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@kaendon2

Katılım Mayıs 2020
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kaendon
kaendon@kaendon2·
@kanbowsan ミラージュの登場は78年。ゴルフが登場してから開発を始めたとすると時間的に無理がある。 推測だが、三菱がFF車の開発を始めたきっかけは、ゴルフではなく72年のシビックではないか。 ホンダと三菱だけが助手席側にエンジンを積んでいるのは、それが理由の気がする。
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kaendon
kaendon@kaendon2·
@kanbowsan 77年ですね。ミラージュが78年。 74年にVWゴルフが登場し、FFハッチバックこそ次世代小型車のあるべき姿だと各社に大きな影響を与えた。 しかし4代目ファミリアはFFの開発が間に合わず、FRのままハッチバックとした。FRは後輪に荷重をかける必要があり、後席にタイヤハウスがはみ出ている。
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かんちゃん🍊
かんちゃん🍊@kanbowsan·
1978年マツダファミリア 1年後に初代三菱ミラージュか。 #自動車カタログ
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Alunim(アルニムさん)🛠️
昔、京都のマネキンメーカーから「アルミでマネキンを作れないか」との相談があった。 聞けば今はFRP製で廃品は裁断して埋め立てるしかなく環境問題になっているとのこと。で、胴体モデルを鋳物で試作。質感は抜群と評価を得るも重さがNG。倒れると危ないとの判断。これでも肉厚5mmまで頑張ったのだが。 目標重量2kg以下にするには1.5ミリ以下の板プレス品でないと量産性も含め再現は不可能。 腹背分割案も出たが、図面そのものが無い上、プレス屋から「下乳のオーバーハングが金型で抜けません😭」と言われ、多段プレスでも億の単位がかかるとの事で断念。 このマネキン会社、実は世界的計測分析機器メーカーの島津製作所の直系。 地元には京人形職人も多く、理化学研究から人体解剖模型、そしてマネキンへと発展し、日本では一時トップシェアと島津の歴史が綴られる。これトリビアな🤣shimadzu.co.jp/today/20210324
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marble
marble@francakrain·
@AluminiumMania もう少しでガワだけなら出来そう。
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kaendon
kaendon@kaendon2·
@AluminiumMania これはこれで美しいな😍 > 下乳のオーバーハングが金型で抜けません 🤣
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kaendon
kaendon@kaendon2·
@gekitekishouri 最初は耳で身体を支えるところから始めるんですね。 自転車の補助輪みたいなもんかな?
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メ ー に ゃ|劇的勝利🏆
産院にいた時のスヌーピーのベッドだけ、三角木馬みたいになってたの、まだ笑える。 かわいそすぎね?
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kaendon
kaendon@kaendon2·
@DB_Daijiro ああ、そういう意味でしたか。ちょっと変だと思いました。
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だいじろー
だいじろー@DB_Daijiro·
労働階級に労働を尊ぶ価値観があるというより、単に資本家や知識人たちが社会構造を分析・分類する過程で「Working Class」という言葉が定着していったのですが、「働く人間が最下層」というのが面白いと思っていました。現代ではビートルズやオアシスなどの労働階級出身の成功者がたくさん登場するよるようになり、「偉そうな」上流階級は嘲笑されるような対象になる雰囲気にもなっていますが...。
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だいじろー
だいじろー@DB_Daijiro·
中学生の頃からイギリスの「労働者階級(ワーキングクラス)」というネーミングに違和感があって、なんで「働いている」人が一番下の階層なのか?と思ってたんですが、元のポストを読んで納得できた気がする...
けんすう@kensuu

「働くことは偉い」「働いていない人は後ろめたい」という感覚は、人類に普遍的な道徳ではなく、 農業社会→宗教改革→近代国家→産業資本主義とかの時代の流れによって変わる生産体制と、 それに伴う教育制度の中で形成されて、強化されてきた「社会規範」なんですよね。 たとえば古代ギリシャ・ローマの自由市民や支配層の価値観では、肉体労働、賃労働、商売などは、自由人にはふさわしくない、下層の人がやる、必要だけどちょっと卑しいもの、みたいな感じですし ルターくらいからは「聖職者だけでなく、世俗の職業も神からの召命じゃない?!」という方向に職業観が広がっていき、マックスウェーバーによると、カルヴァン派・ピューリタン的な禁欲や職業倫理が近代資本主義の精神と結びついたと論じてたりしますが 日本でも明治維新くらいから、勤勉がよいよね、とな生産性高くしよう!とか、国民として何するとよいか?が代わり、制度的に強化された感じなので、 現代日本人が持つ、「働いてる人はえらい!」「働いてない人はえらくない!」みたいなのは、コテン深井さんの言葉を借りると「社会の主な生産体制によって社会規範が規定される」一例かなぁ、と。 となると、AIによって生産体制は必ず変わるだろうし、その時に社会規範も変わるはず。 なんで、普通に考えて「AI時代に人間の残された仕事は」みたいな話の時に、このことを念頭におかないと間違った感覚で議論しそう。 プライドや生きがいが奪われるような気持ちになる、というのが現在の社会規範の中での感覚なのです。 この感覚がどこからきてるかというと、現代社会では、収入、信用、所属、承認、生活リズム、他者との接点、自己効力感が単にかなり仕事に結びついているからで、 となると、仕事を失うことは実際に生活基盤と社会的承認を失うことになっちゃうからなのかなぁ、と。 心理的な問題は社会規範からきており、さらに制度的にも経済的にも「生き方」みたいなのと直結してる。 AI時代にはこれが根本からまたリセットされるんで、どうなるんすかね!

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kaendon@kaendon2·
@investorMM なんつーか、いっそ清々しさを感じる変態ぶりだ
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世界のど迫力映像@フォレスト(Forest)🕊️
【変態】「18歳の弟のオムツを替えて」募集を出した兄、正体は“オムツ好き”の本人だった ■🇺🇸ルイジアナ州・ラトリッジ(29)氏 ・「障害を持つ弟の介護」と偽り、アプリで女性ベビーシッターを募集 ・自宅に来た女性に「弟」として接し、自分のおむつを交換させる →実際は本人が障害者を装った“おむつフェチ”で、交換中に性的興奮 ・計4人の女性を騙して性的搾取を行ったとして、人身売買罪で逮捕 ・判決:執行猶予5年、400時間の奉仕活動、SNS禁止
世界のど迫力映像@フォレスト(Forest)🕊️ tweet media
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kaendon
kaendon@kaendon2·
@kensuu 非常に賛成するけど、労働が尊いという感覚は日本は昔からあった気がしますね。 ピューリタンなんかも労働を尊びますが、日本人のそれは規範の枠を超えて生き甲斐になっています。 遡れば、この国は自然が豊か過ぎて、夏は冬の、冬は夏のために、常に働かなくては生き残れなかったからかなあ、と。
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けんすう
けんすう@kensuu·
「働くことは偉い」「働いていない人は後ろめたい」という感覚は、人類に普遍的な道徳ではなく、 農業社会→宗教改革→近代国家→産業資本主義とかの時代の流れによって変わる生産体制と、 それに伴う教育制度の中で形成されて、強化されてきた「社会規範」なんですよね。 たとえば古代ギリシャ・ローマの自由市民や支配層の価値観では、肉体労働、賃労働、商売などは、自由人にはふさわしくない、下層の人がやる、必要だけどちょっと卑しいもの、みたいな感じですし ルターくらいからは「聖職者だけでなく、世俗の職業も神からの召命じゃない?!」という方向に職業観が広がっていき、マックスウェーバーによると、カルヴァン派・ピューリタン的な禁欲や職業倫理が近代資本主義の精神と結びついたと論じてたりしますが 日本でも明治維新くらいから、勤勉がよいよね、とな生産性高くしよう!とか、国民として何するとよいか?が代わり、制度的に強化された感じなので、 現代日本人が持つ、「働いてる人はえらい!」「働いてない人はえらくない!」みたいなのは、コテン深井さんの言葉を借りると「社会の主な生産体制によって社会規範が規定される」一例かなぁ、と。 となると、AIによって生産体制は必ず変わるだろうし、その時に社会規範も変わるはず。 なんで、普通に考えて「AI時代に人間の残された仕事は」みたいな話の時に、このことを念頭におかないと間違った感覚で議論しそう。 プライドや生きがいが奪われるような気持ちになる、というのが現在の社会規範の中での感覚なのです。 この感覚がどこからきてるかというと、現代社会では、収入、信用、所属、承認、生活リズム、他者との接点、自己効力感が単にかなり仕事に結びついているからで、 となると、仕事を失うことは実際に生活基盤と社会的承認を失うことになっちゃうからなのかなぁ、と。 心理的な問題は社会規範からきており、さらに制度的にも経済的にも「生き方」みたいなのと直結してる。 AI時代にはこれが根本からまたリセットされるんで、どうなるんすかね!
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kaendon
kaendon@kaendon2·
@manjiroukeigo @kensuu 縄文時代は土偶とかありますもんね。 弥生時代も埴輪や銅鐸がありますが、暇を持て余して好きで作っている感じではなくて、誰かに作らされている感があります。
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John K.Happy
John K.Happy@manjiroukeigo·
@kensuu 農業社会の前の狩猟採集社会はそんなに働く時間は長くなかったと言われてますね、焚き火の前で団らんしたり話したりする時間が結構長くて移動と狩猟の時間が週3-4位で数時間位だったのかなと
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kaendon
kaendon@kaendon2·
@kanbowsan 二代目ディアマンテから新型ATを採用して、エンジン搭載方向が運転席側に変わった。 7代目ギャランはまだ旧来の三軸ATで、エンジンは助手席側だった。 この頃ちょうど切替わりの時期だったんですね。 その後、三菱がラインナップを整理したのは、そうした事情もあったのかもしれません。
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かんちゃん🍊
かんちゃん🍊@kanbowsan·
95年ギャラン店。⬇️に続く。 このあと例の騒動を起こし今にいたる。騒動なかった三菱の世界線を見てみたかった。パジェロはまだ売ってるだろうなあ。
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kaendon
kaendon@kaendon2·
@PROMAKOS_ 要領良くまとめられた解説、ありがとうございます。 ただ、イラストは誤解を招きますね。その甲冑は指揮官のものです。指揮官自身が鉄砲を撃つのは一般的ではありません。銃を扱う兵士はもっと簡単な鎧を身につけていました。
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Promakos
Promakos@PROMAKOS_·
El arcabuz japonés. El arcabuz llegó a Japón en 1543 con los portugueses António Mota y Francisco Zeimoto, que naufragaron en la isla de Tanegashima (al sur de Kyūshū) y vendieron sus dos arcabuces de mecha al señor local Tanegashima Tokitaka. Olof Lidin reconstruye el episodio con detalle a partir de las fuentes japonesas y portuguesas en Tanegashima: The Arrival of Europe in Japan. A partir de ahí, los herreros locales empezaron a copiar el mecanismo y en pocas décadas Japón pasó a ser uno de los grandes productores mundiales de armas de fuego. Los datos de adopción son impresionantes. En 1549, apenas seis años después de Tanegashima, Oda Nobunaga ya ordenaba 500 arcabuces de un solo encargo. En la batalla de Numajiri, en 1584, se documentan 8.600 arcabuceros sobre el campo. Durante la primera invasión de Corea (Imjin War, 1592), Japón desplegó alrededor de 40.000 arcabuces. Los cálculos historiográficos modernos sitúan la producción acumulada hacia 1600 entre 200.000 y 300.000 piezas, cifra superior a la disponible en muchos estados europeos contemporáneos. Los grandes centros productores fueron Sakai, Negoro, Saiga y sobre todo Kunitomo, con unos 500 fabricantes activos a principios del XVII. El teppō o tanegashima tiene varias particularidades técnicas respecto al modelo portugués original. Los cañones son largos, entre 100 y 120 cm en los modelos estándar de infantería, y se caracterizan por una serie de soluciones autóctonas para resolver el problema de la humedad y la lluvia, endémico en el archipiélago: el hi-buta, una pequeña tapa lacada que protege la cazoleta de la pólvora, y el tsuyu-oi, un capirote de papel encerado que cubre la mecha durante la marcha. La llave de mecha incorpora muelles de bronce en lugar del hierro habitual europeo, lo que reduce la corrosión en clima húmedo. El calibre era estándar dentro de cada provincia pero variaba entre dominios, lo que generó una logística de munición más fragmentada que la europea. En cuanto al uso táctico, hay dos mitos populares sobre Nagashino (1575) que merece la pena desmontar. El primero, las cifras: la tradición divulgativa repite que Oda Nobunaga desplegó 3.000 arcabuceros, pero el Shinchō-kō ki, fuente próxima a los hechos, da unos 1.000, y la lectura crítica más reciente los rebaja a quizás solo 500. El segundo, el famoso fuego rotativo en tres rangos atribuido a Nobunaga: la edición crítica del Shinchō-kō ki publicada por Elisonas y Lamers en 2011 es categórica al señalar que esa táctica no aparece en las fuentes coetáneas y es invención posterior, del periodo Edo. Lo que sí existió fue una empalizada defensiva preparada con anterioridad, con los arcabuceros disparando desde detrás contra cargas de caballería Takeda. La escala del despliegue de arcabuces japoneses durante el Sengoku se entiende mejor con datos europeos coetáneos. El Ejército de Flandes, la fuerza expedicionaria más profesional de Europa, contaba en abril de 1588 con 63.455 hombres totales. En Sekigahara (1600) se enfrentaron unos 170.000 hombres entre los dos bandos. En el sitio de Osaka (1614-1615), 264.000. Las cifras japonesas no son exageraciones cronísticas, vienen del sistema kokudaka-gun'yaku, que asignaba seis soldados por cada 1.000 koku de producción agraria documentada en registros administrativos. La tesis de Noel Perrin (Giving Up the Gun, 1979), que sostuvo durante décadas la idea de que Japón abandonó las armas de fuego durante la paz Tokugawa por motivos culturales, está hoy refutada por la historiografía académica reciente. La realidad documentada es que el arcabuz japonés siguió fabricándose y usándose durante todo el Edo, aunque a menor escala dada la pacificación interna del país. Bibliografía recomendada: – Jurgis Elisonas y Jeroen Lamers (eds.), The Chronicle of Lord Nobunaga (Shinchō-kō ki) by Ōta Gyūichi, Brill, 2011. – Takei Kouichi, Edo no Teppō: Bushi to Heihō no Aida, Yoshikawa Kōbunkan, 2010.
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kaendon@kaendon2·
@kanbowsan 当時、FWDは高いものだったのか。意外。 初期投資が必要だったのかな?
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かんちゃん🍊
かんちゃん🍊@kanbowsan·
ステーキハウス千萬の人w 今 生きてたら ボロカスに批評するかな。
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kaendon@kaendon2·
@trucknakanohito ほう!それでダイハツという社名なんですね😜
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商用車メーカーの中の人
知ってましたか?ダイハツの本社の住所はダイハツ町1番1号にあるんですよ….
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kaendon
kaendon@kaendon2·
@adatiyama 終戦時、日本のインフラはズタボロ、一方、朝鮮はほとんど無傷でした。ここで上手く立ち回っていれば、日本を抜いてアジア1の工業国になれたはずなんですが。 私欲を追って東西分裂を招いてしまい、内戦で全てを失った。指導者に恵まれなかったというか、李氏朝鮮時代の体質のままだったのかと
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kaendon@kaendon2·
@JAEEGAKKAI もし新潟に中東並みの巨大油田があったら、というネタがありまして...
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公益社団法人 日本地震工学会【公式】
秋田は旧大陸の最古級の地質を有する小さな「産油国」であり、地層に沿い油田(緑)が分布します。長大な八橋(やばせ)油田は昭和30年代まで年間最大25万klを産出。石油への資源転換期の国内供給を一定にない、今日も現役でくみ上げが行われています。 inpex.com/business/proje…
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公益社団法人 日本地震工学会【公式】@JAEEGAKKAI

東北・日本海側を中心に列島の背中に広がる「グリーンタフ」の分布(点々の模様)。1500万年前ごろ「フォッサ・マグナ」で割れた東日本側のパーツの運動で主に生まれました。 多くが石こう石の産地となり、古代生物を囲い込んだ場所は石油も産出します。 jstage.jst.go.jp/article/geosoc…

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kaendon
kaendon@kaendon2·
@teammho 機械に嫌われた人を呼ぶのが手っ取り早いです。 たいてい課長とか部長だったりします。 機械に好かれている主任を呼んだりしたら、徹夜しても症状でません。時間の無駄です。
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チームMHO 自動車整備士
【特集】 なぜ車は“工場に来ると症状が消える”のか 有力説: 「車は空気を読む」
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なのさん
なのさん@NANOSANsub·
US-2近すぎて 超大艇「富士」になってるwww #岩国基地 #フレンドシップデー #紺碧の艦隊
なのさん tweet media
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