
kaendon
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「働くことは偉い」「働いていない人は後ろめたい」という感覚は、人類に普遍的な道徳ではなく、 農業社会→宗教改革→近代国家→産業資本主義とかの時代の流れによって変わる生産体制と、 それに伴う教育制度の中で形成されて、強化されてきた「社会規範」なんですよね。 たとえば古代ギリシャ・ローマの自由市民や支配層の価値観では、肉体労働、賃労働、商売などは、自由人にはふさわしくない、下層の人がやる、必要だけどちょっと卑しいもの、みたいな感じですし ルターくらいからは「聖職者だけでなく、世俗の職業も神からの召命じゃない?!」という方向に職業観が広がっていき、マックスウェーバーによると、カルヴァン派・ピューリタン的な禁欲や職業倫理が近代資本主義の精神と結びついたと論じてたりしますが 日本でも明治維新くらいから、勤勉がよいよね、とな生産性高くしよう!とか、国民として何するとよいか?が代わり、制度的に強化された感じなので、 現代日本人が持つ、「働いてる人はえらい!」「働いてない人はえらくない!」みたいなのは、コテン深井さんの言葉を借りると「社会の主な生産体制によって社会規範が規定される」一例かなぁ、と。 となると、AIによって生産体制は必ず変わるだろうし、その時に社会規範も変わるはず。 なんで、普通に考えて「AI時代に人間の残された仕事は」みたいな話の時に、このことを念頭におかないと間違った感覚で議論しそう。 プライドや生きがいが奪われるような気持ちになる、というのが現在の社会規範の中での感覚なのです。 この感覚がどこからきてるかというと、現代社会では、収入、信用、所属、承認、生活リズム、他者との接点、自己効力感が単にかなり仕事に結びついているからで、 となると、仕事を失うことは実際に生活基盤と社会的承認を失うことになっちゃうからなのかなぁ、と。 心理的な問題は社会規範からきており、さらに制度的にも経済的にも「生き方」みたいなのと直結してる。 AI時代にはこれが根本からまたリセットされるんで、どうなるんすかね!









朝鮮戦争(韓国戦争)の責任も日本にあるという見方を多くの韓国人がしているという事実


東北・日本海側を中心に列島の背中に広がる「グリーンタフ」の分布(点々の模様)。1500万年前ごろ「フォッサ・マグナ」で割れた東日本側のパーツの運動で主に生まれました。 多くが石こう石の産地となり、古代生物を囲い込んだ場所は石油も産出します。 jstage.jst.go.jp/article/geosoc…



























