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今年のメットガラのテーマはアート。メットガラの名誉議長であるローレン・サンチェスが選んだのは、私が一番好きなアートであり私のアイコンでもあるマダムXでした。しかも肩紐が落ちた幻の原画デザインを再現していて大興奮。ということで、愛しのマダムXについて長文で語りたいと思います。
マダムXのモデルとなったヴィルジニー・ゴートローは、白い肌にブルネットの髪に、砂時計型の体型と、カメオに描かれるような美しい顔で、パリの社交界で注目の的でした。たくさんの画家たちが肖像画を描きたいと申し出ましたが、断り続けていました。
画家サージェントも、パリ社交界の華であったヴィルジニーに魅了され、彼女の人気にあやかり、世界一美しい作品を作ろうと、自ら志願して彼女を描くことに成功しました。黒いサテンのドレスを着た彼女の洗練された美しさと官能的な色気を強調するように、あえて肩紐を落としたまま描きました。
しかし、当時の保守的なサロンにおいて、この大胆な表現は批判の的となり、炎上してしまいます。既婚夫人にしては官能的すぎる、挑発的だ、女性の不道徳な生活を誇示している、などと社会的なタブーを侵すものだと判断され、淫らな関係まで噂され、二人は非難されました。(二人はアメリカ人だったので、新興国であるアメリカの経済や芸術の隆盛に対する脅威が嫉妬を生んだとか)
激しい批判に晒されたサージェントは、肩紐を描き直したが、それでも炎上は止まりませんでした。
しかし、サージェントもヴィルジニーも転んでもただでは起きません。サージェントはパリを去り、サロン受けする新古典主義の画風を辞め、印象派に鞍替えし、ロンドンで成功を収めました。
致命的なスキャンダルの的となったヴィルジニーも悲劇のヒロインでは終わりません。数年間隠居したあと、彼女は再び別の画家に肩紐を落とした肖像画を描かせました。さらに次に肖像画で、社交界から絶賛され、名誉を回復させました。(晩年の彼女は、自分の容姿が全盛期から失われるのを嫌い、鏡をすべて隠して暗い部屋で過ごしたとか。そんな美学も好き)
サージェントはこの作品を長らく非公開にしました。モデルの尊厳と芸術的価値をスキャンダルから守るため、ヴィルジニーの名を伏せて『マダムX』という匿名性を与え、「この絵は私の最高傑作だと信じている」と伝え、メトロポリタン美術館へ売却したのです。今ではメトロポリタン美術館の華となり、アメリカの至宝と言われています。
私が初めてこの作品に出会ったとき、そのヴィジュアルに本能的に惹きつけられ、背景にあるこのエピソードを知り、深い共鳴を覚えました。
私は昔から普通に生きているだけで何かと注目され、批判されたり噂されたりして、自分と世間、美学と常識とのズレを感じてきました。大人になった今でも表現に携わる中で、自分の美学を貫くたびに幾度となく、「もっとまろやかに」「スポンサーに配慮して」「炎上しないように」という世間を指標とした外圧と戦ってきました。そんな私にとってサージェントとヴィルジニー、そしてマダムXのエピソードは胸に刺さるものがあったのです。
常識に囚われない表現を世に発信すること。己の美学を貫き、タブーを冒すこと。この世で生きるために、不本意ながらも世間に合わせなければならないこと。匿名化することで聖域をつくり、芸術を昇華すること。批判に晒されてもそこで終わらず、己の表現が最高傑作であると信じ続けること。最後まで美学とプライドを失わないこと。
理性的で上品な表の顔も、本能に従い美学を体現する官能的な裏の顔も、どちらか一方が正しいわけではないこと。人間とは本来、その両極を併せ持つ表裏一体の存在であること。
この思いを具現化するために、私なんとマダムXのコインネックレスをオール18金で作ってしまいました。コインは裏と表があるから。表には世間に合わせて肩紐を修正した上品なマダムXを、裏は己の美学を貫き肩紐の落とした官能的な姿を。その日の気分に合わせ、身につける面を選べるように。思いを込めて刻み込み、この美学を身に纏えるようにしました。
私はXで、マダムXのアイコンを使い、匿名で発信しています。アイコンに選んだマダムXの姿、そこに内包された美学、この作品が抱えるエピソード、そして匿名の芸術は、まさに表と裏を抱えた私自身の象徴なのです。
独自の美学を貫き、極めて官能的な存在感を放つローレン・サンチェス。最近はジェフ・ベゾスとの再婚、メットガラでの名誉議長就任など、現代の社交界で注目を集める彼女にもまた、マダムXに通じるものを感じたのでしょう。




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