
「無キャ」と言われている人が多くなってきた。
炎上も怖い。世の中の多くの人がだんだんと発信をしなくなってきている。
朝、コーヒーを入れようとお湯を沸かそうとしたら、IHヒーターに油が飛び散り、跳ねまくっていた。
普通の人であれば「これをちゃんと片付けろ」とか、あるいは「他者への想像力を持て」なんていうお小言に昇華させがちだが、私は違う感覚を抱いた。
「この前の使用者にとって、世界はどのように知覚されているのだろうか」という疑問である。
この「油の跳ね」というものが、物理的な視覚には認識されていても、精神としての知覚構造にはないということが浮かび上がる。
そうすると、その人は人生を通じてどんな価値観を育んできたのか、あるいは生活してきたのか、という因果の部分にまで目を向けることになる。人そのものではなく、人をその行動に駆り立てる構造とは何なのか。これって文化人類学そのものだと気づいて面白かった。
閑話休題。
SNSの発信等によって、最近はご指名をいただくことも増えてきた。
そうやってその人の哲学や内面思想のようなものに目を向けて、それによってオファーがかかったり、商品を購入してくれたりということがある。
つまり、これって昆虫でいうところの「フェロモン」を出しているのと同じである。
翻って「無キャ」と言われる人が増えているのに、「何か面白いことがないかな」とか、あるいは「就職でいいキャリアがないかな」「恋人ができないかな」なんてうそぶく人がいる。
それは、本人がフェロモンを出していないからやってこないよ、という話なのだと思う。
相手の外見や数値的条件だけではなく、精神構造というものや、その人の好き嫌いを見出すことは、思った以上に要素として大きい。
恥を捨てて中身をさらけ出せば、そうすれば、面白きものは向こうからやってくる。
なので、「地域が面白くないのはお前が面白くないからだよ」という常套句をあえて脇に置いて、「地域が面白くないのはお前が面白くないからではなく、お前が面白いと思うものを表に出していないから人が寄ってこないんだよ」という風に提唱したい。
気づけばコーヒーは冷めていた。

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