Kinya Iwamoto@お仕事お待ちしてます
4.6K posts

Kinya Iwamoto@お仕事お待ちしてます
@hgd02174
Kinyaといいます。 横浜で画像処理のアルゴリズムを作っています。 宇宙大好き、お酒大好きです。飲みながら天文の話が出来れば最高です。 30年ぐらい前はかなりなアニメオタクでしたが、最近のアニメは全然わからないです。
Katılım Aralık 2009
1.5K Takip Edilen1.4K Takipçiler
Kinya Iwamoto@お仕事お待ちしてます retweetledi

父方の祖母が平戸出身で小学生の頃よく平戸へは行っていました。平戸大橋ができる前です。もう半世紀近く平戸へは行ってませんが、いつか自分のルーツを辿る旅をしたいので、その時にはぜひ泊まらせてもらおう!
サムソンホテル【公式】@samsonhotel1
なんとなんと! 本日4月1日、村山仁志代表取締役社長が誕生!!!✨ 就任挨拶でのパワフルな言葉にスタッフ一同意気軒昂!! 「新しいこと、どんどんやろう」という空気感にワクワクが止まりません✨ 新生[サムソンホテル]皆様ご期待下さい! #長崎県 #平戸 #サムソンホテル #村山仁志
日本語

\🐬あのカイルがついに復活!/
Copilot Keyboard の正式リリースに合わせ、かつて Microsoft Office に登場していたアシスタント キャラクター「カイル」が Copilot キャラクターとして復活します。
懐かしいのに新しいカイルとの「再会」をお楽しみください!
Windows_Japan@Windows_Japan
⋱カイルが帰ってくる!?⋰ ◤Copilot Keyboard 正式リリース🎉◢ Copilot Keyboard は、Copilot テクノロジ活用の IME で日本語入力がより快適に。 自動的に追加される新語や、AI が寄り添う入力体験を提供します。 また、Copilot Keyboard ではカイルが復活! ▼詳細は blogs.windows.com/japan/2026/04/…
日本語

印税のように携わった作品が収益を上げている間は製作に関わった人すべてに働きに応じた金額が配分される仕組みが必要だと思う。
アニメ業界はなぜ豊かになれないのか 4兆円市場でも続く低賃金、解決策はどこに #エキスパートトピ(多根清史)
#Yahooニュース
news.yahoo.co.jp/expert/article…
日本語

@kantokuflash 手元にハードカバーがあります。文庫版の初版(カバー紛失)も倉庫のどっかにあるはず。
上巻の表紙は松本零士先生なんですよね。
当時10歳のわたしは復活編を先に入手して読んだから絶望感半端なかったです。

日本語

『宇宙戦艦ヤマト~石津版小説』1975年・朝日ソノラマ
原案 豊田有恒
著者 石津 嵐
イラスト 箕輪 宗廣
宇宙戦艦ヤマトの本放送中に出版された小説版、「地球滅亡篇(1974年10月)」「地球復活篇(1975年2月)」の二編を統合して文庫で発売されたもの。
当時はまだ大ブレイク前の時期であり、この小説が発表されたこともあまり知られていなかった。
内容は、TVアニメや劇場版とは大きく異なり、後年の実写映画よりも遥かに悲惨でハードな物語。
スターシャはコンピュータであり、その彼女が作りだしたのがデスラーであり、ガミラスだった。
放射能は除去できず、人類は遺伝子から自らを改造して適応させることしか出来ない。
コスモクリーナーはないのである。
そしてガミラスを倒すにはスターシャを破壊するしかないという運命…。
他にもオリジナル設定がたくさんあり、キャプテンハーロックも登場する。
豊田有恒氏によればほぼすべてが石津氏のオリジナルらしい。
ヤマトにハマっていた中学生の私は書店で文庫を見つけて狂喜して帰宅し、読み終えて唖然とした思い出がある。

日本語

@houchu1 そのバージョン知らないです。私が持っているのはこの円盤ですが、この中にはそのバージョンは入っていなかったです。それとも見落としていたか、あとでもう一回ディスク解析してみっかなぁ。

日本語

#映画館の風景 #宇宙戦艦ヤマト
『 ヤマトよ永遠に 』(1980年)
の「驚異の新方式! ワープ・ディメンション方式」。
どのような上映方式かは、公開当日まで一切明かされませんでした。
物語後半、ヤマトがワープアウトした瞬間—
それまでビスタサイズだった画面が一気にシネスコサイズに広がり、音響もモノラルから、4チャンネル(立体音響)に切り替わります!
観客は「ああ、なるほど!」と思ったものです。
この切り替えは、映写技師さんが毎回人力でやっていました。
「フィルムと映写機の変換(専門的に言うと、一方の映写機にアナモフィックスレンズを手動で装着して待機)」「スクリーン両端のカーテンを広げる」「音響を4chに切り替える」—
こうした方式のため、当時この「ワープ・ディメンション方式」に対応できた劇場は、(封切り時の)全国約160館の上映館のうち約45館しかありませんでした。
(「160館は、少なく見えるかもしれませんが。当時のロードショーは、東映は160館ぐらい、東宝は200館ぐらいでした)




日本語

@DR_Kotobuki999 2160P版も作ってあって、5Kウルトラワイドモニターで視聴してみたいと密かに思っています。あと、音響もどうにかして立体音響を再現できないか画策しております。
日本語

@DR_Kotobuki999 もともと全国公開の予定がなかったけど、東京4館があまりにも観客が集まったから急遽、東映が全国公開に名乗りをあげたんですよね。今の「超かぐや姫」と同じです。私は2週間遅れで神戸で観ました。
日本語

#映画館の風景
「 宇宙戦艦ヤマト (1977年)」「 さらば宇宙戦艦ヤマト (1978年)」
急げヤマト! 「宇宙戦艦ヤマト(1977年)」→「さらば宇宙戦艦ヤマト(1978年)」の公開までは、364日しかないのだ!
当時は、劇場前で徹夜することがイベント化していました。
さらに、土曜夜はオールナイト上映で。土曜~日曜朝は、そのまま上映が続きました。
こうした場で知り合った方と生涯交流があるものですね。
ただ、最初の劇場ヤマトは いわゆるスターシャ死亡編で、かつデスラーの出番も少なく 観客は少しがっかり感もありました。
写真は。「宇宙戦艦ヤマト」公開初日の映画「銀座東急」、
「さらば宇宙戦艦ヤマト」公開初日、渋谷にあった「東急文化会館」
東急文化会館は、ビル内に4軒の映画館があり、うち2軒で「さらば」を上映しました。
写真で見ると綺麗に見えませんが、綺麗な映画館でした。
もう忘れられているかもしれませんが。1977年「劇場版 宇宙戦艦ヤマト」は、まず東京4館→全国公開という流れでした。私が先行公開で観たのは「銀座東急」でした。




日本語










