きいちゃん
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きいちゃん
@key_chan_asd
「生きづらさ」の正体は、悲しい過剰適応でした。 精神科リハ職×当事者。10年のうつ・適応障害経験から、迎合をゆるめて、自分軸で生きやすくなる技術を体系化。 生きづらい人1,000人の話を聞いた知見で、一生モノの「生きやすさ」を取り戻す。

「悪意がある毒親」と「悪意がない毒親」の2つだと、後者の方が予後が悪いです。なぜなら、親に悪意がない場合、子どもは「でも親は悪気がないし」とか「私のためを思ってやってくれたから」などと親を庇ってしまい、自分の痛みや傷を認めることができないからです。 一方で「悪意がある毒親」の場合は、加害性が分かりやすいので、「この親は私を傷つけようとしている悪い親だ!」となり、すぐ離れることができ、呪いが長期化しません。 毒親に苦しめられていたり、あるいは「なぜ親が毒親じゃないのに私は精神疾患なのか」と疑問に思ったりするのは、あなたの親に悪意が全くないからです。


自閉スペクトラム症(ASD)成人が、「自分は親にどう育てられたかったか」を振り返った研究 主に知的障害のないASDの成人を対象とした研究。 当事者は以下のように報告している。 ・ASDであることは、隠すべきではない。診断を親が受け入れることは、子ども自身の自己受容につながる。 ↓

いわゆる毒親は「自分を大事にする子ども」のことが許せない。憎らしい。そんなの子どもにしてみれば理不尽に感じるのも恨みたくなるのも当然のこと。そして、これはもしかしてなんだけど

いわゆる毒親は「自分を大事にする子ども」のことが許せない。憎らしい。そんなの子どもにしてみれば理不尽に感じるのも恨みたくなるのも当然のこと。そして、これはもしかしてなんだけど

知ってびっくりしたのが「自分のケア不足に目を向けたくない人」ほど、人のことをケアしたがるということ。私自身、セルフケアをできない頃ほど人のことをケアしたがっていたなあと思います。

やり続けるかどうかは、いつも自分に委ねられてた。なのに自分は、それに気づかないふりをずっとしてきたんじゃないだろうか。そういうふうに今は思っています…。 note.com/taiwataiwa/n/n…

「悪意がない毒親」に育てられた私は「他の人に奉仕しないと価値のない雑用役」が私にはふさわしいと思い込んでました。その原因、実は親自身が、

やり続けるかどうかは、いつも自分に委ねられてた。なのに自分は、それに気づかないふりをずっとしてきたんじゃないだろうか。そういうふうに今は思っています…。 note.com/taiwataiwa/n/n…

自分を大事に思わない生き方をずっとして、自分も子も尊重できないことから、子にも同じような役割をするよう仕向けてた。それも無意識に。子どもの自分はそれに沿ったふるまいをしないと親に無視され、非難された。でも、それを親から離れても真に受けて、