五堂

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@godotdot5

📚小説、歴史などのノンフィクション、漫画など、日本語か英語で

米国 Katılım Haziran 2023
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Sabitlenmiş Tweet
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五堂@godotdot5·
#名刺代わりの30冊  #名刺代わりの小説10選 では足りないので、小説・小説以外の文学(つまり戯曲や詩歌)・ノンフィクションで、各10冊並べてみました。敬称略
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五堂@godotdot5·
まあでも、そんなものかも。ここだけ見るとまぐれ当たりみたいだけど、こうなるまでに太平天国以来数十年の努力があった It seems impossible until it’s done. っていうじゃん
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五堂@godotdot5·
アジア初の共和国を生んだ辛亥革命は、実はパッとしないというか、中秋節に決起するはずが準備が間に合わず延期になり、もたもたするうちに爆発事故おこして官憲に踏み込まれリーダーの多くが逮捕され、ヤケクソで残った人たちが蜂起したら成功しちゃった(孫文は外遊中でノータッチ
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五堂@godotdot5·
中国の歴史10 ラストエンペラーと近代中国 「初めて」?明王朝も南から始まったんですが?
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エンゲルスの社会的殺人(social murder) の考え方はもっと普及するべき 劣悪な環境による早すぎる不自然な死 健康格差や搾取による死など たくさん人をXしているのは、移民や貧困層でなく、超富裕層と政治家
Jim Heath@JimHeath2001

@MorePerfectUS There's nothing more antisocial than social murder.

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五堂@godotdot5·
玄宗は、自分の息子の妻を取り上げた時点で完全アウトだと思う
大阪七絃琴館@windson0707

たぶん役に立たない情報|玄宗、梅妃すら連れず、なぜか阿倍仲麻呂は連れて蜀へ 一晩で、世界が崩れた。 天宝十五載(756年)六月十二日、長安は風雨に揺れていた。 潼関が陥落し、反乱軍はまっすぐ長安へ。唐玄宗・李隆基は勤政楼に登り、「御駕親征」を宣言する。だが百官は顔を見合わせるばかりで、誰一人として信じなかった。 開元の盛世を築いた皇帝。その顔には、このときすでに嘘と狼狽が刻まれていた。 誰も知らなかった。同じ頃、勤政楼の下では、龍武大将軍・陳玄礼が密かに六軍を再編し、御馬を選び、皇帝を「蜀へ逃がす」準備を進めていたことを。 この逃亡は徹底的に隠されていた。多くの皇親国戚ですら、最後まで知らされなかった。 六月十三日、夜明け。 玄宗は楊貴妃とその姉妹、皇子皇孫、楊国忠、韋見素、高力士、そして側近の宦官や宮女たちを連れ、延秋門からひそかに長安を抜け出した。 隊列が左蔵庫(国庫)を通過したとき、楊国忠は「敵に渡るくらいなら焼き払うべきだ」と進言する。だが玄宗は、山のように積まれた財宝を見つめて苦笑し、「賊軍が得られなければ、民からさらに搾り取るだろう。ならば残しておけ」と言った。 この瞬間、わずかに帝王としての憐れみを取り戻したように見えたが、民を捨てた事実は覆せない。 夜が明けても、何も知らない百官はいつも通り朝廷に参内した。 宮門の前では漏壺が時を刻み、儀仗は整然と並ぶ。だが門が開いた瞬間、目に飛び込んできたのは、宮女が逃げ惑い、宦官が散り散りに走る光景だった。 「聖人が逃げた!」 その一声が、最後の希望を打ち砕いた。王公貴族も庶民も、我先にと逃げ出す。長安は一瞬で無政府状態に陥った。 宮城や貴族の邸宅に押し入り、金銀財宝を奪う者も現れた。ロバに乗ったまま金鑾殿へ突っ込む者すらいた。 かつて歌舞昇平に満ちた長安は、一夜にして地獄へと変わった。 逃亡の一行もまた、惨めだった。咸陽に着いたとき、地方官はすでに逃げ去り、玄宗は満足に食事も取れない。楊国忠は胡餅を買い、民は粗末な飯を差し出す。皇孫たちは麦や豆の混じった粗い米を手づかみで食べ、見る影もなかった。 翌日、馬嵬駅に至ると、飢えと疲労に耐えかねた禁軍がついに爆発する。彼らは元凶・楊国忠を殺し、さらに玄宗に楊貴妃の死を命じた。 「六軍不発、奈何ともせず。宛転たる蛾眉、馬前に死す。」 玄宗は、愛する女が絞殺されるのをただ見ているしかなかった。だがそれ以上に残酷だったのは、このとき太子・李亨が彼と袂を分かち、北の霊武へ向かったことだ。 馬嵬駅——そこは貴妃の最期の地であり、同時に大唐の盛世が終わった場所でもある。 玄宗はなお西へ進み、扶風・大散関を経て秦嶺を越え、蜀へ入った。 七月十五日、ついに成都に到着する。しかしその時、太子・李亨はすでに霊武で即位し、唐粛宗となり、玄宗は太上皇として遥かに尊ばれるだけの存在となっていた。 この逃亡は、単なる地理的な移動ではない。皇権の交代であり、父子関係の決裂でもあった。 安史の乱におけるこの西逃で、玄宗は多くの皇族を置き去りにした。 では、誰が残されたのか。 最もよく知られているのは、孫の妻である沈氏。彼女のほかにも、梅妃をはじめ、多くの皇親国戚、妃嬪、公主たちが長安に取り残された。 王維ですら長安に残されたのに、なぜか阿倍仲麻呂だけは玄宗に従い、蜀へと逃れた。

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五堂@godotdot5·
下巻で印象に残ったのは、明の嘉靖帝暗殺未遂事件。宮女たち十数人が協力して眠っている皇帝を襲った。 失敗に終わるが、成功しても全員極刑になるのはわかっていたはずで、そこまで追い詰められていた彼女たちが不憫でならない
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後宮(加藤徹) 読了 歴史は、大きな時代の流れと個人レベルのコネの両方で動く。たとえば、漢帝国の仕組みは秦よりは耐性柔軟性があるが(マクロ観点)、呂后が自分の子以外の皇子をほぼ殺したあと、ワンチャンで妊娠したけど寵愛はされていなかった薄氏とその子がいなかったら、そこで終わっていた
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五堂@godotdot5·
個人的には、明と🇺🇸が似ているのがコワい どちらも外国勢力を追い出して成立 当初のリーダーは庶民の出で、人民の役にたつ政治するのかと期待すると、とんでもない 大国で南北格差、貧富格差広がる 治安維持のために逮捕数にノルマかけたあたりで暴走。。
Af@Sz73B

明末の混乱、秦末や後漢末など他のどの王朝とも雰囲気が異質で万暦帝の息子の肉で鍋パーティーする李自成とか、李自成を歓呼の声で迎える廷臣の声を聞きながら一人で首を吊る崇禎帝とか、蜀を死体の山にする張献忠とか、山海関から雪崩れ込む清軍とか他の時代で見たことない光景が続く。

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五堂@godotdot5·
鄭東新區(鄭州の拡張都市) 英語ウィキから “ Zhengdong New Area was considered by foreign media to be a ghost city throughout its early years, but its rapid growth in population and commercial occupants throughout the 2010s …” 日本語ページはない 偽造される🇨🇳のイメージ
餅とキムチaka Tiger.Shark.@tigersharkNY

これリチャード・ウルフ先生が言ってたやつだ! 「公的資金で先に住宅作って人口流入促す」20年都市計画してた中国鄭東。今は130万人が住む大都市。 その計画3年目(2013)の段階でわざわざ取材し「誰も住んで無い公的都市計画の大失敗!ゴーストタウン!」とCNNに報じさせた米国。

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レイプしないでも、不適切に触ったり写真撮ったりも、十分に問題だと思う
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The English auto-translation is a bit weird. It’s “they prefer to hire women” NOT as many women as possible
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五堂@godotdot5·
こういうことに気づくのはいい。 「海外/外国ではー」のほとんどはウソ(事実に基づいているなら国や地域を明示する そして、多くの問題は、日本v外国でなく、性差別と超富裕層v庶民
レヰ🍏💋@a_yag_en_off

これって世界共通なの!?女性の「痛み」への軽視は日本だけのことだと思ってた…。日本が男尊女卑を極めた国だから女の訴えに向き合ってもらえないだけで、外国ではちゃんと主訴に合わせた治療が受けられるんだと思ってたよ。この地球上で、女がまともに扱われる国はあるのかな…

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五堂@godotdot5·
ウクライナは攻められたんだから被害者、と思っていたけどそれほど単純じゃないのかもな。 他国を侵略するのはダメというのは当然の原理として、わたしたちに知らされていない事情があるのかも
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