
本件、様々なご意見を賜っています。 政府が「小浜京都ルートありき」の立場であると表明するが如き発言を政府高官がなされた以上、真摯な協議に戻るためのプロセスとして、謝罪・撤回を頂くことは不可欠でした。また、国民の皆様からの整備委員会への不信感を取り除くためにも、公の場でご発言の修正を頂く必要がありました。その感覚には今も変わりありません。 しかし、その様が一枚の写真や、数十秒の動画に収まった時の印象の力に、(私個人に関しては)想像が及んでいませんでした。メディア出身であるにも関わらず。 この瞬間の前後、メディアがいないところにおいては、淡々とした相互の段取りの確認も、和やかなトーンでの先方からの次回会合の話題提起も、なされています。恫喝も、叱責も、当然ながらありませんでした。このプロセスはお互いのために必要なものだ、との共通認識があったものと思っています(パワハラ当事者の典型的な言い分だ、とどこまでいっても言われてしまうかもしれませんが)。 しかし、カメラが入ったこの瞬間における、一方が直立し一方が頭を下げているという構図や、前後の雰囲気からは想像の及ばなかった"涙"、それらだけが世に届くことが国民の皆様とのミスコミュニケーションを招く可能性を、その場においても感じるべきでした。 真摯で落ち着いた協議を取り戻すという目的のために、より良い方法があったのではないか。私としては、今そのように考えています。







