、たえこはいるから」と伝えても父の腕は言うことを聞いてくれません。点滴の棒を振り回した時に主治医が入ってきて先生を見た父はピタっと止まり、先生に促されるままベットへ戻りました。あれはせん妄だと後で知り、自分の父があんな風になるなんてショックで病院のトイレで嗚咽して泣きました。
二週間後退院し自宅ですごすことになりましたが、手術した場所やお腹、背中全部が痛いと言うので、大学病院の先生に貼る麻薬と、痛み止め数種類と吐きどめをもらいこれでなんとかなるかと思いましたが、父には全然足りないようでした。次の通院日に先生にそれを伝えると先生は痛み止めのガイドが記載された冊子を見せてくださり、「ここに書いているとおりの量を出しているから、効くはずです」と言うのです。それでも他に薬はないかと食い下がってみたのですが、当時は緩和のための薬の種類は少なかったのです。先生が怠慢で薬を出さないわけではないのでそれ以上も言えず、一つ痛み止めを増やしてもらい帰りました。
でも帰ってから父はまた高熱を出し、次の日(↓続く)
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