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@ZN2017
毛玉がわりにTweetを吐く猫(種自認)です。専門領域のことは呟きません。 天候判断を誤って山行予定が流れると人間らしさを失います。ナウル検定準4級
Katılım Aralık 2010
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そもそも富士山は割と特殊で、いわゆる開山期でも登山者と「富士登山客」が混じってるんだよね。
「閉山」ってのは富士の小屋に泊まるような「富士登山客」に「来ても泊まるとこありませんよ」程度の話なのに、なぜか「登山禁止」みたいにマスメディアが騒ぐから馬鹿が真に受けてこういう騒ぎになってる。
宗像 充@MunakataMi
山小屋が儲からないから「閉山」って言ってるだけで登山者はいます。 富士山の登山道は、現在、冬季閉鎖中ですが、2025年12月には兵庫県の男性が滑落し死亡する事故や、神奈川県の男性が救助される事故が、また、3月にも外国籍の男女が滑落する事故が起きています。 news.yahoo.co.jp/articles/e7e94…
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@sopra_norz いや実際、あんなの一緒になって笑ってて、自分がそういう卑しい「笑い」を楽しむようなゲスである事にふと気付いて死にたくなったりとかしないんですかね? 不思議!
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@MTI_mountain あとロールの制御とかめんどくさそうなのと、エネルギー効率悪そうとか、オートローテーション全く期待できないので即墜落とか、用途絞らないとメリットがデメリット上回るの難しそうですね。
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@snow_and_star それを関西でやり出したのはさんまや伸介、ダウンタウンあたりで、それがとんねるずを生み出すような関東でウケて逆輸入的に関西でも広まった、という方が実態に近いです。
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働きもせず毎日プラカードとは、おいとい無くてよろしいなぁ。
戌年生まれのビール好き@asterte2
高市辞めるまで毎日立つ 5日目 #高市を辞めさせよう #高市やめろ #高市早苗働かない内閣 #高市逃げるな #高市早苗は今すぐやめろ #高市早苗辞めろリレー #高市早苗辞めろ
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この投稿が面白いのは、アメリカの牛乳は大きい、日本の牛乳は小さいという話で終わっていないところです。コメント欄を読むと、そこには容量の違い以上に、暮らし方そのものの違いが丸ごと映っています。
アメリカ側の反応には
✅ガロンで買うのが普通
✅家族ならそれくらい使う
✅週に何ガロン飲む
といった声が並び、日本側には、、、
✅冷蔵庫に入らない
✅そんなに早く飲めない
✅スーパーが近いから小さくていい
という感覚がある。つまりこれは、牛乳の話に見えて、実は生活圏の設計思想の話なんです。
アメリカでは、店に行くこと自体がひとつのイベントになりやすい。車でまとめ買いをして、数日から数週間ぶんの生活を一度に確保する。
そのため食品は自然と大きいほど合理的になる。牛乳が大きいのは、アメリカ人が大ざっぱだからではなく、広い土地、車社会、ファミリー単位の消費、そしてストック前提の生活に合っているからです。
ガロン牛乳は、アメリカのスケール感が生んだ一種の生活インフラなんですね🇺🇸✨
一方で日本の小さい牛乳は、決してしょぼいのではありません。
むしろ、日本の住環境と消費行動に合わせて極限まで最適化されたサイズです💡
近所にスーパーやコンビニがあり、冷蔵庫は比較的コンパクトで、こまめに買い足す文化がある。家族構成も変わり、毎日全員が大量に牛乳を飲む前提ではない。
だから小容量は不便の象徴ではなく、都市生活の精密さの象徴なんです。
アメリカの大容量が余裕の表現だとすれば、日本の小容量は無駄を減らす知恵の表現とも言えるでしょう。
そして、この話がアメリカ人にとって興味深いのは、自分たちが当たり前だと思っているものが、外から見るとかなり文化的に見えることです。
ガロン、インチ、フィート、ポンドという単位系もそうですが、アメリカでは「大きいこと」がしばしば自由や豊かさの感覚と結びついています。
大きいカップ、大きい車、大きい家、大きい冷蔵庫、そして大きい牛乳。
コメント欄の冗談めいた「Embrace the Gallon」には、半分ネタで半分本音のアメリカらしさが詰まっている。サイズは単なる数字ではなく、国民性の演出装置でもあるんです💡
ただ、コメント欄でも出ている通り、大きければ必ず幸せというわけでもない😳
飲み切れずに余る、期限が近づく、結局シリアルで無理やり消費する、という豊かさゆえの雑さもある。ここにアメリカの可愛げがあります。
大胆で合理的だけど、ときどき持て余す。その豪快さは魅力でもあり、弱点でもある。逆に日本は、無駄を出しにくい代わりに、時々スケールの余裕を失ってしまう。どちらが上かではなく、どちらの社会も自分の事情に合わせて牛乳の形を作っているだけなんです。
だからこの投稿に多くの反応が集まったのは、牛乳が「食文化の差」を超えて、「お前たちはどう暮らしているのか」を可視化してしまったからでしょう。
アメリカの牛乳のデカさに日本人がちょっと憧れるのは、その向こうに広い家、でかい冷蔵庫、車でまとめ買いする週末、家族で消費していく風景まで見えるからです。
逆に日本の小さいパックを見たアメリカ人が不思議がるのは、その背後に毎日ちょこちょこ補充できる密な生活圏があることをまだ身体感覚として知らないから。
これは日本が貧しいとかアメリカが豊かとか、そんな単純な話ではありません。
牛乳のサイズは、その国が人間に何を求めているかの縮図です。アメリカは「多めに持っておけ」と言い、日本は「必要なぶんを上手に回せ」と言う。どちらも、それぞれの土地で生まれた合理性なんです。
そしてたぶん、文化ってこういうところに一番よく出る。大統領の演説より、経済統計より、スーパーの牛乳棚のほうが、その国の本音を語っていることがある。
アメリカの牛乳が大きいのは、アメリカが大きい国だからです。
日本の牛乳が小さいのは、日本が細やかな国だからです。
笑える話に見えて、実はものすごく真面目な文明比較ではないでしょうか?




アクアビットakevitt@akevittnvg
アメリカの牛乳デカくて羨ましい 日本はちっちゃい すぐ飲み干す
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アレは馬肉どころでは無い特定地域の奇習そのもので、「万全の衛生対策をしている」はずのその特定地域ですら中毒者は出ている。
まともな衛生観念がある日本人は食べないが、それが多数派とも言えないところが頭の痛いところ。
10chii@youngmaster_478
日本人はどうして鶏刺しを食べてお腹を壊さないんだろう?本当にそんなに美味しいの?それともただ好きだと言っているだけ?
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