Sabitlenmiş Tweet

最近やたらと見かける「諸事情により公演中止」。その“諸事情”が、主催側の準備不足だと明かされるケースまで出てきて、これはさすがに一線を越えていると思う。
厳しいことを言うようだけど、舞台は「発表会」ではなく「興行」であり、契約行為である。 お客様はチケット代だけでなく、その日のために空けた時間、移動、そして「期待」という感情の対価をすでに払っている。
その前提に立てば、公演中止は本来、不可抗力 (パンデミック・災害・法的制限)に限定されるべきで、主催側のミスは許容範囲外。
「小規模だから」「低予算だから」という甘えで、契約不履行を「仕方ないこと」として済ませる空気が定着しつつあるなら、業界として本当に危険な状態だと思っていて、それは文化の自殺行為に等しい。
「怒っている」というより、「これは越えてはいけない一線を越え始めている」という危機感を持っている。
さらに出演者側の話をすると、公演に出演する役者というのは、その本番のために費やした稽古期間、スケジュール、そのために出れたであろう別の公演や自分へのお客様への信頼など、ある意味「キャリアを人質とされている状態」で金銭面以上のリスクを負っている。
そもそも小劇場では出演料がチケットバック報酬のみで、アルバイトを制限して本番に臨んでいる役者もいる。
お客様からお金をいただくプロとして、だ。
それが「残念でした」で済まされるものでは到底ないし、公演中止を“経験不足の通過儀礼”のように扱う空気なんかでプロの基準を下げていいわけがない。
「好きでやってる人たちの集まりだから仕方ない」という甘えが、舞台を壊す側に回っていることが許せない。
それにより一番損をするのは僕らの「お客様」だから。
なにより一番恐ろしいのは、お客様側が「まあ、最近よくあることだよね」と中止に慣れてしまうこと。
怒られなくなった時が、本当の終わりだから。
「幕を開ける」という当たり前の責任の重さを、いま一度、深く噛み締める必要があるのではないか。
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