大河 retweetledi

最近荒れてるVTuberの転生
「卒業の意味」
「ホロライブ踏み台」
「転生商法」
「適応障害だったのに復帰早すぎないか」
みたいな議論が活性化してる。
単なる炎上というより、VTuber文化の重心が、キャラクターではなく「中の人」側に大きく寄ったという、かなり大きな変化の話だと思う。
これは最近始まった変化ではなく、市場競争の中でかなり早い段階から進んでいた。
初期のVTuberは、もう少しだけ「キャラクター」に近かった。
・ガワ
・名前
・設定
・箱
・世界観
込みで“推し”として成立していた。
だから卒業には、ちゃんと「終わり」の意味があった。
ただ、その形だけでは数字を支えきれなかった。
結局、視聴者は「人」に惚れたかった。
今は
・ガワが変わっても追う
・箱が変わっても追う
・卒業しても終わらない
「キャラクターIP」だけでなく、「この人自身が好き」という感覚の方が強くなった。
だから最近の転生は、昔より遥かに成立してしまう。
今回の「卒業って何の意味があるん?」という声も、単なるアンチの暴言ではない。
・箱を推していた人
・世界観を大事にしていた人
・卒業を“区切り”だと思っていた人
そういう人たちの、ある種の喪失感でもある。
「キャラクターを推していたつもりだったのに、実際は“中の人の引っ越し”を見せられていた」
そう感じる人が出るのも自然ではある。
一方で、演者側からすると、配信活動そのものが嫌いになったというより
・企業体制
・契約
・レッスン
・プレッシャー
・人間関係
そういった環境が無理だった可能性もある。
だから本人視点では、「会社を辞めて独立した」
に近い感覚だったりする。
このズレが、今かなり噛み合っていない。
さらに最近は、転生そのもの以上に「転生を公共空間で消費する文化」が急激に強くなっている。
昔は暗黙の了解だったものが
・ニュース化され
・考察コンテンツ化され
・暴露として消費され
・収益化される
VTuberが「内輪文化」ではなく、巨大な公共コンテンツになった結果。
転生や卒業ですら、界隈の外の人間も参加する“娯楽”として消費されている。
長くなったので別のポストで投稿しようと思うけれど、ここ最近の「VTuberパブリックエネミー化」とも、かなり繋がっている話だと思う。
ユーチュラ-YouTubeランキング@ytranking
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