前田健太@ 算数好きな先生
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前田健太@ 算数好きな先生
@mathmathsan
★研究会・仕事依頼(講演・執筆など)▶https://t.co/0XMNL5dOAQ 小学校教諭/算数/学校図書教科書編集委員/ 単著:1/19『考えるのが楽しくてとまらない算数』2/25『算数 おもしろ問題で愉しい!授業づくり』『しかける!算数授業』監修:『数字のトリックを見ぬけ』シリーズ1〜3

ある年に担任した女の子。大人しくて優しくて真面目で自己主張の少ない子。一学期の懇談でお母さんに「先生にクラスでいじってもらえるのが嬉しいみたいで。いつもいじってもらった時の話してます」と言われ、二学期・三学期だけでなく卒業するまで担任に話していたそう。今、世間一般的には→

小学校の採用に関わる人にこれは強く言いたい。 もし、いわゆる数学や体育などの技術や知識だったら大学教授や研究者、プロスポーツ選手の方が遥かに上です。これは間違い無いでしょう。 でも、小学生に対しての教授法は全く別です。もちろん両方兼ね備えているような人を目指すべきですが。

知育が大して意味を持たない理由はなぜか。 本来、子どもにとって学びの出発点は遊びです。 遊びは自発的で楽しいからこそ没頭が生まれ、結果として試行錯誤や思考が深まります。 しかしそれを「知育」として外側から与えた瞬間、それは遊びではなく「勉強」に変質します。 勉強になると人は評価や義務を意識し、やる気は内発的なものから外発的なものへと切り替わります。 その時点で没頭は途切れ、思考の質も落ちます。 つまり、遊びとしてなら続いたはずの行為が、「知育」という枠に入れたことで逆にやる気を失わせる。 行き過ぎた知育は学びを促進するどころか、むしろ学びの原動力を削ぐため、本質的には意味がないと私は思います。


頭いい人ほど「わかりやすく説明できる」ってよく言われるけど、あれ半分幻想だと思う 大学院の教授とか、専門分野の話になると普通に何言ってるのか分からないことあるし、知識量と伝える能力って全く別のスキルなんだよな むしろ「頭いい人=説明も上手い」って信じてる人は、研究室とか大学の現場を知らない側のイメージ

「『分数を分数で割る』ってどういうこと?」という本質的な話を諦めて「分母と分子をひっくり返してかければいいだけ」と覚えれば定期テストでなんとかなる例。 この説明をわかりやすいと思えない子は低IQを疑われる。


若い頃から教科担任ってのはキツイな、と思う。たとえば6年生の算数を持つとすれば、国語や社会、体育など、ほかの教科を教えたことがないことになる。 「6年生を教えたけれど、自分の教科以外の内容はよくわからない」ということが起こり得る。






ある年に担任した女の子。大人しくて優しくて真面目で自己主張の少ない子。一学期の懇談でお母さんに「先生にクラスでいじってもらえるのが嬉しいみたいで。いつもいじってもらった時の話してます」と言われ、二学期・三学期だけでなく卒業するまで担任に話していたそう。今、世間一般的には→

結局は、全て関係性なのだと思います。大人だって、Aさんにされたら何も感じず普通だけど、Bさんにされると⚪︎⚪︎ハラスメントになることはたくさんあるわけで。

ある年に担任した女の子。大人しくて優しくて真面目で自己主張の少ない子。一学期の懇談でお母さんに「先生にクラスでいじってもらえるのが嬉しいみたいで。いつもいじってもらった時の話してます」と言われ、二学期・三学期だけでなく卒業するまで担任に話していたそう。今、世間一般的には→

楽しい思い出に浸っていたら、夢の中では何を言っても指示が通らないクラスで右往左往する自分の姿が。学級経営は、去年大丈夫だから今年も大丈夫ということは絶対にない。だから、本当に怖い。

教科担任制が、学級崩壊のリスクを低くするのかといえば、怪しいところがあります。たぶんある特定の科目の時は授業が成立する程度です。 だからこそ、教科担任制とか担任制どうこうより、一人一人が本気で自分の力を向上させていこうとしなければいけません。



