morishitakoji

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@kojimo1117

63になりました。教育業界で働いてます。

東京都国分寺市 Katılım Mart 2011
316 Takip Edilen137 Takipçiler
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morishitakoji@kojimo1117·
なので、どんな学年からでもどんな教科でも使える環境が重要です。特別な教材ではなく、自治体が当然使える環境にすることを考えてもらえるように声をあげていきましょう。
静岡県浜松市の学習障害情報あつめ@hamamatsu_ld

@kojimo1117 インストール出来ないことを理由に デジタル教科書やデイジー教科書の利用を認められていないお子さんが多いことをご存知ないのでしょうか。 ChromeだけでなくiPadでも同じですよね。 混乱を招くようなリプつけるのお控え頂けませんか。

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morishitakoji@kojimo1117·
えーっと。パソコン自体に保存できないので、クラウドで利用する仕組みです。
静岡県浜松市の学習障害情報あつめ@hamamatsu_ld

@kojimo1117 パソコンに保存することが出来ないのは自治体のGIGA端末の設定によります。 Chromeかどうかは関係ありません。 元ポスにもクラウドだから、インストール出来ないことは理由にならないと書いています。

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morishitakoji@kojimo1117·
0と1の概念をしっかり教えることと、算数の教科書がピザではなく、数直線で表しているので、1の概念が難しい。
shinshinohara@ShinShinohara

「分数の割り算ができない子」について、学習指導者の方たち複数と、しばらく押し問答があった。最終的には理解しあえたのだけれど、これ、結構重要な点だと思うので言語化を試みる。 押し問答相手の指導者の方は「分数の割り算ができない、ということは、かけ算までは理解できているんだな」という前提を置いて議論を進めようとした。 他方、私は「分数の割り算ができないということは分数のかけ算、足し算、引き算ができていたように見えても、実は『ルールの丸暗記』でしのいでいただけで、本質的な理解ができていない恐れがある」と判断し、ピザに見立てた円形の紙を切らせたり、粘土の棒を切らせたり、コップの水を分割したりなど、「体感」を積んでもらうことから再スタートしたほうがいい、と考えているから、そのように指摘した。 すると、「割り算できなくてもかけ算できるならそれを前提に指導すればいいじゃないか」という指導者の方が少なくなく、そこで押し問答になった。私はそのやり取りで「ああ、だから日本は数学が苦手になる人が多いのか」と思ってしまった。 分数の理解ってのは、結構難しい。国民の6~7割は理解できていないのではないかと思う。なぜか。体感に基づく形での理解ができていないためだと思う。 分数の足し算、引き算、かけ算までは、分数を本質的に理解できていなくても「分母の数字をそろえる」とか「分母と分子をそれぞれかけ算する」などのルールを丸暗記し、そのルールに従って計算すればいいから、解けてしまう。だから、ついつい指導者は「理解できている」と思い込みがち。でもそれは、テクを暗記することで解けるようになっただけで、分数を体感から理解できているとは言えない。 なぜ分数の割り算で「分数の本質的理解の欠如」があらわになるかというと、「分数の上下をひっくり返す」というトリッキーな操作を行うからだと思う。それでなぜ正解が出てくるのか、意味不明で、そもそも、割り算することで何をしようとしているのか理解不能になる子が多い。ここで初めて、テクニックでどうにかしのいできた子が、どうにもならなくなって一定数脱落する。 実は、分数の割り算をなんとかできるようになった人でも、少なからず、分数の本質的な理解ができていない。その証拠に、分数の割り算はなぜ÷の後ろの分数の上下をひっくり返すの?と子どもに聞かれると「そういうものだから丸暗記しなさい」としか回答できない人が多い。こうした人は、分数の本質的理解を諦め、テクニックを暗記することでしのいできたのだと思う。 しかし、テクでしのぐ、ルールの丸暗記でその場をやり過ごす、というやり方をすると、一所懸命まじめに取り組めば、中学数学まではどうにかなるけれど、高校数学で立ち往生する。高校で数学がついていけなくなった人は、分数の割り算をわかりやすく説明できない人が多いように感じている。誰か、教育学の研究者で、このあたり調査してもらうと面白い結果が出るんじゃないかと思う。 だから、私は「分数の割り算が理解できない」ということは、早めに「分数を体感で理解することができていない」ことが判明したとして、むしろ歓迎。で、そういう子は、もう一度ピザを切る、棒を切る、お金を分ける、コップの水を分ける、などの体感を積んでもらうことで、分数とは何か、ということを、体感に基づく形で理解してもらうことに注力する。 1/2÷1/4や、1/2÷1/6は、実際にそれらのサイズにピザ(に見立てた円形の紙)を切ってもらい、1/2は1/4のピースの2枚分だ、とか、1/6のピースの3枚分だ、というのを経験してもらう。すると、÷の後ろの分数を上下ひっくり返すと、実際のピザで求めた答えと一致することに驚くことになる。 何度やっても、実際のピザを切って出てきた答えと一致する、という体験を繰り返すと、「そうか、実に不思議な話だが、実際に切り分けて何枚分かを求めた結果と、この計算方法での答えは一致するんだ」という驚きが確信に変わり、このテクニックを納得した形で受け入れることができる。 分数の計算をすべて体感することは非常に困難(5/4÷1/6とか)だけど、1/2÷1/4や1/2÷1/6など、ピザの切り分けで比較的体感しやすいケースでしっかり体感を積んでおくと、現実と計算のテクとの間にかけ橋ができて、「あれだけ体感を重ねて確認したテクなのだから、間違いない」という自信が持てるようになる。その自信が生まれるまで、納得いくまで、体感を積み重ねることが大切。わかりやすい事例で体感をしっかり積むと、のちに抽象的な数学的操作をしても、迷わなくなる。 分数は、のちに数学で歩むことになる抽象化の大きな階段の一つだと思う。だからこそ、しっかり体感を積み上げて、現実と計算との懸け橋がある、と、本人が思えるようにする必要がある。「分数のかけ算ができていたなら、さかのぼって教える必要はない」とみなしてしまうと、分数を体感に基づいて理解するせっかくのチャンスを失う。のちに数学の抽象的な操作ができなくなる素地を、そこで作ってしまう恐れがある。 躓きがあったら、その淵源にまでさかのぼって、できるかぎり体感を積み重ね、計算結果と照らし合わせる、という「照合」作業を子どもに体験してもらう必要がある。「分数のかけ算までできるなら、割り算のテクだけ教えればいい」というものではない、というのが私の認識。日本人の数学能力を高めるうえで、この分数の「体感に基づく理解」問題は、非常に重要な分水嶺になっているように感じている。

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みぃ
みぃ@miiko0917k0106y·
LDの子たちのことも念頭に置いていただけないでしょうか。 文科省の小4以下は妥当ではないという根拠はなんですか。 早い子は小1で既に読み書きの困難とぶつかり学校生活を送っております。本人や現場が自由に選択できることが最も大切かとおもうのです。
菊田まきこ@kikuta_official

文部科学委員会でデジタル教科書について質問 以下、文科省の回答 ・紙の教科書はなくさない。デジタルの良さも活かす ・小学校4年生以下の全面デジタル化は適当ではない ・健康面への配慮を大臣指針に反映する ・教員研修の充実と働き方改革の両立が必要 引き続き、現場の声を届けていきます

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morishitakoji@kojimo1117·
本当です。
ルピナスさん@7Z28t

yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/… 10年以上音声教材にかかわり、学校ではじめてデジタル教科書をGIGA端末世代前に入れた私が思うに、基礎的環境整備としてデジタル教科書が低学年から使えるのが大切だと思う。音声教材は読みに困難さがあると想定できている子に使える。それだけじゃダメなんだよ

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morishitakoji@kojimo1117·
どうか多くの保護者に届きますように。
工藤勇一@KudoYousan

デジタル教科書の導入についてこんな見出しで報道されている! 「完全デジタル教科書、文科相「小4以下は適当ではない」 日本の学校教育において、「教科書」の取り扱いはいまだに煩雑な手続きを伴う。 紙の教科書では実質的に自由に使える範囲が広がっているにもかかわらず、それをデジタルに拡張し、より柔軟に活用していくことは、時代の流れから見ても自然なことだろう。 しかし、今回の報道に見られるように、「デジタルの使用は年齢や学年によって制限すべきだ」という前提が、あまりにも当然のものとして語られていることには違和感がある。 そもそも子どもの発達は、一律に年齢や学年で区切れるものではないはずだ。 例えば、一定数存在するディスレクシアの子どもたちにとって、紙の文字を読むことや書くことは、大きな負担を伴う。 それを「訓練によって乗り越えるべきもの」と単純に捉えてしまってよいわけがない。 また、視覚や聴覚、その他さまざまな困難のある子どもたちが、いまだに「特別支援」という名のもとで分離される状況が続いている現実もある。 もし本気で共生社会、そして「誰一人取り残さない社会」を目指すのであれば、議論の出発点は「制限」ではなく、「誰もが無理なく使える環境をどう整えるか」であるはずだ。 さらに、「何時間以上使うと健康に悪いから制限する」といった一律の議論にも慎重であるべきだろう。 現実には、デジタル機器を使うことで初めて学びにアクセスできる子どもたちもいる。 そうした子どもたちにとっては、その前提自体が成り立たない。 大切なのは、「平均的な子ども」を前提に制度を設計することではなく、多様な子ども一人ひとりにとって意味のある選択肢を保障することだ。 デジタルか紙かという二項対立ではなく、「誰にとって、どの手段が最も学びやすいのか」という視点で議論が進むことを期待したい。

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1年生から使えば、特性をもった子も他人目を気にしないで使えるのに4年生からとなると、使いたいけど使わない子が出てきます。そもそも、能力と年齢の相関がないことは自明です。
藤井孝良・教育新聞@Fujii_kyobun

あくまで「全てがデジタルの教科書」である点に注意。教科についても言及していて、国語と社会と道徳を挙げていたのですが、個人的には社会や道徳は「全てがデジタルの教科書」があってもいいような気がします。 kyobun.co.jp/article/202604…

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morishitakoji@kojimo1117·
適合できた人々にとっては、1ミリも問題あると思っていない。それは、男女別の高校を維持する県の卒業生も同じ。多様性の理解の必要性すら気づかない。
鳥羽和久 KAZUHISA TOBA@tobatoppers

昨年5月に西日本新聞に寄稿し賛否をいただいた、校歌・応援歌指導という暴力をやめることを求める記事です。 上級生が新入生たちに大声や罵声 校歌・応援歌指導という「暴力」|鳥羽和久 @tobatoppers note.com/toba_torakitsu…

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