きいちゃん

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@key_chan_asd

「生きづらさ」の正体は、悲しい過剰適応でした。 精神科リハ職×当事者。10年のうつ・適応障害経験から、迎合をゆるめて、自分軸で生きやすくなる技術を体系化。 生きづらい人1,000人の話を聞いた知見で、一生モノの「生きやすさ」を取り戻す。

悲しい過剰適応を解く新しい生存戦略(自己紹介と理念)↓ Katılım Ağustos 2016
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きいちゃん
きいちゃん@key_chan_asd·
「嫌っていい理由が見つからない」と自分を責め続けてしまう。結果的に呪いが長引いてしまう。この構造に気がついてから、アダルトチルドレンの問題の闇深さに胸がより痛むようになりました。
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きいちゃん
きいちゃん@key_chan_asd·
意外な「相手を喜ばせる達人」を知っています。なんと、その手段は「受け取る」こと。ニッコニコ上機嫌で受け取って、相手を幸せな気持ちにしてしまう。一方で、受け取ることを「ずるい」と感じてしまって、なかなか素直に受け取れない人もいます。私自身、長い間後者でした。「誰かの好意を受け取るのは、申し訳ないんだ」そう強く思っていたからです。でも、気づいたんです。どう考えても、前者のほうが相手のことを喜ばせている。その事実に気づいてからは、自分も少しずつ「受け取る練習」をするようにしています。まだぎこちないですが、こう思えるようになってきました。相手が差し出してくれたものを素直に受け取ることこそが、その人へのいちばんの「ありがとう」になるのかも、って。
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かしわぎ相談室
かしわぎ相談室@kshwg_sdn·
毒親が「自分を大事にする子ども」を許せないのは、多くの場合その親自身も「自分を大事にすること」を許されずに育っているから。 愛情の渡し方を知らないまま親になると、自分が受けた関わり方をそのまま再現してしまう。これを世代間連鎖と呼びます。 ただ、知ることは「許す」ことと同じではないです。 「親も辛かったんだね」で終わらせなくていい。 大切なのは、自分がその連鎖をどこで止めるかを選べるということです。多くの相談の中で見てきましたが、連鎖に気づいた人は、すでにその人の代で流れが変わっていました。 気づくこと自体が、連鎖を断ち切る最初の一歩なんだと思います。
きいちゃん@key_chan_asd

いわゆる毒親は「自分を大事にする子ども」のことが許せない。憎らしい。そんなの子どもにしてみれば理不尽に感じるのも恨みたくなるのも当然のこと。そして、これはもしかしてなんだけど

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ぱるたそ| 論理で生き方最適化
機能不全家庭で育った人ほど、自分を大事にしただけで親に冷たくされる痛みを知っている。 休みたいと言う。嫌なことを断る。好きな服を選ぶ。自分の予定を優先する。普通なら成長として扱われることが、親には「わがまま」「冷たい」「親をないがしろにした」と受け取られる。子どもからすると、自分を守っただけなのに罪人にされたようなものだと思う。 たぶん親自身も、自分を大事にする方法を知らなかったのかもしれない。大切にされないまま育ち、自分の感情を後回しにしてきた人が、子どもの自己尊重を見た時に、羨ましさや怒りとして反応してしまうことはある。 でも、それは子どもが背負う話ではない。背景を考えることと、傷つけられた事実を薄めることは違う。 大事なのは、受けた苦しみを次に渡すかどうかだと思う。自分を大事にできなかった痛みを、誰かの自由への攻撃に変えないこと。親の未熟さを理解しても、自分まで同じやり方で人を縛らないこと。そこで初めて、機能不全家庭から本当に一歩外に出られる。
きいちゃん@key_chan_asd

いわゆる毒親は「自分を大事にする子ども」のことが許せない。憎らしい。そんなの子どもにしてみれば理不尽に感じるのも恨みたくなるのも当然のこと。そして、これはもしかしてなんだけど

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きいちゃん
きいちゃん@key_chan_asd·
人のケアをしたがる人は投影型:自分ケアを避けたい → 他者を過剰にケアして「自分は大丈夫」と安心 これと反対なのが、シャットダウン型:自分ケアを避け続け → 感情リソースが枯渇し、他者ケアもできない どちらも「本当の自分(弱さやニーズ)に向き合いたくない」という根本は同じ。
きいちゃん@key_chan_asd

知ってびっくりしたのが「自分のケア不足に目を向けたくない人」ほど、人のことをケアしたがるということ。私自身、セルフケアをできない頃ほど人のことをケアしたがっていたなあと思います。

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きいちゃん
きいちゃん@key_chan_asd·
知ってびっくりしたのが「自分のケア不足に目を向けたくない人」ほど、人のことをケアしたがるということ。私自身、セルフケアをできない頃ほど人のことをケアしたがっていたなあと思います。
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きいちゃん
きいちゃん@key_chan_asd·
「恵まれた子供の「不幸」訴えに親の比較対応が議論に」というトレンドの投稿に「甘え」など子供を叩く意見が出ていました。必要以上に感情的な言葉が出るのは、その人が親から「自分を大事にすることはいけないこと」と躾けられたのかも…と思ったりします。 x.com/key_chan_asd/s…
きいちゃん@key_chan_asd

やり続けるかどうかは、いつも自分に委ねられてた。なのに自分は、それに気づかないふりをずっとしてきたんじゃないだろうか。そういうふうに今は思っています…。 note.com/taiwataiwa/n/n…

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いわゆる毒親は「自分を大事にする子ども」のことが許せない。憎らしい。そんなの子どもにしてみれば理不尽に感じるのも恨みたくなるのも当然のこと。そして、これはもしかしてなんだけど
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「悪意がない毒親」に育てられた私は「他の人に奉仕しないと価値のない雑用役」が私にはふさわしいと思い込んでました。その原因、実は親自身が、

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きいちゃん
きいちゃん@key_chan_asd·
これからも自分の毒で人のことを侵害してないかを自分自身に問うて生きていくのだと思っています。
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きいちゃん
きいちゃん@key_chan_asd·
自分の受けた苦しみを無関係の子供に伝搬させるかどうかは自分に委ねられている。そして、その憎しみで自分や人のことを毒するかどうかも自分に委ねられている。自分を大事にできない人生を歩いてきた私は、
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きいちゃん
きいちゃん@key_chan_asd·
このnoteもそうなのですが「物事をどう捉えたら自分のパフォーマンスを上げられるか」を大事に発信しています。仕事や恋愛、回復。これらのパフォーマンスを上げたくない人はいないと思うんですよね。 x.com/key_chan_asd/s…
きいちゃん@key_chan_asd

やり続けるかどうかは、いつも自分に委ねられてた。なのに自分は、それに気づかないふりをずっとしてきたんじゃないだろうか。そういうふうに今は思っています…。 note.com/taiwataiwa/n/n…

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きいちゃん
きいちゃん@key_chan_asd·
「毒親」という表現は親を見るときのラベルの一つに過ぎない。そして「毒親」=「悪い人」という解釈も、「いい悪い関係ない」という解釈もできる。ここで言いたいことは二つあって… ①
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きいちゃん
きいちゃん@key_chan_asd·
②言葉やラベルは「自分が実現したいこと」を実現するために、どう便利に使うかのパーツの一つに過ぎないと思うようになったということ。 それで今では、思考を言葉によってコントロールされるようなことがなくなった。やっとわかったんです。主人は「言葉」ではなくて「自分」だったんですね…。
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きいちゃん
きいちゃん@key_chan_asd·
①困難と感じていることを、いかにも的確に表したような言葉に飛びついて、それにとらわれた思考の仕方をしてしまっていた時期が長かったけど、勿体なかったなあと今は思っているということ。 ②
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宇野ゆうか
宇野ゆうか@YuhkaUno·
育児って、結局、「親の自分自身に対する扱い=子どもに対する扱い」になってしまうんだよね。親がいくら意識の上で「子どもが一番大事」と思っていても、自分自身を大事にするスキルと習慣が身についていないと、子どもにそれを伝授することができない。 x.com/key_chan_asd/s…
きいちゃん@key_chan_asd

自分を大事に思わない生き方をずっとして、自分も子も尊重できないことから、子にも同じような役割をするよう仕向けてた。それも無意識に。子どもの自分はそれに沿ったふるまいをしないと親に無視され、非難された。でも、それを親から離れても真に受けて、

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