
深田晃司
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深田晃司
@fukada80
主に告知用。 心身キャパオーバー。気持ちに余裕なく投稿やRTなどは基本的に自分が直接関わりのある作品・個人・団体のものに限ることにしてます。すみません。 「そろそろいいかな」と思いながら騙し騙し生きている。そのときはすみません。


"Love on trial" : la fable mélancolique de Kôji Fukada sur le monde impitoyable de la J-pop l.franceinfo.fr/KZB



○もう一つは、後半は美波ちゃんと真衣ちゃんの接点の描写はありませんでした。深田監督の中で美波ちゃんと真衣ちゃんの関係はどうなったと想定していたのでしょうか?上のセリフがあるので、最後まで美波ちゃんは真衣ちゃんを許さなかったのでしょうか?

深田監督に聞きたい事が二つあります。 ○菜々香ちゃんの一件の時、美波ちゃんが「私はここに人生を賭けている。もし他にいたら許さない」 というセリフがありました。今村美月ちゃんらしい言葉かなと思いましたが、これは台本でしょうか?アドリブでしょうか? #監督に聞きたい恋愛裁判

「#監督に聞きたい恋愛裁判」という企画で、一般の方からの映画『恋愛裁判』についての質問に答えています。ただ、すでにかなりの数のご質問が集まっていて(驚きました。ありがとうございます)、やると決めた以上できるだけ全部に答えてしまおうと思っていますが、作り手からの解説をあまり聞きたくないという方はスルーして頂ければ幸いです。私の方でも、これに答えたら野暮かな、と思う質問には正直にそうお伝えし答えを差し控えたりもして、余白はできるだけ残したいと思っています。 前のツイートでも書きましたが、解釈の揺れる内容について、監督の言葉が正解だとは思わないでください。映画の見方に正解も不正解もありません。監督の言葉は「作品にとって最も身近にいる他人」の言葉に過ぎません。 自分自身は映画ファンとして、作り手のインタビューやどういう意図で作ったかを読むのが好きな人間ですが、一方で「話半分に聞いている」というのもあります。あらゆる映画は監督のちっぽけな意図を越えて、より自由な解釈を許すものだからです。監督の意図よりも自分の解釈の方が面白ければ、そっちを優先します。 なんにせよ、映画『恋愛裁判』引き続きよろしくお願いします。 回答ポストには #監督に聞きたい恋愛裁判回答 というハッシュタグをつけています。スルーしてみたけど、ふと「あいつなんか言ってたかな」と気になったときには手繰り寄せて頂ければ幸いです。 深田晃司




早速拝見しました! 本作も釘付けでした。ダンスからの雨のシーンが印象的。矢野顕子さんの主題歌がじんわり沁みてます。


#監督に聞きたい恋愛裁判回答.152 @23DCYbssj9OcRvD さんからの真衣のある選択についてのご質問です。終盤のネタバレを含むためスペースを空けさせて頂きます。長文の回答です。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ Q.真衣が逆提訴した理由について、「それが何かもわからずに恋に落ちてしまう事がある。でも未来のアイドルが、『たかが恋愛』のために夢を絶って欲しくないから」 と、解釈しました。着地点としては妥当でしょうか? A.真衣の選択をどのように解釈されるかは、観客の皆さんそれぞれがアイドル業界や恋愛をどのように捉えていらっしゃるか、大袈裟な言い方をすれば、世界に対してどのような哲学や世界観、問題意識をお持ちであるかの投影だと思っていて、及ばずながらそのような作りの作品にしたつもりです。見方としてひとつの正答があるわけでも、加点減点があるわけでもありません。 という前提をくどくどしく書いた上で、「たかが恋愛」という解釈は面白いと思いました。 「たかが恋愛」の後にはつい「されど恋愛」を連想してしまいます。「されど恋愛」だからこそ、ファンダムの一部に渦巻く「疑似恋愛」の熱量はときに信仰のような巨大な感情になり、市場になり、アイドルに対する「恋愛禁止」という業界内のルールや商慣習、「恋愛がしたければアイドルをやめるべき」という言葉に正当性を与えているようにも感じさせます。 一方で、「疑似恋愛」を「されど」と尊重するのであれば、アイドル自身の「リアル恋愛」こそ「されど」と尊重はできないものだろうか、ともつい思ってしまいます。 つまりは結局「人権」という、業界内の空気を読まずにそこにいる厄介で面白みのない客人、でも決して避けて通るべきではない大原則とどう向き合うのか、ということまで問われてくるのだと思います。『恋愛裁判』の真衣はその岐路に立たされたのかもしれません。 もし恋愛すること、しないこと、その選択自体が人権であるとするのなら、次に問われるのは、業界内のルールや商慣習、契約書と人権を比して「たかが人権」と考えるか「されど人権」と考えるか、だと思います。 「されど人権」を選択したとき、その次に立ち現れるのは何か。「人権を無視して成り立つ職業はあり得るのか?」という問いかけになります。 人権に対する意識は時代によって変化していきます。 私自身がぼんやりと生きている映画業界でも、映画という夢を成り立たせるために、暴力やハラスメント、人権無視が必要悪としてさも正当性があるかのように捉えられてきた時代が長くありました。それは今、ようやく、大きく見直されようとしています。 今回頂いたご質問を受け、アイドルという巨大な夢の産業を未来に向けて守るためには、あえて「たかが恋愛(に大騒ぎしない)」という意識を持つこともまた大切になってくるのかもしれない、と思いました。

















