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本好きの本
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本好きの本
@books_902
本が好きです。超かぐや姫に脳を焼かれました 超かぐや姫とシャンフロを見よう。ネタバレと妄言注意
本の隙間 Katılım Mayıs 2022
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ただかぐやとヤチヨが別で存在する二次創作はとても好きです。
かぐやとヤチヨのやり取りからしか得られない栄養はある。
というか本編映像的には2人いるのが正しい訳ですし
本好きの本@books_902
自分の解釈だとヤチヨとかぐやが同時存在するのはおかしいってことになるんですが、この場合本編が解釈違いの化け物になるんですよね。
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超かぐや姫ネタバレ&妄想の垂れ流し注意
ヤチヨにとって2030年のあの一種の夏や彩葉と過ごした時間は確かに宝物だったんでしょう。ただヤチヨが彩葉を想って歩んだ8000年も、同等とまでは言いませんが少なくとも無碍にしてはならないほど大事な記憶で、かぐやの人生なんですよ。
ヤチヨは変化を受け入れられるか、かぐやではなくなった自分を彩葉がどう思うかが怖かったという考えは変わりません。ただそれの裏には8000年を大事に思う気持ちもあったはずです。
だからこそ彩葉はヤチヨを安直に2030年の頃から変わってないよ。かぐやのままだと言うのではなく、8000年の話を聞き、全てを見たんですよ。
月見ヤチヨとはそのかぐやの8000年の正に末であり、故に同一人物だとしても分身説は違和感が生じてしまうのかもしれません。
補足
彩葉が倒れ看病するシーンの曲名が「たいせつなひと」
それと非常によく似た曲が花火大会の時の「かぐやと彩葉」
そして8000年回想の時の「満ちる月のセレナーデ〜八千年の旅〜」も1部似てるんですよ。
あまりにもこじ付けが過ぎるかもしれませんが、かぐやにとって彩葉がたいせつなひとであるように、8000年も、そこで出会った人々もたいせつなひとなんじゃないでしょうか。
そも満ちる月のセレナーデ、自体がそう取れる意味の曲名ですし
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@books_902 だからその台詞を聞いたヤチヨとフシは涙ぐんだのだと思います
変化を受け入れた結果、かぐやとヤチヨのどちらも今の自分を構成する大事な存在で、どちらでもありたいと思ったからかぐやとしても活動してるのではないでしょうか
以上です、長くなってすみません!
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@kazuki_kaze なるほど...ありがとうございます。
自分は少し違ってて、むしろ8000年が大事だからこそ、8000年もヤチヨが歩んできた歴史だからこそそれを歩んでいない"かぐや"という存在はそのヤチヨの8000年を無碍にしてしまうように思えてしまいます。
あくまで個人的な解釈です
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@books_902 ヤチヨにとって8000年の記憶はとても大切な出会いと別れの思い出で、宝物なので『たとえかぐや(自分)であっても渡したくない』という概念で分身説に違和感を感じてる者です。それは10年後、かぐやとヤチヨに別れた後の彩葉との時間でも同じで、記憶・意識の共有はしてないといいなぁ、と考えてます
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