遠藤 結万(Yuma Endo) / CMO & PublicBeyond

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@YumaEndo

マーケティングとキャリア、時々公共や選挙について。京都市左京区出身。早稲田、Google、東大公共。書籍 https://t.co/FwkgOkDWc4 / 質問箱 https://t.co/2kJZ8Mct7q

Shinjuku-ku, Tokyo Katılım Ocak 2010
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ローマ教皇レオ14世が発表した、AIが人類に与える影響や危険性についての最新の回勅(Magnifica Humanitas)の一部が、実はAIを使用して書かれた可能性があるという疑惑。 theverge.com/ai-artificial-… なんかもう複雑すぎて難しい……Claudeで頻出する単語が出てきたらしい。
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「ハコヅメ」を読んでいると、世の中に対する解像度が上がる。 阿部監督と児童相談所の件も……「守るべき人の感情を無視してでも」というのが重い。
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「◯代で◯万円の資産って上位ですか?」という投稿を見るたびに、上位だったら何なんだろうと思う。 お金はただのツールで、目的ではない。 大事なのは、誰かより多いか少ないかではなく、そのお金で自分の人生の自由度がどれだけ上がっているかだと思う。
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Googleの原点を振り返ると、実はこれはかなり自然な延長線上にある。 Googleの出発点にある論文、「The Anatomy of a Large-Scale Hypertextual Web Search Engine」を読むと、初期Googleが解こうとしていた問題は、単に「Webページを探す」ことではなかった。 research.google/pubs/the-anato… Webには情報が多すぎる。品質もバラバラで、信頼性もバラバラ。ページの長さも、形式も、言語も、人気も違う。 ユーザーは、検索結果を何百件も見ない。だから、検索エンジンに必要なのは、単なる網羅性ではなく「高い精度」だった。 つまりGoogleは最初から、「ユーザーが入力した短い言葉」と「本当に欲しい情報」との間にあるズレを埋めようとしていた。 Googleは、そのズレをPageRankで埋めた。 ユーザーが検索ボックスに入れる言葉は短く、曖昧。人によって表現も違う。 そこでGoogleは、ページ本文だけを見るのではなく、Web全体のリンク構造を読んだ。 どのページがどのページにリンクしているのか。どんなアンカーテキストでリンクされているのか。重要なページから参照されているページはどれか。 多くの人が「このページには価値がある」と暗黙に示しているページはどれか。 PageRankは、単なるランキング技術ではない。 ユーザーの曖昧な入力を、Web全体に埋め込まれた人間の判断によって補正する仕組みだった。 もちろん、当時のGoogleは現在の生成AIのように文章を理解していたわけではない。 でも思想としてはすでに、「ユーザーに完璧なクエリを書かせるのではなく、システム側が意図を汲み取る」 という方向を向いていた。 Larry Pageの有名な言葉に、「究極の検索エンジンは、あなたが何を意味しているかを正確に理解し、あなたが欲しいものを返す」というものがある。 これは、今のAI検索そのものに近い。 Googleの公式発表でも、今回の新しいAI検索ボックスについて「知りたい気持ちは、必ずしもいくつかのキーワードだけに収まるものではない」 という趣旨の説明がされている。 これはまさに、初期Googleから続く問いだと思う。ユーザーは、検索の専門家ではない。うまいキーワードを選べるとは限らない。 知りたいことを短い検索語に圧縮できるとは限らない。 そもそも、自分が何を知りたいのかをうまく言語化できないこともある。 だから検索エンジン側が、ユーザーの意図を補完する必要がある。 1998年のGoogleは、それをリンク構造とアンカーテキストでやった。 2026年のGoogleは、それをLLM、AI Mode、情報エージェント、生成UIでやろうとしている。 この意味では、AI検索はGoogle検索の破壊ではない。Google検索の本来の思想の拡張だと思う。
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Google検索のAI化は「Googleが最初から目指していたもの」に近づいているのではないか。 Google Searchは「10本の青いリンク」を返す検索エンジンから、AI Mode、情報エージェント、生成UI、ミニアプリ的な体験へ移っているように見える。 これは従来のGoogle検索からの断絶に見える。でも、
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阿部監督の辞任で思い出したのは中日の落合監督。暴力撤廃を宣言しても根絶まで5年かかった。 理由は何であれ、暴力を振るったらその場で退場、が社会のルールであるはず。野球界においてはその当たり前が通用しないのが問題。 グラウンド外の家庭の話であっても、暴力は1発アウトだし、殴る蹴るではなく被害者が穏便に済ませることを求めていても、暴力行為を認めている以上マネジメントとしては不適格でしょう。 現役から見てきた巨人ファンとしてはとても残念。 落合博満氏 暴力について「どの時代でなくなるのか」自身も高校時代に野球部を退部経験 > 就任直後に「暴力をふるったら、その時点でユニホームを脱がせる」と選手らへ向けて暴力排除を宣言した。ただ、この暴力排除の方針が完全に選手に浸透し、「本当にこの首脳陣は選手に手をあげないんだ」と選手に理解されるまで「5年かかった」と振り返る。 sponichi.co.jp/baseball/news/…
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AIは仕事を奪うのか。それとも新しい仕事を生むのか。 この問いを考えるうえで、MITの研究がかなり示唆的だった。 news.mit.edu/2026/technolog… 過去のテクノロジーはたしかに「新しい仕事」を生んできた。しかも、その新しい仕事を最初に得やすかったのは、若く、高学歴で、都市部にいる労働者だった。 MITは、戦後アメリカの雇用データを詳しく分析した。彼らが見たのは、単に「仕事が増えたか減ったか」ではない。重要なのは、テクノロジーによって生まれた「新しい種類の仕事」を、誰が担ったのかという点。 たとえば機械は農業労働を置き換えた一方で、航空技術者のような新しい職業も生んだ。つまりテクノロジーは、既存の仕事を壊すだけでなく、新しい専門性を必要とする仕事も作る。 新しい専門性は、最初は希少だから価値が高い。しかし時間が経つと、知識は広まり、ツールは一般化し、場合によっては自動化される。すると、その仕事はもはや「新しい仕事」ではなくなる。 かつて車の運転やワープロ操作が特別なスキルだったように、今では当たり前の能力になった。新しい仕事も、やがて古くなる。 AIによって仕事が奪われるのか、新しい仕事が生まれるのか。MITの記事が示しているのは、「それはAIそのものだけで決まるわけではない」ということ。 重要なのは、AIをどう実装するか。 たとえば医療分野でAIを使う場合、単に人の仕事を自動化して削る方向にも使える。一方で、異なる専門性を持つ人が、これまでできなかった仕事を担えるようにする方向にも使える。 前者は雇用を圧迫する。後者は新しい仕事や生産性向上につながる可能性がある。 つまり、AI時代の本当の論点は「AIが仕事を奪うか?」ではなく、 AIによって、どんな新しい専門性を作るのか 誰がその新しい仕事にアクセスできるのか その仕事は高賃金につながるのか そして、社会としてどの方向に需要を作るのか ということだと思う。 過去のデータを見ると、新しい仕事は自然発生的にポンと生まれるだけではない。戦時期の研究開発や製造への大規模投資のように、需要が作られることで、新しい専門性が生まれてきた。 AIも同じかもしれない。 AIがただのコスト削減ツールになるのか。 それとも、人間の専門性を拡張し、新しい職業を生むインフラになるのか。 その分岐点は、技術そのものよりも、企業・政府・社会がどんな使い方を選ぶかにある。 AI時代に必要なのは、「仕事が消えるかどうか」だけを心配することではない。 AIで重要になるのは、AIを使える人ではなく、AIによって新しい専門性を作れる人なのかもしれない。
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33年続いたCBSの人気番組、スティーブ・コルベアの「The Late Show」が終了。 トランプ大統領の圧力と噂される中、局は赤字が原因と説明しているけど……投稿がこれでは全く説得力がない。 ABCでもジミー・キンメルの番組が一時終了。 言論と放送の自由は失われつつある。 x.com/realDonaldTrum…
Donald J. Trump@realDonaldTrump

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「検索エンジンを使っていない」と言っていた人がGoogleで検索してAI OverViewを見ていた事例があったので、「検索エンジン」の定義が結構狭い気はする。
日本経済新聞 電子版(日経電子版)@nikkei

調べもので検索エンジン「使わない」20代の5割  nikkei.com/article/DGXZQO… 民間調査によれば、生成AIの普及で若者の検索離れが進んでいます。将来的に調べものがAIで完結できると思うかを聞くと、30%が「なると思う」と答えました。

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ロンドン市長のサディク・カーンが、ロンドン警視庁とPalantirの約5,000万ポンド規模のAI契約を差し止めた。 theguardian.com/uk-news/2026/m… 公共サービスにAIを入れるとき、誰が、どの企業を、どんな手続きで選び、どこまで市民のデータと行政判断を委ねるのか、という極めて根本的な問題。 今回の契約は、ロンドン警視庁がPalantirのAI技術を使い、犯罪捜査における情報分析を自動化・効率化しようとするものだった。警察側から見れば、膨大なデータを素早く分析し、組織犯罪や重大犯罪に対抗するための「近代化」だという理屈はある。 ただし、問題はそこではない。 市長側が問題視したのは、調達プロセスだ。報道によれば、警察は実質的にPalantir一社だけを真剣に検討していたとされ、必要な承認や競争性の確保に重大な欠陥があったとされている。公共調達でこれは非常に大きい。なぜなら、警察・医療・行政のような領域では、一度特定企業のシステムに深く依存すると、後から別の選択肢に移るのが極端に難しくなるからだ。 いわゆる「ベンダーロックイン」の問題だ。 最初は安く、あるいは小さな契約で入り、現場がその仕組みに慣れ、データや業務フローが組み込まれていく。すると次第に「この企業なしでは回らない」状態になる。そうなった時点で、価格交渉力も、監督権限も、民主的なコントロールも弱くなる。 今回の相手はPalantirだ。単なる業務効率化ツールの会社ではない。各国政府、軍、警察、移民管理、医療データなど、非常にセンシティブな領域に入り込んできた企業であり、その政治性や倫理性について世界的に議論がある。 ここで重要なのは、「AIを使うべきか」ではなく、「公共権力がAIを使うときの条件は何か」だ。 警察がAIを使えば、捜査は速くなるかもしれない。だが同時に、誰が監視対象になり、どのデータが結びつけられ、どの判断が“リスク”として扱われるのかが見えにくくなる。効率性の名のもとに、説明責任が後退する可能性がある。 市民の安全を守るために技術を使うことは必要だ。けれど、市民の信頼を犠牲にしてまで進める「近代化」は、結局その公共機関自身の正当性を損なう。 今回のカーン市長の判断は、AI導入そのものを否定したというより、「警察という強大な権限を持つ組織が、巨大テック企業のブラックボックスに依存していいのか。その前に、競争性・透明性・倫理性・説明責任を確認すべきではないか」と問い直したものだと思う。 日本でもこれは他人事ではない。 行政DX、警察のAI活用、自治体データ、医療データ、マイナンバー、スマートシティ。どれも「便利」「効率化」「人手不足対策」という言葉で進んでいく。でも、その先で誰のシステムに依存し、誰がデータを扱い、失敗した時に誰が責任を取るのかは、いつも後回しにされがちだ。 AIの導入は避けられない。だが、公共部門でのAI導入は、民間企業のSaaS導入とは重みが違う。 特に警察や医療のように、市民の自由・安全・プライバシーに直結する領域では、「便利だから」「有名企業だから」「他でも使っているから」では足りない。 必要なのは、技術導入のスピードだけではなく、民主的なチェックのスピードだ。 公共サービスにAIを入れるなら、最低限、競争入札、透明な審査、データ保護、監査可能性、説明責任、そして特定企業への過度な依存を避ける設計が必要になる。 今回のロンドンの件は、AI時代の公共調達における重要な前例になるかもしれない。 「AIを使うか、使わないか」ではなく、 「誰のAIを、誰のために、誰の監督のもとで使うのか」。 ここを曖昧にしたまま公共インフラにAIを入れていくのは、あまりに危うい。
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奨励会制度と順位戦を前提にした「一生棋士として専業で食える」モデルを維持するべきかという話。 将棋界が囲碁や麻雀と全く違う点。 年齢とともに棋力体力は衰えるのだが、その状態でも生涯棋士として生きられるように奨励会というとてつもなく高いハードルが課されている。それをバイパスすることがどうなのか。 ここまでアマも強くなってきたとなると、そもそも奨励会制度自体がどうなるのかという議論もある。 ただ、前提として、編入試験は非常に様々な要素があり難しかったとはいえ、福間さんも西山さんも奨励会に専念していれば十分四段に上がれたと考えている人は少なくない。そこが前提としてはあるのでは。
Yahoo!ニュース@YahooNewsTopics

【初の女性棋士誕生に現実味 改正案】 news.yahoo.co.jp/pickup/6580954

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ニューヨークタイムズの記事。文学賞を受賞した短編小説が「AI生成ではないか」と疑われ、文学界で大きな議論になっている。 この作品は、英国の有力文芸誌『Granta』に掲載された。『Granta』といえば、カズオ・イシグロ、ゼイディー・スミス、サルマン・ラシュディらの作品も載せてきた、文学界ではかなり権威のある媒体だ。 ところが掲載後、読者の間で「これはAIが書いたのではないか」という疑念が広がった。 理由として挙げられているのは、比喩の多用、不自然な形容、意味の取りにくい表現、そして「not X, but Y」型の構文が目立つことなど。近年、AI生成文にありがちだとされる「癖」に似ている、という指摘。 AI検出ツールの結果が「100%AI生成」と判定されたことも話題になった。 『Granta』側は、この作品の選考には編集部が関与しておらず、掲載前のコピー編集のみを行ったと説明している。一方で、AIによる盗用や不正投稿の可能性については深刻に受け止めているとも表明している。 興味深いのは、『Granta』がClaudeに作品を見せてAI生成かどうか尋ねたところ、「人間の助けなしにAIだけで作られたとは考えにくい」という趣旨の回答が返ってきたことだ。 AI検出ツールはAI生成だと言い、別のAIは「そうとは限らない」と言う。ここに、現在の混乱がよく表れている。 今回の賞には約7,800作品の応募があったという。膨大な応募作の中から、どこまでAI利用を確認できるのか。そもそも「AIを使った」とは何を意味するのか。下調べに使うのか、推敲に使うのか、文章そのものを生成させるのか。その線引きは簡単ではない。 最近は、AIをめぐる出版界のトラブルが相次いでいる。AI使用疑惑により出版計画が止まった小説、AIが生成した架空・誤引用が含まれていたノンフィクション、AIを創作支援ツールとして公言する作家、調査や事実確認の補助にAIを使ったと説明するノーベル賞作家。 もはや「AIと文学」は周辺的な話題ではなく、出版と創作の中心的な論点になっている。 私たちは何をもって「作者の作品」と呼ぶのか。
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